第15話 忍び寄る魔の手
これからも投稿時刻は暗中模索していこうと思っています。ご迷惑おかけしてしまいすいません。
感想等よろしくお願いいたします。
「うわ、もう真っ暗だ。はやく帰らないと」
公園でクレープを食べ終えた二人は、陽が沈み始めたため今日はお開きということにした。ナツキは英雄に送ると言ったのだが、母から帰りにスーパーで買い物をしてくるように頼まれていた英雄はそれを断った。最後まで自分を気遣ってくれたナツキに感謝しつつも頼りっぱなしでいると堕落してしまいそうだという自戒も込めて。
スーパーの買い物袋一枚にぱんぱんに入った食材や日用雑貨。英雄の細い腕では両手で持ってなんとか運べる重さだ。
「えへへ、ちょっと買いすぎちゃったかな。ママももっと分けて頼んでくれたらいいのに。冷蔵庫が空っぽになるギリギリまで全然気しないんだから!」
ぷんぷんという音が聞こえてきそうなほど頬を膨らませて怒るも、あまり身体が強くない母を想うと厳しいことは言えない。
普段からナツキに対して強くなりたいと言っている背景にはその母のことがあった。物心ついたときには家に父がおらず、幼稚園や小学校の運動会で両親が揃って来校しているのを横目に見て、自分の境遇が悪い意味で特殊なのだと知った。女手でひとつで自分を育ててくれた母は過労が祟って身体を壊し、家でできる内職のような仕事で辛うじて家計をつないでいる。
中学校で二年生に上がったとき、新しくクラスメイトになった不良たちに目をつけられた。女のような容姿をしていることが彼らには奇妙に映ったようだ。それからトモダチ料としてカツアゲを受けることになったが、いかんせん英雄の家は貧しい。不良たちの存在は単なるいじめや暴力以上に英雄にとって辛く苦しいものだった。
だから、そんな窮地を救ってくれたナツキに対して大きな感謝と、そして強い憧れを抱いた。自分が一家の大黒柱として母を支えていかなければならない。そのためにはナツキのように不良にだって臆さず立ち向かえるような強さが必要だ。腕っぷしだけでなく心の強さ。立ち向かう勇気。苦難の状況でも諦めない精神。
「なれるのかなぁ……ボクも、黄昏くんみたいに」
スーパーを出て十五分ほど歩くと住宅街に入る。スーパーのまわりは他に開いている店も多く、夜でも非常に人通りが多いのだが、住宅街は静かで周囲には英雄以外誰もいない。
ちかちかと点滅する街路灯には蛾が集まっている。眼が見えない蛾はしかしその習性によって明かりを見つけては近づいて、衝突する。
街路灯から次の街路灯まで、アスファルトをぼんやり照らす明かりの下から明かりの下へと英雄も歩く。不気味なまでの暗闇は数メートル先をも見えづらくさせる。夜ゆえの肌寒さが英雄の腕を震わせ、初夏の重たくてねばついた空気がずっしりとまとわりつく。
「ううう……なんかちょっと怖いな…………」
怖い、という感情が湧き出ると同時に英雄の脳裏に現れたのはナツキの顔だった。右眼が宝石のように赤い、優しい友達。だがそれは英雄の表情に影を差した。
「黄昏くんはとっても強くてかっこいいけど助けてもらってばかりでボク、ダメダメだよね……。ちょっと怖いからって黄昏くんのことを考えてるようじゃいけない! だってボクも黄昏くんみたいに強くならないといけないんだから……!」
「強く……なりたいのか……?」
「え?」
どこかから男の声が反響する。きょろきょろと見渡すが誰の姿も見えない。いや、そもそもこの暗さでは近くにいたとしても目視することは困難だろう。
再び、同じ声が響いた。
「強く……なりたいのか……?」
「あなたは誰なの!?」
「強く……なりいたいのか……?」
「……なりたいよ。なりたいに決まってるじゃないか! 初めて会ったときも、今日も、ボクが悪い奴らに絡まれてるところを黄昏くんが助けてくれた。そのときボクはびくびく震えて眺めているだけ。そんな自分がボクは許せない! 友達は対等なんだ。守ってもらった分、守ってあげられるくらい強くなりたい!」
「望むのならば……我が力を与えよう……」
暗闇に二つの青い鬼火が浮かぶ。違う。眼だ。人間の眼。青い二つの眼が英雄をじっと見つめる。……そして、英雄は意識を失った。買い物袋がどさりと地面に落ちて、袋からこぼれたジャガイモやトマトが道を転がる。
街路灯に集まり明かりにぶつかりながら漂っていた蛾が、蜘蛛の巣にかかる。バタバタと羽根を震わせるが絡みつく糸が捕らえて離さない。
その晩、英雄は帰宅しなかった。夜遅くになっても連絡ひとつなく、英雄の母はとうとう警察に電話したのだった。
〇△〇△〇
久しぶりの休日の外出ということで英雄と別れたナツキは駅前の本屋に来ていた。平日はさっさと帰って家事をしなければいけないが、夕華から今日は自分がするから存分に友達と遊んで来るよう言われているので幾分か余裕がある。気に入っていたライトノベルの新刊を何冊か買い店を出たときにはあたりはすっかり暗くなっていた。
「ククッ、夜の帳が落ちたか。暗黒王は目醒め魔物の進軍が始まる……」
夏が近くコバエが飛び始める季節。それを魔物と形容しながらナツキは腕を振り顔の近くを飛ぶ虫を追い払った。
眼帯はさきほど投げ捨てて風に流されてなくなってしまったので、ナツキは赤と黒のオッドアイを隠していない。そんな少年が何もないところで腕を振り回しているのが異様に映るようで、通行人たちは白い目で見ながら避けて歩いた。
なんとかコバエを撃退し帰路につく。今回はテスト勉強が主目的だったので日中に英雄を連れて本屋に行こうとは思わなかったが、今度遊ぶときは本屋と言わず遊園地でも水族館でも一緒に行ってみたいものだ。ラノベでやアニメではそうした行先で大体イベントが起きるものである。
中二病は異質を好む。他者と異なる存在になりたいという欲求はもちろんのこと、非日常に巻き込まれたいという欲求。まるで創作物かのようなイベントが起きてほしいと思うのは中二病のナツキにとって自然なことで、その内容が能力バトルのようなものであれば最良だが無論ラブコメ的なイベントでもまったく問題ないのだ。
などと考えながら、いやいや英雄は男だぞと首を振る。しかし公園で自分の唇をなぞる指の感触やそれを咥えていた姿を思い出してしまいつい赤面した。
そのような悶々とした精神状態で歩いていたので、突然グッと腕を引っ張られても咄嗟に反応できなかった。
路地裏に引き込まれたナツキは背中に銃を突き付けられたのだった。
非日常の、始まりだ。