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第134話 お内裏様とお雛様

 平安京のど真ん中を貫くようにのびているのが朱雀大路だ。羅城門をスタート地点とし南北に五キロメートル以上もある。京都の街と同じで、人々は皆和服を纏い家屋は瓦か茅葺屋根の木造住宅だ。

 ナツキは円形に囲まれ、周囲の景色もよく見えぬまま歩かされ続けていた。それでも隙間からちらちらと覗くと道行く人々もほとんどが眼に色があり能力者に見える。



「……ここは能力者の街なのか?」


「うん。日本の能力者組織、授刀衛。その正体は平安京という街そのものなんだ。日本国内で能力に発現したらここから人が派遣される。基本的にはスカウトという体で平安京に連れていかれるし、拒否すると色々制限があるみたい」


「国外禁止か」


「そうそう。それもあるね」



 以前美咲から聞いた話がナツキの脳裏をよぎる。授刀衛の人たちが資料を持ってやって来たと。

 星詠機関(アステリズム)がそうであるように能力者の組織だからといって全員が全員、戦闘力に秀でているわけではない。後方支援も必要だろうし、それどころか組織運営の観点で言えば事務的な作業をする人手の方が重視される。


 今こうして街ですれ違う和服の能力者たちも、中には能力を使って戦闘行為をする仕事に就いている者もいるだろうしそうでない者もいる。ひとつ間違いないのは実際にこの街で暮らしているということだけだ。



(俺たちを囲んでるこの武士たちみたいに見た目でハッキリわかると楽なんだがな)



 鬼宿の甲冑姿の部下たちは戦闘要員か非戦闘要員かで言うと完全に前者だろう。その基準で見てみると、街の人たちの中には帯刀している者とそうでない者とがいる。



(なるほど、刀の有無で判別できるというわけか)



 五キロメートルもの距離をこれだけの大所帯で歩くとなるとそれなりの時間がかかるが、ナツキとしては能力にまつわる珍しい文化圏に訪れ観察することができてとても楽しい。

 それに刀は多くの作品で主人公格の武器の定番だ。当然ナツキも普段から木刀の素振りをしているし、使う武器を一つ選べと言われたら迷いなく日本刀を選択する。だからこそ『帯刀している能力者が跋扈する街』という情報だけでも興奮してしまう。


 内裏に到着するまで特に代わり映えしない景色の朱雀大路は退屈だろうと英雄も鬼宿もナツキに対して同情し積極的に話しかけているが、当の本人はこの場の誰よりも楽しんでいるのだった。



〇△〇△〇



 平安京の中でも特に聖皇の住まう()()を指して内裏(だいり)と呼ぶ。『建物』ではなく『地区』というのが重要で、この内裏というのもまた塀で囲まれ門で出入りする正方形の区画なのだ。いわば、平安京という大きな正方形の中に入っている小さな正方形、といった感じに。


 その内裏の正面玄関となる門、建礼門にて鬼宿はナツキと英雄にここまでだと伝える。



「内裏に立ち入ることができるのは聖皇陛下、世話をする女官、それから陛下が直々に許可を与えた者だけだ。今回は暁のみが許可をもらっているから俺と英雄はここから先に入ることはできん」


「黄昏くん、ボクはここで待ってるから、気を付けて行ってきてね!」


「わかった。どれほどの時間になるかは向こうの用件次第だが……できるだけ早く戻ってこよう。それと鬼宿、ここまで付き添いありがとう」


「ガハハハ、なあに気にするな。今度は俺の屋敷に来い。最高の酒を用意しておこう。ついでにこっちの方もな」



 そう言って鬼宿は腰に提げた刀の柄をとんとんと叩く。いつか手合わせしよう、という意思表示だ。それを汲み取ったナツキも深々と頷く。

 二人に見送られながら、ナツキは内裏への門をくぐる。



〇△〇△〇



 ナナはブラックコーヒーの湯気が立ち上るマグカップ片手にテーブルにひょいと座った。コーヒー好きになったのはハルカとナツキの二人の影響である。

 テーブルに座るのは下品だと咎めるように牛宿は睨んだが、この場に他に人がいないので大目に見てやろうとギリギリのところで嫌味を言わずに堪えることができた。



「牛宿、アンタが授刀衛を抜けたのはいつだ?」


「十三年前ですね。最初は文官じみた仕事もしていたんですが性に合わなくて」


「アタシが抜けたのはちょうど十年前だ。あんな檻みたいなところ、いられるかってね」



 別の会議室でナナと牛宿の二人は京都の状況について整理している。電気もつけないで、ブラインドの隙間から日光が差し込み暗い部屋に光筋をもたらす。

 聖皇がナツキを呼び寄せたことにどんな意味があるのか、平安京すなわち授刀衛出身の二人にはその意味が想像できてしまった。とりわけこの二人は家柄が特殊だから。



「まさか暁を使って私たちの穴を埋めようっての?」


「支部長……つまり結城英雄への扱いを見るとその線もあるでしょうね。しかし黄昏暁の方には受ける理由がないですし、それにかなり厳しく縛られる向こうの風土は合わないでしょう。二十一天(ウラノメトリア)の方々はなんと?」


「ちょうど暁の二十一天(ウラノメトリア)入りを認めるかどうかが議題になってたってさ。ただ身柄が聖皇の下にあるとなるとその話は凍結だ。完全にしてやられたね」


「……連中の考えることは我々凡人では測り得ません」


「連中ってのは? 聖皇が二十一天(ウラノメトリア)に対して手を打ったってこと?」


「聖皇もその一人です。そしてシリウスも、あなたの友人のハダルも」


「うん……まあそれはたしかに」


「ついでに黄昏暁もですよ。やはり私は彼が嫌いだ」


「ハルカを通してシリウスから直々に命令だよ。アタシたちは待機。間違っても京都に追いかけに行くなって。よかったね、アンタは嫌いな奴を拝まなくて済むみたいだ」


「ええ。まったく」



 牛宿はくいと眼鏡をかけ直し、会議室を出た。一人残ったナナは心配そうにナツキに想いを馳せる。相手は腹の底まで真っ黒で、政治や外交で常に賢しく立ち回ってきた相手だ。クリムゾン曰く、女狐。

 そんな人物とナツキを引き合わせるのはあまりに危険。だが故郷や親とも縁を切ったナナにはどうすることもできない。かつて最も身近にあった街は今では心身ともにはるか遠くに感じられるのだった。

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