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第138話 夜よりも闇よりも

「だ、誰だテメェ……」


「ククッ、刀の泣く声が聞こえるようだ」


「このッ……」



 刃を折られた竜輝は柄だけになった刀を放り捨て、紫色の両眼を淡く光らせる。

 視界にあるものを両断し切り刻む能力。ナツキの皮膚を切り裂かんと行使された竜輝の能力は、ところが狐面の下で左眼を青く光らせたナツキによって無効化された。現を夢に変える能力。あらゆる能力で引き起こされた現実はナツキの内なる夢想に格納される。


 いつまで待ってもナツキの身体が刻まれないことに苛立ちを覚えた竜輝は観戦していた取り巻きに刀を寄越せと怒鳴りつける。仕組みは不明だが能力が通じない。とはいえ不気味な面をつけているだけで背丈は低く、年齢も筋力も上回っているはず。ならば力技で押し通す!



「りゅ、竜輝さん! どうぞ!」



 刀が届けられるのをナツキとて黙って見ているわけではない。指で折った刀身を捨てると、面の下で赤い右眼を淡く光らせる。そして腕を真横に伸ばし、自身のイメージを形成するため言葉を紡ぎ始めた。



「その黑は夜より暗く。その黑は闇より深く。晦冥の濡烏が世界を裂き誇る。来いッ!」



 何もない虚空。その現実をナツキの夢想が侵食する。ただ伸ばされているナツキの右手の中に、まず現れたのは真黒な柄だった。その黒い柄に黒い鍔が生じ、黒い鍔の先から黒い刃が延びる。そうして出来上がったのは全長三尺を超える漆黒の日本刀だった。


 日本刀の刃に使われているのは鋼鉄、つまり鉄と炭素を合わせた合金である。鋼鉄は別名が(はがね)。その語源は刃に用いる金属と書いて「刃金(はがね)」だとされており、まさに刃物のために存在するような金属だ。だがナツキの刀に使われる金属は闇ように黒い。決して鋼鉄では発色し得ない。

 では本物の日本刀よりも強度で劣るのか? 否。それはナツキが夢にまで見た最もかっこよく最も頑強な仮想で架空の刀剣だ。その夢が今、現となった。


 取り巻きから放られた刀を宙でキャッチして受け取った竜輝はそのまま力任せに振り下ろす。が、ナツキは黒刀で相手の刃の側面を撫でるように擦った。ナツキの脳天へと叩きつけられるはずだった刀は竜輝の手からすっぽ抜け、くるくると回転しながら取り巻きたちの目の前に落ちて地面に突き刺さる。



「か、刀を巻き付けて弾き飛ばしただと……!?」



 古武術や合気道では『刀取り』や『無刀取り』として知られている技術。それを剣術に応用した。

 普通は柄を力いっぱい握っているわけだから、いくら刀自体を引っ張っても取っ組み合いになるだけで武器を奪うことはできない。ところが手首を可動域の限界まで捩じると自然と手の力は抜け、柄から手が離れる。


 本来は武器を持った相手に無手で挑まないといけなくなった際の緊急回避的な技術だが、仕組みさえ知っていれば武器対武器の対決でも利用可能だ。刀で相手の刀の側面を巻き付けるようにこすり上げ、相手が込めた力を逆に外へと逃がす。


 まさに今、無防備になってしまい戦慄している竜輝のように。




「やばい……!!」



 竜輝に黒刀が襲い掛かる。その刃はぴたりと竜輝の首すじに当てられツーと血が一筋垂れた。

 ナツキが両手で固く握った黒刀。その刀身を太陽が照らし、黒曜石のように煌めく。



「ククッ、殺しはしない」



 瞬間、まるでそこには何もなかったかのようにナツキの手から刀が消えた。能力を解除し、具現化していたナツキの夢想が夢へと戻ったのだ。離れたところで見ていた英雄がとことこ近づいてきてナツキに桐の木箱を渡す。蓋を開けると内裏に行くまで着用していたナツキの普段の私服が入っていた。さきほど聖皇からもらった和服に着替えた際に元の服を木箱にしまっていたのだ。


 そこから季節はずれに仰々しい黒のローブコートを取り出して、半裸のまま震えている(まどか)にかけて羽織らせた。こればかりは夏なのに馬鹿みたいに暑い気分になる長い服を着てきたことが功を奏した。



「大丈夫か?」


「どうして……どうして助けた!!」



 円は涙目になってそう叫ぶと黒髪ロングのポニーテールを振り乱して走ってどこかへと立ち去っていった。別に見返りを求めていたわけではないが、まさか親切をして激高されるとは思っていなかったナツキは怒るでも驚くでもなくただ呆けてしまう。


 すると、今度は建物の中から『何をしてるんですか!』と若い男の声が聞こえてきた。竜輝たちは蜘蛛の子を散らすように逃げだす。結局、ナツキと英雄の二人が残されてしまった。そこに声の主が到着する。幸いナツキたちを非難する様子はない。



「またあの子たちですか……」



 むしろ、逃げ去る竜輝たちの背中を見ながら悲しそうにそう呟いた。麹塵(きくじん)色の作務衣(さむえ)に、度の強い眼鏡。男性にしては長い髪を後ろで緩く結んでいるその人物はナツキたちに向き直り、深々とお辞儀をした。



「私はこの授刀衛能力者育成機関『寺子屋』で教師を務めている虚宿(とみてぼし)秀秋と申します。黄昏暁さん、結城英雄さん、どうかお見知りおきを」



〇△〇△〇



虚宿(とみてぼし)か。二十八宿の一つだな」


「知っておられましたか。いやはや、恐縮です。とはいえ私は当主ではなくまだ後継なんですがね」



 既に二十八宿の正規メンバーの一人である英雄はこれまでに平安京で会った面子を懸命に脳内で思い浮かべていった。たしかに虚宿と名乗るもっと年上の人がいたような気がする。であれば虚宿秀秋がこれほど若いのも納得だ。後継はあくまで後継。当主が存命のうちはただのお坊ちゃんと大差ない。もちろん、ポテンシャルの高さは折り紙付きなのだろうが。さもないと指導者の職を務めることはできない。



「そっちこそ。英雄はともかくどうして俺のことを知っている?」



 二つの意味を含んだ問いだ。どうして黄昏暁という人間の存在を知っているのか。そして、どうして狐面をつけて身元を隠している自分がまさにその黄昏暁だと判別できたのか。

 秀秋は申し訳なさそうに眉を下げて言った。



「陛下から内裏の前まであなたをお迎えに上がるように言われていたんですが、少々用事があって遅れてしまって。そのせいで行き違いになったようです」


「ということは、聖皇が言っていた牛宿家の後継候補探しというのは……」


「ええ。黄昏暁様にはここ、寺子屋にてその選抜をしていただこうと考えております」



〇△〇△〇



 まただ。また男に負けた。もう何度目かわからない。クラスメイトの男子に剣で挑み、あえなく負ける。

 碌に剣の鍛錬も積んでいないような奴に……勝てない。自分よりも等級がはるかに高いく強い能力を持っているから。生物学上人間は男の方が力が強いから。そんな志も努力も関係しない理由で自分は歯が立たない。


 逃げるようにして帰宅した(まどか)は木の戸を開けて中に入った。さすが京都というだけあって、部屋は全て和室だ。

 畳に刀をそっと置き、狐面の男からもらった黒いコートを刀の横に畳んで置いておく。タンスを漁り新しい袴を引っ張り出した。ふと、母の写真が視界に入る。いつも家を出る前に挨拶をするため置いていたものだ。


 円にとって一番大切な母親の写真。今はもう亡くなって空高く遠くに行ってしまった、大好きな母の写真。


 新しい袴を握りしめ、床に散らばるビリビリに刻まれた下着や袴を睨みつける。こんなみっともない姿は母に見られたくないとばかりに、写真立てをぱたんと倒した。


 部屋の隅の神棚には供え物とともに一振りの日本刀も飾ってある。偉大な剣士だった母が遺した、たった一つの形見だ。円はそれを見上げながらみっともなく負けて帰ってきた非力で貧弱な自分を、涙を流しながら恥じ入るのだった。

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