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第128話 飛翔する鷲は海を行く

 星詠機関(アステリズム)は国連内部にある組織体の一つとされている。しかしそれはあくまで書類上の話。世界各国の能力者の管理、能力犯罪の捜査および犯人捕縛、ネバードーン財団を始めとする能力犯罪組織への対応など、その業務の広さから各国政府より超法規的な特権がいくつも認められている。


 当然それだけ戦力も強大になる。仮に国連が有事の際に国連軍を組織したとしても星詠機関(アステリズム)が相手では半日ともたないだろう。尤も星詠機関(アステリズム)からすれば国連を通して各国政府から資金を得ている以上、対立する理由はないのだが。


 そんな星詠機関(アステリズム)には地域ごとに支部が置かれている。あくまで国単位ではなく地域単位で、現に人口が多く面積も広いアメリカに四つの支部があるし、逆に北欧は複数の国をまたがるが北欧支部ひとつしかない。このように国連加盟国を網羅するようにいくつもの支部が散らばっているのだ。


 そんな話題にも上がった星詠機関(アステリズム)の北欧支部。スウェーデンのストックホルムにビルを構えており、支部のトップは二十一天(ウラノメトリア)──星詠機関(アステリズム)の幹部メンバー──の一人であるアルタイルという女性だ。


 さて、グラマラスな身体と魅惑的な金髪、フェミニンかつセクシーな言動や振舞で世界中の支部に男性職員のファンがいるアルタイルは、目下船内のトイレで便器に顔を突っ込みゲェゲェ吐いていた。



「うぷ……もうサイアクよぉ……なんでこのあたしが汚物を見ないといけないのよ……」


「汚物って、ご自分の吐瀉物でしょうに……」


「うっさい!」



 豪華客船のトイレの一室でアルタイルは顔色が悪くしゃがんだまま動けない。気遣って部下の女性の一人が個室の外に待機し、人払い兼話し相手になっていた。両眼は橙色をしていて、六等級と低位ながらも能力者であることが窺える。


 乗り物酔いをしたときその場でできる対処法はただ一つ、気を紛らわせることだ。景色を見るなり、人と会話するなり、窓を開けて深呼吸するなり。とはいえ船は車やバスと違って揺れ方が特殊な乗り物なのでどうもうまくいっていないらしい。



「それもこれもスピカ様の私用ジェット機に張り合って豪華客船なんて買うから……」


「あたしだってできるものなら飛行機がよかったわよ。船より絶対に速いしぃ……でもあいつと同じは嫌だもん……うっ……おえ……」


「アルタイル様って結構そういう可愛いところありますよね。だから私たちも着いて行くんですけど」


「その代わりウシヤドがいなくなってからあんたたちだけになって事務系統の仕事は悲惨な有様になってるけどね……うぷ……おえええ」


「ああもう、アルタイル様、大丈夫ですか?」



 部下の女は個室に入り、アルタイルの背中をさすった。アルタイルは同性ウケが悪い一方で心酔している女性職員も多くいる。皮肉にもそういったカリスマ性や崇拝じみた敬意はニューヨーク支部におけるスピカのそれと酷似していた。

 だからこそ部下の女も汚物を気にすることなく心から心配し何時間もアルタイルに付きっ切りでいられるのだ。


 ストックホルムの港を出発した豪華客船はアルタイルら北欧支部の能力者たちを乗せ、バルト海を東に進む。今はちょうどフィンランド湾に差し掛かったところだ。目指すはロシア、サンクトペテルブルク。

 クリムゾン亡き後のロシア敗戦処理である。



〇△〇△〇



「あたし到着! アンドあたし復活!」



 サンクトペテルブルクの港に着いたアルタイルはすっかり元気を取り戻し、他の職員を差し置いて一番乗りで降り立った。


 そんな彼女を出迎えたのは、()()()()()()()()()()()()()()。取り囲み、一斉にフルオートの引き金を引いた。



「あたしのために派手なお出迎えどうもありがとう。でもちょーっと物足りないわね」



 アルタイルの青い両眼が淡く光を灯す。いくら男たちが引き金をカチカチと指で押しても弾丸は出てこない。そればかりか、ゴトン、ボトリ、といたるところで鈍い落下音が鳴る。

 腐敗だ。彼らの銃火器はすべてが腐り、銃身の真ん中あたりで溶けるように破壊されている。一人や二人ではない。この場に集まった二十名以上の装備が全て。



「よーく覚えておきなさい。美しい花の棘ほど毒は強烈なのよ」



 溶けるのはサブマシンガンだけではない。侵食は止まることを知らず、男たちの指、腕、肩、頭、と蝕んでいく。全身を紫色に変色させゾンビのようになった男たちはのた打ち回るが、そんなことをしても身体の腐敗の進行を早めるだけだ。

 まず重心が外にかかっている腕が落ち、続いてバランスが崩れるように下半身が落ち、追いかけるように上半身も落下し、とうとう生首のようになった男たちは顔を崩壊させながら、最後に脳すら溶けて絶命した。



「ふふん。悩殺」



 周囲にハートでも飛んでいそうなほどあざといキメ台詞をアルタイルが吐いたを確認し、部下たちもぞろぞろと船から降りてきた。『悩殺(のうさつ)じゃなくて脳殺(のうさつ)だろう』などと思っても口にする野暮な者はここには一人もいない。


 アルタイルの能力は平たく言って『溶かす能力』である。金属であれば酸によってイオン化を強制し、タンパク質であれば腐敗細菌であるシュードモナスを増殖させる。塩酸にアルミホイルを入れたら溶けるように、あるいは腐ったリンゴが茶色くドロドロに溶けるように。科学に疎い当の本人は毒の能力だと思っているが本質はその溶けるまでの過程にある。


 能力者は眼の色によって強さが分類される。一等級から六等級まで順に、赤、青、紫、黄、緑、橙だ。アルタイルの両眼は青、つまり二等級の証。同じく二等級であるスピカが『流体を操る能力』という広範な能力によって水も空気も支配の対象であるように、アルタイルもまた『溶かす能力』という広範な能力の対象に無機物も有機物も入っているというわけだ。



「さあ皆。行くわよ。目指すは王城。鎮圧された首都奪還作戦、スタートよお」



 ナツキたちが帰国してから一週間ほど経った頃。王城の立て直しの作業をしているところをネバードーン財団に襲撃された。そこからさらに追加で一週間が経過して、現在、エカチェリーナたちは城内で籠城戦をしている。アルタイルはシリウスの命を受け救援のためにやって来たのだった。

おかげさまで、ブックマークが一〇〇に到達しておりました! 全てはいつも読んでくださっているみなさんのおかげです。本当にありがとうございます!!

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