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第145話 能力の優劣だけで

 今の今までナツキと佐竹が戦っていた場所に今度は(まどか)が立っている。向かい側には短髪の女性生徒。二人は木刀を腰のあたりで納刀するように持ち、本人たちの真剣は秀秋が預かっている。


 入れ替わるようにナツキは武道場の端っこで他の生徒たちとともに観戦する側になっていた。秀秋の隣で腕組をし狐面を通して円を見つめている。なお、竜輝と佐竹の二人は寺子屋の近くにある診療所に担ぎ込まれた。



「模擬戦で真剣を使わないのに持ち歩く意味はあるのか?」


「意識の問題ですよ。我々が持つのは護国の(つるぎ)。それを普段から心根に染みつかせるんです。それに、能力という目に見えない力に溺れてほしくはないのですよ。我々が振るう暴力は他者を殺害できてしまう。私は子供たちにもその命を奪う重みを常にその手に感じていてほしい」


「そうか。結構な心掛けだな」



 ナツキの興味なさげなリアクションに秀秋は苦笑いを浮かべた。彼らの視線の先では円たちが開始線の前に立ち木刀を抜いて中段に構えている。

 円は眉間に皺を寄せ険しい表情を浮かべており、心なしか木刀を握る手にも力が入っているように見える。



(きっと寺子屋に入った日からずっとこの調子なのだろうな。どうしても結果を出したいと思っている以上力が入るのはわかるがいくらなんでも肩が強張りすぎだ)


「それでは、二戦目は高宮円さんと津軽峰子さんですね。模擬戦開始ッ!」



 秀秋の掛け声と同時にまず動き出したのは円だ。黒髪のポニーテールをたなびかせながらの急発進である。彼女の能力では遠距離攻撃はできないので鍛えた剣術のみが唯一の攻撃手段。であれば接近する以外に方法はない。


 彼女の能力をナツキは既に昨晩、温泉で聞いている。いわゆるテレパシー・サイコメトリー系。情報や記憶、心理、感情、そうした目に見えないものを理解する能力だ。もしこれを極めれば相手の動きを完全に見切って避け続けたり、逆に相手の回避先を読んで必中の攻撃をしたりできるだろう。


 だが円は六等級。能力発動には相手に触れるという条件があるので結局は接近戦をせざるを得ない。加えて、能力を発動したところで「嘘かどうかの判別」しかできない。つまるところ最初から円には先手を打ち確実に先制攻撃を放つ以外の有効な選択肢は存在しないのだ。


 一方、対戦相手の短髪少女──秀秋によれば津軽峰子というらしい──も対応するように構えを中段から上段に切り替えた。



(胴が空いたな。このままだと円の剣閃がクリーンヒットするが、さて……)



 あと四歩。それが峰子と急接近する円との距離。一秒後には円の射程圏内すなわち刀の間合いになる。

 峰子は洗練された上段の構えから、その場で何もない空間を切り裂いた。これだけ離れているのだから振り下ろされた木刀が当たるわけない。少なくともこの場においてナツキだけはそう考えていた。

 ただし。このとき、峰子の黄色い両眼が淡く光を灯した。黄色は四等級の能力の証。

 

 木刀の長さはおよそ一メートル。一定の規格に基づいて作られ納品される。にも拘わらず。峰子の木刀はグンと突然伸びたのだ。五メートル近くあった二人の間合いは峰子の一刀によってすぐさま埋められた。



(……!? まるで如意棒だな)



 かの有名な物語『西遊記』の主人公、孫悟空が持つ棒状の武器である如意棒は自在にその長さを変化させる。峰子が用いた能力も同様の現象に見える。届くはずのなかった一刀が、五倍近い長さの刃となって円の脳天へと迫った。


 円はそれを目視するやいなや半身になって躱し、長くなりすぎてむしろ扱いづらくなっているであろう峰子の木刀の先端に自身の木刀を振るった。木刀を木刀で床に抑えつけようという魂胆だ。

 その狙いに気が付いた峰子はただちに木刀を縮め、元の一メートルほどの長さに戻った。



(まあ寺子屋に来るのが初日の俺と違って、ここの連中は互いの能力をある程度は把握してるんだろうな。いくら円が剣士として腕があるといっても突然伸びる武器なんて初見でそう簡単に対処できるものじゃないぞ)



 ナツキが思いのほか感心していると、その様子に気が付いたのか秀秋は得意げに話し始めた。



「ああ、それから、刀という武器を持たせることには能力者にとって非常に実用的な理由があります。今の津軽峰子さんの能力を見ましたよね。彼女の能力は一定時間任意の物体の長さを自在に変化させるというものです。真剣であればまさに文字通りに初見()()ですよ。でも素手なら彼女の能力は活かされない。ここが私たち授刀衛と星詠機関(アステリズム)の違いです」



 いや、別に星詠機関(アステリズム)だって相性の良い武器の支給くらいはあるんだが……という反論はゴクリと飲み込み、一言『そうか』とだけこぼした。

 とはいえ、秀秋が説明するような利点をナツキはきちんと理解しているし、まさに見たかったのはそういったものだ。



(刀と異能力のコラボレーションは中二病としてたしかに魅かれる。だが、『それ刀なくても能力だけでよくないか?』と疑問が出てくるのではダメだ。見栄えは良いのかもしれないがな。ククッ、やはり武器と能力が相互にシナジーを持ってこそ玄人ウケする)



 ナチュラルに自身を玄人だと言ってしまうあたりがナツキの中二たる所以だろう。その間も円と峰子の模擬戦は激しく火花を散らしていた。


 峰子が木刀の長さを戻したタイミングで円もすかさず距離を詰め、通常の長さの木刀の間合いへと持ち込んだ。これで峰子のリーチのアドバンテージは失われる。円は斜め下から持ち上げるように木刀を打ち込んだ。峰子の首を刈り取らんと放たれた一撃は、木刀を縦に立てることで受け止められる。


 そのまま鍔迫り合い気味に木刀の刃同士をかち合わせながら、互いに腕力で相手を押しのけてやろうと力を込める。額が触れ合いそうになるほどの激しい競り合いだ。


 均衡はわずか数秒で崩壊した。円が前のめりに倒れたのだ。

 そう、まるで電車のドアに寄り掛かっている人が開いた瞬間にホームへと倒れるように。

 全体重を預けるほど力をかけているときに突然ふっとそれがなくなったら、誰でもつんのめって倒れてしまう。


 峰子の木刀は三十センチメートルの短刀ほどの長さに縮んでいた。いきなり鍔迫り合いしていた相手の刀が消失したことで、円は一瞬の浮遊感に襲われる。


 そんな円の背中に、短く縮小した峰子の木刀がトンと軽く当てられる。それだけで重心が前のめりになっていた円は床に顎をぶつけるように倒れ込んだ。両手で木刀を握っているため受け身が取れず、鈍い音が響いた。



「勝者、津軽峰子」



 秀秋が全体に聞こえるように大きな声で言い放った勝敗を決するその言葉が耳を通して円の頭の中に響く。


 また勝てなかった。剣の鋭さも、速度も、正確性も勝っていたのに。それなのに能力の優劣だけで自分は負けてしまった。


 他の寺子屋の生徒たちがクスクスと笑っているのが見える。ところが彼ら彼女らの身体はグニャリと捩じれていた。違う、涙で視界が滲んでいるのだ。

 他の連中に泣き顔を見られまいと円は俯きながら立ち上がる。

ここ最近不定期更新になってしまっており申し訳ありません。夕方あたりにもう一話投稿させていただきます。

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