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第137話 真剣白刃取り

 カツ、カツ、カツ、カツ。下駄が石段を叩く音が響く。英雄の中では一つの論理的帰結がある。すなわち、内裏にいるのは聖皇と世話係の女官のみであり、普段下駄を履くことはまずない。すると消去法からして、下駄の足音の主はついさきほど内裏へと立ち入ったナツキただ一人だろうと。


 最も親しい友人の姿を期待して、『おかえりなさい!』と元気よく出迎えてはみたものの、しかし英雄の眼前にいるのは不気味な出で立ちの青年。下駄は聞こえていた通り。しかし黒い着物に紅白の狐面という姿はまったくもって見覚えがない。


 無論、北斗ナナに代表される空間系の能力者はこの平安京という街、すなわち授刀衛の中にもそれなりに存在するわけなので、何者かが不敬にも聖皇の住まう内裏に闖入し降りてきたという可能性もある。だとするとどうして能力でもって立ち去らないのかという新たな疑問が出てくるのでこの線はないと断定できる。


 困惑し不気味がっている英雄に対して、その青年は狐面を斜めにほんの少し傾け、赤と青のオッドアイでしかと見つめて言った。



「ただいま」


「黄昏くん!」



 英雄はその不審人物がやはり敬愛する親友だとわかり、パァっと顔を明るくさせた。そして降りてきたナツキを迎えると突進気味に勢いよく抱き着く。


 男物の黒い和服を着た人物と女物の紫と濃紺の袴を着た人物の抱擁。周囲の人々からは恋人の逢瀬にしか見えない。まして内裏から出てきたとなれば男性の方は平安京においてそれなりの立場にあろうことは容易に想像がつき、ナツキたちを横目に収めながらそんな二人の姿から人並みならぬ壮大な恋の物語を勝手に妄想した。

 実際は英雄は少女ではないし二人は友人関係でしかないのだが。



「すっごく似合ってるね! ふふ、ボクつい見惚れちゃったよ。やっぱり黄昏くんといえば黒だよね」


「ありがとう。ククッ、あの聖皇とかいう女、なかなかに趣味のわかる奴だった。一体あのセンスはどこかから仕入れているのやら」


「ボクも数えるほどしか言葉を交わしたことはないけど、すごく不思議な人だよね。見透かされているような、でも吸い込まれるような……。ちょっと怖いかな」



 その印象についてはまったく同意見だ。見た目年齢と実年齢が随分と離れていることを仄めかすような発言も今となっては信憑性があったように感じられる。あの年齢であれほどの格を放つことはできない。

 格と言っても、かつて戦ったクリムゾンの持つ『強さの格』や『激しさの格』というより、『深み』の感覚に近い。心を強く持っていなければどこまでも落ちていくような、底の見えない真っ暗で深い穴。それは努力で身に着くものではない。長い時間をかけ、様々な経験をし、その先に到達するものだ。



(だとすると少し妙だな。(わらわ)という一人称が使われるようになるのは武家の登場以降。聖皇が自分一代と言った長い歴史の中で言えば比較的最近のものだと思うんだが)


「黄昏くん、それじゃあボクがいつも寝泊まりに使ってる旅館に案内するね」


「ああ。頼む」



 内裏の敷地から旅館までは歩いて二十分ほどかかるという。碁盤の目状の街は道が直線ばかりなので地点から地点までの時間も概算がしやすい。ただ、やはり自動車がないために移動は徒歩が主となるのが玉に瑕である。


 道中、英雄から聖皇とどんな会話をしたのか聞かれた。もちろん話せる範囲で、と。

 ナツキとしては当たり障りない内容だったが、跡継を決める話は英雄も最近まで当事者だったので少し迷った。が、嫌がっている素振りはないから、別に家族を人質に強引に二十八宿入りさせられた、みたいなことはないのだろう。



「詳しくは追って指示を出すとは言われたんだが……。聖皇はどうやら俺に二十八宿の後継決めを手伝ってほしいらしい」


「あーそっか。ボクは斗星家の養子扱いになってるけど牛宿家は後継を見つけてないからね。これじゃあ将来二十八宿じゃなくて二十七宿になっちゃうよ」


「斗星家ということはナナさんの……」


「うん。聖皇陛下が星詠機関(アステリズム)の支部を日本に作るって認めたときボクを送り込むのを条件にしたのも狙い通りなのかもしれないね。ほら、所属の能力者も日本人だけって条件もあったでしょう? そうなるとアメリカにいたナナさんが戻ってくるのはわかっていたはずだから」


「なるほどな」



 自分の知らないところで組織間の牽制があったことはともかく、そのせいで英雄やナナといったナツキにとって大切な人が振り回されるのはあまり気分の良いものではなかった。見方によっては英雄にナナの監視をさせているとも言える。

 次に聖皇に会う機会があったら一言ガツンと言ってやろうなどと歩きながら思ったときだった。


 キン! キン! キン!


 金属のぶつかり合う音が聞こえた。リズムも大きさも不均一だ。つまり工事現場の機械のようなものではなく、複数の人間の意思によって鳴らされているということ。

 例えば、刀と刀が切り結んでいる場合。



「どこかで誰か戦っているのか?」


「うん。ほら、あそこ。授刀衛の学校があるんだ。能力者って言っても子供のうちに覚醒するのがほとんどだから、力の振るい方や戦い方は素人なんだよね。だから実際に任務に着く前に学校に通うんだ」


「じゃあ英雄も?」


「ボクの場合は二十八宿入りが最初から決まってたからこことは違うところだよ。二十八宿の人だけが使える演習場があって、そこで他の二十八宿と模擬戦をしたり剣や能力の使い方を教わったりしてたから」



 英雄の戦闘スタイルの変化の要因は、他者からの教え。その予想は見事に的中していた。たしかに授刀衛が日本人の能力者集団だからって、最初からそのように生育されるわけではないだろう。二十八宿が家名を襲名していながら世襲が原理上不可能で全面的に養子制になっているように、文化や習俗、価値観は後天的に植え付けていかねばならない。



「でも黄昏くんと聖皇陛下のお話から考えると、後継候補となる若者ってこの学校から選ぶことになるんじゃないかなぁ。少し覗いてみる?」


「勝手に入って大丈夫なのか?」


「ふふーん。そこはなんせボクなので」



 英雄が無い胸を張って得意げにしている。いや、男なのだから胸がなくて当然か、とナツキは邪念を払うようにぶんぶんと頭を横に振る。


 二十八宿がこの平安京において選ばれし家名ならば貴族のようなものなのかもしれない。それなら英雄が名前を出せば見学くらい簡単にさせてもらえるだろう。

 そういえば鬼宿もいつか屋敷に招待すると言っていた。やはり二十八宿は経済的にも地位的にも高いところにあると考えて間違いない。



 大きな木造家屋に敷地に入り、玄関から室内に入るのではなく横道に逸れて裏庭へと出る。その開けた場所で一組の男女が刀を握り向かあって立っている。年齢はナツキたちより少し上くらいだろうか。さらに端では数名の男子たちがその様子を観戦している。



「いくぞ!」



 黒髪をポニーテールにした桃色の袴姿の女子が両手で日本刀を振り下ろす。すると和服姿の男子はわずかに半歩、左にずれるだけで太刀筋をかわしてみせた。優れた反射神経だ。


 攻撃直後の隙をつくように男子も片腕で力強く刀を振るった。その女子は逆袈裟に振り上げて受け止める。しかし腕力では男が勝るのが道理。押し返された女子は一旦距離を取り、すぐさま急接近して今度は刺突を放つ。だがこれも側面から刀の刃を当てられて軌道をそらされてしまった。


 それからも数度、女子の方から男子の方へと剣戟を仕掛けては打ち合いの末にあしらわれる。さっきから聞こえていた金属のぶつかる音の発生源はここだ。



「おい、(まどか)。もういいだろう。女のお前じゃこの俺には勝てないんだから」


「何を言う! 強さを決めるのは性別じゃない。剣の腕だ。真摯に稽古を続けて技術を磨けば、腕力で劣る女だって男のお前たちに負けはしない!」



 (まどか)、そう呼ばれた少女は中段に構えると走り出して横一閃に薙ぎ払った。鋭い太刀筋だったが、やはり軽々と片手で握った日本刀に受け止められている。



「そう言って俺たちに何回負けた。どうしてもっていうから相手してやってるがよ、俺たちとしちゃお前みたいな雑魚と戦っても実にならねえんだよ。それに、剣の技術だ? 稽古だ? そんなもん何の役にも立たねえよ。円だって知ってんだろ。最近二十八宿に入ったガキは俺よりも年下だってよ。その代わり能力は馬鹿みたいに強いって話だ」



 男子の荒々しい太刀筋はまったく洗練されていないが、力が強いということは速度があることを意味する。それだけで力の弱い円の方は辛うじて刀身でいなすのが精いっぱいになってしまう。



「円、お前は落ちこぼれの六等級だ。それに女だから膂力が足りねえ。それに比べて俺はどうだ? 三等級の能力は二十八宿入りしてもおかしくねえレベルだし、腕っぷしだって昔から負けなしだ。もうわかったろ? お前みたいな弱え女は俺たちに媚びてりゃいいだよ!」


「私を……母上の剣を馬鹿にするなァァァ!!」



 憤怒に顔を歪めた闇雲に男子の上半身を斬り伏せようとするが、頭に血が上っているのかさきほどまでの精彩がまるでない。力任せの子供じみた剣になっている。

 そして同じ力任せ同士ならなおのこと筋力で勝っている男の刀の方が弾き返せてしまう。

 男子の紫色の眼が淡く光る。



「はぁ。もうお前飽きたわ。弱すぎ。話になんねえ。もうさ、俺たちの奴隷でもなれよ。女なんだから股を開くのが仕事だろうがよお?」



 男子が刀の切っ先を向けると、刃は触れてもいないのに円の袴が細切れにされた。布の生地が小さな破片となり袴で覆われていた素肌が露わになる。

 同じロングヘア―でも髪を下ろしていれば体を隠してくれたかもしれないが、その女子はポニーテールに結い上げている。よって袴の下に身に着けていた水色の下着はありのまま太陽の下に晒された。

 さらにはその男子はもう一度能力を使い、ブラジャーの紐を切断した。



「いやぁっ!!」



 とうとうたまらず悲鳴を上げた円は刀を落とし両手で胸を隠すように覆う。そのまま地面にへたりこんでしまった。



「出た! 竜輝さんの視界にあるどんなものも両断する能力!」


「ああ。竜輝さんの能力は三等級の中でも凶悪だ。あれじゃ刀なんていらねえよな。能力使えば即座に敵はバラバラになるんだから!」


「円のやつあんなデケえブツを隠し持ってたなんてな! へへ、良いモン拝ませてもらった! 竜輝さんには感謝だぜ」



 観戦してい男子の取り巻きたちが鼻息を荒くしながら衣服を乱された円を食い入るように見ている。

 竜輝、取り巻きたちからそう呼ばれていた男子は、円に一歩一歩近づいた。



「ほうら、ちゃんと刀を握らないと綺麗な肌に傷がついちまうぜェェェ!」



 型もフォームもクソもない。ただ竜輝は片手で高く日本刀を振り上げた。

 円に刀を持てと言うが、そうなれば円は竜輝たちに乳房を全て見せることになる。

 その屈辱が判断を鈍らせた。落とした刀を拾い上げて応戦する選択肢を即座に選ぶことなど、清い少女である円にはできない。


 てっきり胸をさらけ出してでも果敢に抵抗してくると思っていた。竜輝とて別に女の惨殺死体が見たいわけじゃない。円を辱め、あられもない姿を男たちの視線にさらして徹底的に心を折ってやろうと思っていただけのだ。


 それがどうだ。防御すらしないではないか。このままでは本当に竜輝の手で円は死体になってしまう。一度振り下ろした刀は重力と慣性に従い止まることはない。


 このまま円の若く瑞々しい柔肌は鋭く光る日本刀によって切断され……ることはなかった。



 竜輝と円の間に割って入った黒い影がある。竜輝の刀はびくとも動かない。

 たった二本だ。ピースを閉じるような形で、二本の指で、竜輝が振り下ろした真剣の白刃は容易く挟まれ受け止められている。



「ククッ、ぬるいな。魂も意志も覚悟も何もない、薄っぺらな剣だ。そんなものでは俺に傷ひとつつけることはできんぞ?」



 バキンッ!


 ナツキは指の力だけで竜輝の日本刀の刃をへし折った。

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