表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/377

第14話 白銀の真珠星、来日

「おいおい、もう暗くなっちまってるじゃねえか」


「取調室のブラインドってマジで高性能なのな。知らんかったわ」


「へっ、俺たちゃいっつもサツに捕まる前に逃げおおせてたからな。今回はしくったぜ。まさかツレの男があんなに強えとは」


「ああ、まったくだ。ま、道路でノビてたお前より意識があった俺の方がすげぇけどな。なんだ? そのタンクトップの下の筋肉は飾りか?」


「お前こそサングラスなんてかけてるから足元掬われるんだ。それにアロハシャツなんて安易なキャラ付けはやめた方がいいぞ」


「お前はいつも口を開けばアロハ批判だな。これはな、個性なんだよ。インッ! パクトッ! だ。ナンパってのは良くも悪くも相手の印象に残んなきゃ始まんねえの。わかるか?」


「だから俺の場合はそのための筋肉アピだってんだよ。所詮はジムで鍛えただけの使えねえ筋肉だから喧嘩になると役に立たねえけどな!」


「ハッ、なんだそりゃ」



 もう午後八時を回ろうとしている。外は暗い。昼過ぎナツキに締め落とされた二人組のナンパ師は軽口を叩きながら警察署をあとにした。タンクトップ男は膝にクリームがついているというのに気が付かない。アロハ男についても同様だ。彼がもしもタンクトップ男のそのような珍妙な汚れに気が付いたらまず間違いなく指摘する。それも侮蔑と皮肉を目一杯込めて。


 さっきから罵りあっている二人も、何も本気で相手を貶そうとしているのではない。見知らぬ異性に声をかけることを最大の趣味にするような歪んだ人生を送ってきた二人にとってそれが同性との標準のコミュニケーションであり、それ以外には知らなかった。


 つまるところ馬鹿なのだ。馬鹿なので、本気では馬鹿にしない。馬鹿なので、馬鹿にされても痛くない。

 馬鹿でなければ、いくら可愛いといっても中学生、下手をすれば小学生の可能性すらある容姿の英雄に声をかけるような真似はしない。法律などよく知らない。二人で馬鹿をやって、女を交えて馬鹿になれたらそれで満足なのだ。その一点で彼らは共鳴し合い協力し合う。


 だからこうして帰り路のさなかでも、魅力的な女性を見かけたら声をかける。片方が獲物を見つけたらもう片方も付いていく。そうやって今までやってきた。同じように、今この瞬間もそうするだけのことなのだ。



〇△〇△〇



「やっぱり私、シリウスの奴のこと苦手なのよね。いけすかないって言っていいのかしら。いいえ、そんな生理的で直感的な言葉じゃまとめきれない。もっと理性的に醜悪な何かが潜んでいる気がしてならないわ」



 空港から電車を乗り継ぎようやくS県S市に到着したスピカはぶつくさと事実上の上司への印象をぼやきながら駅を出た。午前の便の飛行機だったというのにもう外は暗い。手首の内側に盤のある細い腕時計で確認すると短針は八を回っている。電波時計なので、空港に着いた時点で自国は日本仕様となっている。


 夜ゆえにスピカの黒い格好は闇に溶け込んでいる。三メートルも離れればシルエットを見失うだろう。だが彼女の容姿が埋没を許さない。暗いからこそスピカの白銀の長髪はわずかな明かりすら反射してきらきらと輝く。黒目黒髪がほとんどの日本という国ではそれだけで注目を浴びる。アメリカやヨーロッパで活動することが多いスピカにとってはあまりない経験かもしれない。



「あら、大通りは綺麗で良いわね。美しいわ」



 日本での当面の生活拠点にする予定のビジネスホテルを捜し歩きながら大通りを進むスピカ。ピンクとパープルの花壇を見てつい感嘆の声をもらす。

 歩道沿いにまっすぐ咲き渡っている花壇を歩道の地平線まで見つめていたスピカの視界を遮るように、二つの影が邪魔をした。



「めちゃくちゃ美人な子はっけーん。って、あらら外国の子猫ちゃんかな? ま、いいや。穴があるのは万国共通ってな。ハローハニー、ハウアーユー?」


「全部丸聞こえよ。あなたの品も知性も何もない発言全部ね」


「おい、この娘ふつーに日本語できるみたいだぜ」


「だな。なら話が早え。君、もう夜遅いしお兄さんたちとお泊りしちゃわない?」



 あまりに軽薄な態度の低俗な男たちに絡まれたスピカは怒りを通り越して呆れていた。ヒトという種はこんなにもアホになれるのか、と。

 幸い人通りは多くない。小道に連れ込んで能力を使えばこの二人を真っ二つにすることも十分割にすることも百分割にすることも容易いだろう。能力を用いた無駄な殺生は彼女の美学にも彼女が属する星詠機関(アステリズム)の方針にも反するのだが、女性として危険な状況になりそうならそうした手段を選ばざるを得ない。


 さすがに即殺すという発想になるほどスピカは戦闘狂ではないので、なんとか穏便に彼らが引き下がる方法を考える。少し能力で脅せば恐れをなして立ち去ってはくれないだろうか。

 そうした成果を期待して、スピカは能力を行使しようと青い瞳を淡く光らせた。しかし、この眼前の下劣な二人組から思わぬ言葉が飛び出たためスピカは指針を転換することとなる。



「お、今度は青い眼だぜ。さっきは赤眼にボコられたが今度は綺麗だな。青だぜ、青。ガイジンすげえぜ」


「ああ、ありゃ傑作だったな。俺もぶっ倒れた状態でなんとか意識保ちながら眺めてたが、赤い眼を出したかと思ったらお前瞬殺されるんだもんな」


「……赤い眼、まさかそんな、一等級の能力者がこの街に来ているというの…………? あなたたち、その話もう少し聞かせてもらってもいいかしら」


「お? なになに、俺たちの武勇伝が聞きたいわけ? いいよいいよ~じゃあ早速レッツゴー!」



 結局、スピカは赤い眼をした中学生ほどの男にやられたという話しか聞き出せなかった。自身の胸に触れようと手を伸ばしてきたアロハシャツの男の腕を掴んで止めると、体表のわずかな汗を集め、水の塊とし、鼻から吸引させることで意識を失わせた。脳血管の血を一時的に薄めたのだ。突然倒れた相棒に動揺するタンクトップ男にも同じように腕に触れて意識を奪った。おそらく数時間もすれば目を覚ますだろう。この程度の気温なら路上で放置していても死にはしないはずだ。


 ナンパしてきた男たちを置いてビジネスホテルへと歩きながら、今回の騒動にはやはり財団の大きな闇が動いているのかもしれない、とシリウスの言を補足するような情報を得たスピカは少ない材料を頭の中で反芻した。思ったよりも事態は深刻である可能性が出てきた。

 思い立ってホテルの前で踵を返したスピカは、夜の闇に溶ける。

今日は寝られそうにない。奴らの足跡を掴むためスピカはギアを一速上げるのだった。


 通りすがりの人に路上で倒れていると通報を受けたナンパ師の二人が二回目の警察の世話になるのはまた別の話。

いつも読んでいただきありがとうございます! 感想等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ