第129話 金髪美女たちの鼎談と少年少女
「それで、午前中に港に到着してからここまで休みなく突き進んできたというわけか」
「そういうことになるわねえ。細かい露払いはあたしの部下たちがまだやってるところだけど。ひとまずあたしだけでもお城に行こうかなって」
目の前に現れる敵を全て溶かして一直線に城へと突き進む唯我独尊。逃げたられたり溶かし漏らしたりした相手を部下たちが捜索、追跡し確実に仕留める。そうすれば自ずと敵戦力は全滅するので、計画的ではないが効率的な掃討戦である。
まだ昼過ぎだぞ、とエカチェリーナは呟きながら、アルタイルが持ってきた親書に目を通した。城はひとまず雨風をしのぐために壁や天井から補修されたものの依然として内装はぐちゃぐちゃだ。
その中でも比較的話し合いをするにはマシな部屋を選び、よその部屋から綺麗なイスとテーブルを持ってきて簡易的な拠点としていた。
「ほら、だから私言いましたでしょう? 頑張らなくても何とかなるって」
「姉上、そうは言いいますがこの国を守るために戦ったキリルとダリアを労うのが先ではありませんか」
「い、いいえ。私たちは当たり前のことをしただけですから」
「ふん。救援なんてなくてもエカチェリーナ様を傷つけようとする奴らは俺がみんなやっつけるのに……」
テーブルを挟み向かい合って座るアルタイルとエカチェリーナに加えて、ソファでくつろぐアンナ、そして部屋の隅で護衛がてら並んで立っているキリルとダリア。これが部屋にいる全員だ。アルタイルは強気な発言をするキリルに面白いものを見つけたような目を向けた。
「ふうん。随分と大きく出たわね。お姉さん、そういう子は大好きよ」
「なっ……」
アルタイルが二十一天の証である黒いジャケットを脱ぐと、下に着ていたブラウスのボタンを上からひとつ、ふたつと外す。まだ十歳程度のキリルにとってはその程度の肌色でも刺激的すぎた。顔を真っ赤にしながら顔を逸らすが視線はチラチラとアルタイルの身体に向けられている。
ダリアはそんなキリルの様子を見て不機嫌そうに顔をし、エカチェリーナたちからは見えないように身体の後ろでキリルの脇腹をギリリとつねった。『いたっ』と叫んだキリルがダリアを睨む。
「まあまあ、二人とも。しかし敵を押しとどめられたのは二人のおかげだ。私の治癒の能力は持久戦にはもってこいだが大人数を掃討するには向かないからな。そしてアルタイル殿。シリウス殿からの親書はしかと受領した」
「そんなもの読まなくてもわかりますわ。クリムゾン亡き今、空白となったロシア帝国にネバードーン財団が兵を差し向ければ勢力図が動いてしまいますもの。星詠機関としては国連に与さない国家だとしても放置できる状況にないんですから」
「さすが姉上だな。親書の内容もそんなところだ。しかし、やはり敵はネバードーン財団だったか……」
「そうねえ。あたしも戦ってみた感じ間違いないわ。ただ高位の能力者はほとんどいなかったから、ブラッケスト・ネバードーンの手下の中でも三流ね」
「ああ。私もそう思う」
友人を連れ去られた経験のあるエカチェリーナは実感の籠ったあいづちを打つ。
ネバードーン財団の組織構造はシンプルだ。現当主ブラッケストを頂点に、三つの集団が続く。
一つ目に彼が見込んだ優秀な技能を持った者や強力な能力者集めた少数精鋭のグループ。
二つ目に今回のような一般の装備を持った軍人や低位の能力者からなる、人数の多い通常兵力。
そして最後の三つ目は彼の子息、子女からなる次期当主候補、『子供たち』。こちらは現在世界に散らばっており、アクロマのように依頼を受ける例を除けば、クリムゾンのように好き勝手している。
いずれにしろ、最初の二つだけでも一個人、一企業群が所有するには些か大きすぎる戦力ではあるのだが。いかんせん経済力が段違いなので国家と戦争をしてもまったく問題ないほどだろう。そもそも経済的影響力が強すぎる故に国家が歯向かうことは通常あり得ない。だからこそ公の機関として星詠機関が出張ってくる必要があるわけだ。
「それにしても、よ。あたし、まさかあのクリムゾンがやられるなんて思ってなかったわ」
「しかし遺体は見つかっていないがな。案外どこかでピンピンしているかもしれん」
「そうですわね」
「ま、清々したわ。あいつのこと昔から嫌いだったから」
「ほう。アルタイル殿もか。求婚でもされたか?」
「逆よ。真逆。あたしを見て臭くて汚いって言ったのよ!? ほんっと信じられない。デリカシーゼロの屑だったわ。シリウス様の麗しくて紳士なところを見習ってほしいわよ。で、なんて名前だったっけ。男の子がクリムゾンを倒したんでしょう? もうほんっとに気分良いわぁ」
「アカツキ・タソガレ。日本から来た能力者だ。彼は強いぞ? 私が目を覚ましたときには戦闘は終了していたが、彼の纏うオーラや風格は私が今まで出会った他の誰よりも大きく激烈だった」
「へえ。でもまあシリウス様には負けるでしょうけどね」
「きみは二言目にはシリウス殿の名前を出すんだな……」
それにさすがにそれは贔屓目が過ぎるだろう、とエカチェリーナは苦笑いを浮かべた。思い出すのは赤と青のオッドアイをした少年。バケモノじみたあの少年よりも強い男がそうそういてたまるか。
「あ、部下からメールがきたわ。ふふ、やっと終わったみたいね。サンクトペテルブルクの汚れ掃除はこれでおしまい。本当に呆気なかったわあ。もう少し骨のある相手を期待してたのに。それじゃああたしは帰るわ」
「ああ。ありがとうアルタイル殿。本当に助かった。心から礼を言おう。シリウス殿やスピカ殿にもよろしく伝えておいてくれ」
「前者はともかく後者は無理! それじゃああたしはこの後も予定びっしりだから。今度こそ本当にさようなら」
「ああ。キリル、ダリア、港まで見送りに行ってくれ」
アルタイルたちが部屋を出たタイミングで、二人きりになったエカチェリーナは確信と覚悟を孕んだ声で言った。
「姉さん、私は星詠機関と手を取り合うのは悪い選択ではないと思うのです。たしかにかつての大戦ではロシア帝国は日本等と同じように国連勢力とぶつかりました。しかし大切なのは今この瞬間を生きる民の命や生活を守れるかどうかです。より大きな脅威が差し迫っているのならば過去を水に流してでも手を取り合わなければならない」
「バーバラを取り戻すためにあちらさんに譲歩したときの言い訳かしら?」
「それについては否定はしません。それでも私の発言は本心です」
「ふふ、ちょっと意地悪しちゃったわ。ええ。大丈夫。あなたはそのまま愚直に生きなさい。きっとそこには祝福があるはずだから」
それだけ言い残してアンナも部屋を出た。一人残されたエカチェリーナは、皇帝を失い国際社会の中で揺らぐロシア帝国を、愛する祖国を守るための決心をより固める。