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第130話 惚れてるんでしょ

 アルタイルは再び船に揺られ、体調を崩しながらもストックホルムへと帰ってきた。そしてすぐさま航空機に乗り換えて星詠機関(アステリズム)の本部があるスイスのジュネーブへと向かう。ドイツを横切る最短航路だ。


 資金が潤沢にある星詠機関(アステリズム)は世界中どこの支部もやたらと高層ビルを作りたがる。もちろん情報秘匿や職員の安全保障、有事の際の防衛など理由はいくつかあるのだが、それにしても本部ビルはひときわ大きい。世界に十棟ほどしか存在しない五〇〇メートル級超高層ビルで、フロアの数は優に一〇〇を超える。

 生体認証をパスしエレベーターに乗って目的の部屋まで行くだけでも一苦労だ。



「遅れてごめんなさい。シリウス様」


「いいんだよアルタイル。きみはロシアに行ってくれていたんだ。だったら少なくとも今日の議題においてきみはスピカと並んで主役なんだからね」


「……そこでスピカと比較されるのは癪ねえ…………」



 暗い会議室では円卓を十余名の人物が囲んで座っていた。全員が揃いの黒いジャケットを着ている。それが示すのは二十一天(ウラノメトリア)の証。

 そして上座にいるのはダークブルーの長髪に()()()をした男。最も(まばゆ)いシリウスの名を冠した、事実上の星詠機関(アステリズム)全体のリーダーだ。



「アルタイルちゃん、こっちこっち~」



 手招きして空いている隣席を指すハダルに、アルタイルは驚いたような表情を浮かべる。



「出不精のハダルまでいるなんてね。それに見た感じ全員集合じゃないのよ。今日の議題、もしかしてシリアス?」


「我々はいつだって大真面目だ。奔放な貴様らとは違ってな」


「むむっ、リゲルくん、いま『貴様ら』って言ったよね? アルタイルちゃんはともかく私は奔放じゃないよ!」


「ハダル、それあたしへのフォローになってないんだけど……」


「ハァァーハッハッ言われてらァ! 間抜けなアルタイルおばさんよォ!」


「レグルスは黙れ! というかあたしはまだハタチなったばっかよ!」


「レグルス、貴様もだ。卓に足を乗せるマナーが存在する国など存在しない」



 渋い声でアルタイルたちを謗ったのはリゲルと呼ばれた二十代ほどの男だ。短く刈り上げた頭やジャケットを羽織っていてもわかるほど詰まった筋肉からは生真面目なアスリートを連想させる。



「あ、あの、ケンカはダメですよ……」


「ほうら、ミモザが怖がってるじゃない! 言い合いなら会議が終わってからやりなさいよ!」


「わ、わたしは大丈夫だよ、デネブちゃん……」



 仲裁に入ったのはミモザと呼ばれた少女。見た目年齢小学生のハダルよりもさらに幼く、正真正銘の小学生だ。優しいクリーム色をした長髪が特徴的で、目鼻立ちがぱっちりしている割におどおどしている。


 そんなミモザの肩を抱きながらアルタイルたちを非難したのはデネブという少女。ただしこちらはミモザより随分と年上で、日本で言えば中学生に相当する年齢だ。度の強い丸眼鏡をかけており、肩まである黒髪を三つ編みで二つ結びにしている。


 他にも数名のメンバーがいるのだが、特に会話に参加する気はないのか黙って様子を眺めていたり、或るいは、興味なさげによそを向いていたり。



「シリウス、さっさと始めたら?」


「ああ。スピカの言う通りだ。忙しい二十一天(ウラノメトリア)が全員揃うなんて滅多にあることじゃないからね。時間は有効に使おう」



 スピカの提案を受けたシリウスが手元のタブレット端末を操作すると、全員の端末に膨大なデータ資料が送信された。

 スピカは頬杖をついており、やはりこの場にいる面々とは親交がなく会議もさっさと終わってほしいと思っていることがわかる。彼女からしたら大好きなナツキと一緒にいるときが最も重視すべき時間で、次点で大切なニューヨーク支部の部下たちといる時間がある。それ以外は基本的に瑣末事だ。それどころか自分の時間を奪う迷惑な存在くらいに思っているかもしれない。


 そんなスピカの心情を見抜いているのかシリウスは困ったように微笑を浮かべる。なお部屋が暗いのは端末の画面をより見やすくするためというシリウスの配慮だ。一応はリーダーなりにメンバーの面々を慮っているのだが、それがどこまで本人たちに伝わっているのかシリウス自身疑わしく感じている。



「さて。今日の議題はたった一つ。星詠機関(アステリズム)日本支部所属、登録名()()()二十一天(ウラノメトリア)に入れるべきかどうか、だ」


「黄昏暁? 誰だよそりゃ。オレより強いのか?」


「レグルスがそう思う気持ちもわかる。実績は送ったデータに書いてある通りだよ。とはいえ、こういうのは直接目撃した人物から聞くのが好ましい。そうだね、スピカ?」


「え、ええ……」


「ちょっとスピカ! あんた日本に行ってグリーナー・ネバードーンを倒したのは自分一人だって報告書に書いてたのに、この黄昏暁って男も関わってるじゃないの!」


 

 アルタイルは端末に目を通しながら怒鳴った。

 スピカが歯切れの悪い返事をしたのはアルタイルが言うような内容のツッコミが入ることを想定していたからだ。それがわかっていてシリウスも話を振ったのだろう。



「私は報告書に書いたはずよ。現地協力者がいたって。どんな任務でもそういう人脈を作るのはありふれた話でしょう」


「それは詭弁よ! だってこいつ現地協力者じゃなくて星詠機関(アステリズム)の構成員じゃない」


「そのときはまだ一般人よ。だから表立って書きたくなかったの。こんな風に注目されることを彼は望んでいないから」


「ふーん。なるほどね。スピカ、あんたその黄昏暁って男に惚れてるんでしょ?」


「……今は関係ないでしょう」


「ほうらやっぱり。否定しない」


「あわわ、スピカさん大人なんですね……」



 ミモザが顔を赤くする。スピカとてこうなることはわかっていた。グリーナーの件は報告書でうまいこと誤魔化したが、さすがにクリムゾンを倒すのはやりすぎだ。相手は単なる能力者というだけでなく、一国の首長としての表向きの身分もある。当然その不在に関する真実は星詠機関(アステリズム)に隠せるようなものではない。



「それで、そいつは強いの? この際あんたの男かどうかなんて関係ないわ。大事なのはシリウス様のお役に立てるかどうかってことだけなんだから」


「アルタイル、きみの質問の答えはきみ自身のついさっきまでの経験にあるんじゃないかな。ロシアから戻ってすぐのハードスケジュールになってしまったのは申し訳ないが、是非ともきみの意見や印象をみんなに聞かせてあげてほしい」


「はいシリウス様。私はクリムゾンがやられた後の王城に行ったわ。王妃アンナ・ロマノフやその妹で軍部大臣のエカチェリーナ・ロマノフとも会った。彼女たちの証言によればたしかにクリムゾン・ロマノフ・ネバードーンを倒したのは黄昏暁よ。シリウス様より強いなんて寝ぼけたこと言うような連中だから信憑性は低いけどねえ」


「【色付き】の『子供たち』の中でも最強と謳われた【赤色】のクリムゾンを、だとォ……!?」



 会議室がざわついた。クリムゾンを倒すことの意味。それはすなわち一等級の能力者を倒す実力の持ち主。

 同じく一等級であるシリウスと無能力者のハダルを除き二十一天(ウラノメトリア)のメンバーは全員が二等級だ。つまりぽっと出の新人が自分たちよりも強いと言われたに等しい。



「報告ありがとうアルタイル。では今度はもう一度スピカに尋ねようか。きみはどう思う? 彼はこの二十一天(ウラノメトリア)に迎えるに相応しい人材なのかな?」


「……強さは申し分ないわ。でもアカツキは……」



 スピカが言いかけたときだった。静寂に包まれていた会議室に携帯電話の着信音が鳴り響く。「いやーごめんごめん~」と笑っているハダルに対し周囲の視線が刺さった。



「だから貴様のそういうところが奔放で良くないと言っているんだ」



 ハダルはスマートフォンの画面に表示される着信主の名前を見ながら、リゲルの悪態にも臆することなく続けて言った。



「黄昏暁が所属する日本支部の支部長代理からかかってきた電話だって言ったらみんな怒らない?」



 周囲の視線が多少和らぐ。ハダルはそれを「黄昏暁に関する内容ならば議題に沿っているので許容する」という意味だと理解した。

 スマートフォンの画面には「ナナちゃん」とある。ハダルはスピーカーをオンにし会議室全体に聞こえるように電話に出た。



『もしもし、ハルカか!?』


 

 ハダル──本名、田中ハルカ──に対してどんな用事があるのか事前に確認する術はない。もしかしたらナナが唐突にハダルに遊びに行こうと誘うプライベートな電話かもしれないし、ただの世間話かもしれない。間違い電話の可能性だってゼロじゃない。


 しかし、こと彼女に関してそのようなヘマはあり得ない。どこまで思惑の内なのかは誰もわからないが、ただ一つたしかなのは電話越しのナナの発言が二十一天(ウラノメトリア)全体に衝撃を与えたということ。



『暁が聖皇に呼び出されて京都に向かった。しばらくはこっちに戻れないらしい。ハルカは何か事情聞いてないか!?』

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― 新着の感想 ―
ふと思ったんですけど現を夢にするなら死んだことを夢にできるしどっちも逆のことをすれば同じことができるのでは?
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