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第132話 日本の車窓から

 新幹線の車窓から見る富士山は味がある。他の景色は猛スピードで流れていくのに、遠くにある富士山は見かけ上微動だにしないからだ。余計に存在感が際立っているように感じた。



「ククッ、さすがは霊峰といったところか」



 視線を窓から正面に戻すと英雄がニコニコ笑いながら駅弁を食べている。視線に気が付いた英雄は食べる手を止め、割り箸で唐揚げをつまむとナツキの口にもっていった。



「はい黄昏くん。あーん」


「ん? ああ、ありがとう」



 唐揚げをぱくりと頬張ったナツキはお返しとばかりに自身の弁当の中から一番大きいおかず、サバの照り焼きを一口大に箸で切り分けて同じように英雄に口に運んだ。

 パーっと音が聞こえてきそうなほど明るい表情になった英雄が美味しそうに食べる姿を見てナツキも嬉しくなる。どこか小動物に餌付けしているような気分だ。



「ボクね、友達とおかず交換するのは初めてなんだ。ほら、うちずっと貧乏でお弁当も貧相だったから」


「俺だって初めてだ」


「ふふ、じゃあハジメテ同士だね」



 顔の前で指を絡ませながらもじもじと呟く英雄。他の座席にいる男性の乗客たちから『リア充死ね!』の視線が突き刺さって痛い。部外者はまさか英雄が男だとは思わないだろう。真っ赤な椿が描かれた紫色の袴は女性ものだし、くりくりとした目や真っ白な肌、ボブヘアの茶髪、小鳥のさえずりのように高く可愛い声、どこを切り取っても美少女にしか見えない。


 ナツキと英雄の二人が乗っているのは関東から西に行く新幹線だ。富士山が見えるということは今はちょうど中間の東海あたりだろうか。

 新幹線は東京都を出発し、横浜、浜松、名古屋、京都、大阪の順で停車する。今回の目的地は京都なので大阪の風景を見ることはできないが。



「なあ英雄、そもそもどうして聖皇は俺を呼びつける? 何か迷惑をかけた覚えはないんだがな」


「もう、何言ってるのさ! 逆だよ。黄昏くんがすごい人だから聖皇陛下っていうすごい人に会いたいって言われるんだよ。すごい人同士は引かれ合う、みたいな?」


「そ、そうか……」



 英雄のナツキ推しの圧が凄まじく、尋ねた張本人のナツキの方が軽く引いてしまった。

 中二病は憧れた世界を広げることは得意だ。周囲から馬鹿にされるのには慣れていくし、それを平気だと感じるメンタルもある。だからこそ、今みたいに手放しに褒められたときのリアクションがわからない。

 少なくともナツキの人生の中で褒めてくれたのは夕華だけだ。尤も、単に人間関係そのものが希薄だっただけだろうと言われてしまえばその通りなのだが。



「しかしまだ昼頃とはいえ、新幹線の終電をふまえれば滞在時間はあまり取れそうにないな」


「え? 今日はお泊りだよ?」


「は?」


「いっつもボクが使ってるVIP専用の旅館は空きがあるから、そこを使えば大丈夫だろうって陛下が……ごめんね、完全に伝え忘れてたボクのミスだよ」


「いや、問題ない。だからそんな申し訳なさそうな顔をするな。しかし着替えはどうするかな。何も持ってきていない」


「それも大丈夫だと思う。陛下が直々に呼び出すほどの人物だから、周囲も相応の扱いをするはず。たぶん服を寄越せって言ったら西陣織の一着五十万円するような和服を何十着も用意してくるよ」


「そ、想像もつかんな……。ククッ、まあいい。一応夕華さんには泊まりになるから今日は帰ってこないと連絡しておこう」


「本当にごめんね。急に彼氏がお泊りしてくるなんて言い出したら空川先生もあんまり気分良くないよね……。二人の関係を知ってるのに配慮が足りてなかったよ……」


「ククッ、まったく問題ないな。俺と夕華さんの信頼はそんな薄っぺらくない。ところで……」


「ところで?」


「ナナさんには連絡したのか? 俺や夕華さんは問題ないが、泊まりとなると星詠機関(アステリズム)の緊急の仕事にも行けなくなるだろう」


「あ」


「おいおい、日本支部の支部長は一応英雄なんだろ……」


「あ、あくまで形だけだもん……!」



 涙目になりながらナナへ電話する英雄。その電話口からナナの驚く声が漏れ聞こえた。


 ナツキと英雄の二人は能力者になったのが遅く、世界の勢力関係や重鎮たちの存在について理解が浅い。だから一等級の能力者として覚醒したナツキが聖皇に下に行くことが世界にとってどれだけ危険なことなのかもわかっていなかった。


 それは少なくともナナにとってはハルカという最高の頭脳に相談するべき事案であり、歴戦の二十一天(ウラノメトリア)の面々が会議室で頭を抱えるくらいには大きな大きな出来事なのだ。



〇△〇△〇



「暁成分が足りなーいーーっ」


「くだらないことを言っていないで仕事をしなさい」



 大きな執務室では長テーブルにナナや牛宿をはじめ日本支部の職員たちが二十人体制で山のような書類と格闘していた。エアコンの空気を吐き出すゴォォォという音と、書類をめくる音。音楽のようにそれだけが響いている。


 政府や省庁との調整、情報の秘匿とマスコミ対応、損害に対する補填の帳簿上の勘定処理、周辺国との外交。平の職員たちがそれらをまとめ、日本支部の支部長代理であるナナと牛宿が目を通してチェックする。

 目を通すだけと聞くとカンタンな仕事に思えるが、がむしゃらに書類作りをするよりも広大な文字と数字の荒野の中からミスがないか隅々まで神経を張り巡らせる方がずっと体力を使うのだ。


 テーブルの上にぽいと置かれていたスマートフォンが振動した。ナナは仕事から抜けられる口実ができたと嬉々として電話に出て、牛宿は銀縁の眼鏡の奥でそんなナナをゴミを見るような目で見つめる。



「もしもし、こちら北斗ナナ。絶賛大忙しに仕事中だ」



 どの口が言うのだ、と牛宿は手を動かすスピードは一切緩めずにナナを睨んでいる。だが、破顔していたナナがどんどん青ざめていく異変にはすぐ気が付いた。



「ちょ、ちょっと待て、そんなのアタシたちに連絡は入っていなかったぞ!? ……暁も一緒なんだね。……うん……うん……わかった。ああ、それじゃあ」


「どうかしましたか?」


「……暁が聖皇に呼び出されたって。支部長サマと一緒に新幹線で京都に向かっているらしい」


「詳しく聞きましょう」



 作業の手を止めた牛宿は緩んでいたネクタイをきつく締め直す。



〇△〇△〇



 アイドルや芸能人は仕事が休みになることを『休日』ではなく『オフ』と呼ぶ。一体誰がそんな表現を思いついたのだろうか、と雲母美咲は疑問を浮かべながら重たい扉を押し開ける。

 彼女が訪れたのは日本支部の中層階にあるジム施設だ。筋トレ器具、スパーリング用のリング、怪我人がリハビリで使用する屋内プールまで完備。


 ただし美咲の目的はそれらの設備ではない。ベンチプレスのバーベルをちょうど下ろしたタイミングで、その人物は美咲に声をかけた。



「俺に何か用か? 雲母美咲」



 浅黒い肌に剃り上げた頭。血管が浮き出るほどの筋肉と岩のような体躯。夏馬誠司にとって雲母美咲は同期で星詠機関(アステリズム)に入り、試験の際は実際に戦闘もした。知らない仲ではない。まして近くでずっと見られていれば夏馬でなくとも気になって筋トレに集中できずつい話かけてしまうだろう。



「いきなりごめんなさい、夏馬誠司」


「いいや。構わん。ちょうど毎日自らに課しているメニューを終えたところだ」



 ベンチから起き上がりタオルで汗を拭き、ボトルに入ったプロテインに口をつける。黒いタンクトップ越しに隆々と盛り上がる筋肉が見え隠れしていて、毎日という言葉に嘘偽りがないことは誰の目からも明らかだ。



「実はあんたに……あなたにお願いがあって来たの」


「ほう。試験でこの俺を倒すほどの戦士であるお前が、俺に?」


「よく覚えてるじゃない。だったらわかるでしょう。あのとき本当に強かったのは私じゃなくて暁よ。それで、お願いっていうのはあの暁と近接戦闘で対等に渡り合ったあなたにしか頼めないことなの」



 夏馬は美咲の言いたいことを理解した。その上で覚悟を確かめるように美咲が自らの口で続けるのを無言で待つ。



「……私は弱い。暁はもちろん彼の周りにいる人たちと比べたって、私だけがいつも足手まといなのよ。すっごく悔しい。他人より劣っていることもそうだし、何よりも好きな人の役に立てない自分自身が何よりも悔しいの。だから私はもっと強くなりたい。夏馬誠司、お願いよ。私を鍛えて」



 オフの日に、雲母美咲という赤い髪の少女は魂をオンにする。

決意のこもった眼を受け止めた夏馬は『いいだろう』と頷きながら急いでプロテインの残りを胃に流し込んだ。

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