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第124話 能力看破

 クリムゾンにはナツキがぶつぶつと独り言を発しているようにしか見えない。だが同じ一等級だからこそ理解はあった。強大な力を持つ者は自分のように使いこなす器のある者とそうでない者がある。後者の場合、それはただの気狂いであると。



 こちらへ向かってくるナツキへの発火を再び試みる。無論、さっきからナツキが死んでは生き返り、と繰り返しているので今回も焼け殺したところで意味はないかもしれないとクリムゾン自身思っていた。

 だからこそ何度も試す。クリムゾンからすれば敵を殺すことなど造作もない。ノーリスクで行える。その中でナツキの能力の正体を暴こうという算段だ。相手が一〇〇回生き返るなら一〇一回殺す。それはつまり、相手の能力を分析するチャンスが一〇〇訪れることに他ならない。


 赤い両眼に光を灯す。掌をナツキに向ける。能力の行使。

 

 ナツキの身体から火が立ち上る。クリムゾンの想定通り。何度でも殺してやろう。

 しかし。ほんの数瞬だけ燃え上がった瞬間に火は霧散していった。それだけじゃない。クリムゾンが焼死させたスピカ、英雄、美咲、ナナ、エカチェリーナの五人の身体で燃え上がっていた火も瞬く間に消えていった。



「ランダウア―の限界。エントロピーは減少しない」


「なに?」


「とりあえず全員の火傷は治させてもらうぞ。テセウスの船。今のお前たちと以前のお前たちを別人だ」



 大広間の床に伏している五人の傷が一瞬でなくなり、肌は綺麗な状態になった。服も新品同然になる。傷を癒すだけな上に時間を必要とするエカチェリーナの能力とは規模と速度で一線を画している。それでいて、これはナツキの能力のほんの一部分。一等級の能力とはその一部分だけで二等級の能力を軽く凌駕してしまうのだ。



「さっきから色々と面白い能力を見せてくれるな。黄昏暁。ユウカの想い人でなかったら部下にしてやるところだった」


「ククッ、そんなものこっちから願い下げだ。……今にして思えば不思議だったんだ。俺の右腕が燃えたとき。俺はナナさんに引っ張られたのに、後ろの壁は燃えなかった。なおかつ腕の炎は雪水をかけても消えないときた。物理的にはあり得ない現象だ。そう、既存の物理学ではな」


「ほう。続けろ」


「つまり熱エネルギーが延々と俺の腕でループしていたんだよ。第二種永久機関だ。こんな感じにな。……マクスウェルの悪魔。エントロピーを減少させる」



 ナツキの赤い右眼に光が灯ると、今度はクリムゾンの全身から火の手が上がる。ナツキはクリムゾンの能力を看破し、なおかつ再現してみせたのだ。

 しかし、火の中でクリムゾンが能力を使うとたちまち火は消えた。



「正解だ。だがな、俺と同じ能力を使ったとしても俺は殺せないぞ。何せ逆に熱エネルギーがまったくない状態すらも作り出せるからな」



 本来、熱力学第二法則に従ってこの世界はエントロピーが増大すると言われている。エントロピーとは無秩序さだ。

 プールにインクを垂らし、しばらく時間が経つとインクの粒は無秩序に散らばって見えなくなる。突然一か所に集まって色の塊を作ることはない。

 同様に、温度の高いものは低い方に流れて最終的には平準化する。その逆はない。無秩序でたいらな状態になるのがエントロピーの増大であり、宇宙全てがこの法則に従っている。


 ただし、かつてこれを否定する思考実験があった。それこそがマクスウェルの悪魔だ。


 エントロピー増大によって平準化する温度。そこに悪魔が干渉すると温度の高い部分と低い部分にきっちり分けられる。つまりエントロピーが増大した無秩序状態から、エントロピーの減少した状態に。しっかり分けられた秩序のある状態になってしまうのだ。


 これが第二種永久機関の正体にしてクリムゾンの能力の一端。


 熱を高温と低温に分けられることの何が役に立つ? と思う人も多いだろう。しかし、もしこれが実現すれば船は電気やガソリンを使わずとも冷たい海水から熱エネルギーを取り出して動力を確保することができる。動力、つまり運動エネルギーへの変換だ。船は二度と電気や燃料を必要とすることはなく、船体が丈夫な限り動力には永久に困らず、補給をすることなく無限に航海を続けられる。


 それを自由に操りこの世界で運用できるとしたら。

 世界のいたるところに存在する熱エネルギーから一点に対して無限にエネルギーを供給できる。故に世界に熱エネルギーがある限りクリムゾンがもたらす熱、つまり炎は永久に消えないのだ。正確には消えた瞬間に、熱エネルギー以外の形を取らされた熱エネルギーが熱効率一〇〇パーセントで熱エネルギーとして戻ってくる。永久の循環によって炎が消えることは決してない。



「こう考えると俺が蹴られたときのことも説明がつく。エントロピーが減少している状態では熱エネルギーをあらゆる他のエネルギーに変換できるからな。もちろん運動エネルギーにも。だから軽く触れた程度だったのに俺は壁にめり込むほどの威力で飛ばされた」



 船が本来は補給を要するように、普通の人は遠くに蹴飛ばそうと思ったらそれだけ大きなエネルギーを用いなければならない。しかしクリムゾンにはそれが必要ない。船にとって海水全部が動力源になるように、世界の全てが運動エネルギーの供給源となる。



「ククッ、それに世界という箱庭のエネルギーは熱力学第一法則、つまりエネルギー保存則に従って総量は変わらない。つまりお前はこの宇宙にエネルギーがある限り無限の暴力を尽くせるってわけだ」



 永久機関を正確に表現するならば「永久にエネルギーを取り出し続ける装置(機関)」であるから、クリムゾンが能力を使う限り、そして宇宙からエネルギーが消えない限り、クリムゾンは世界で最も強い人間となる。


 それでいてクリムゾンが時間停止の能力を持つ聖皇にあそこまで警戒と対策を意思の示していたのは、時間が止まった世界では一時的にエネルギーが消失するからであるとも言えるのだが。


 クリムゾンはナツキを讃えるように鷹揚とした様子で拍手をして言った。



「俺の能力をここまで正確に見抜いたのはお前が初めてだ! 黄昏暁! なるほどたしかにユウカが惚れこむだけのことはある。そう、俺は世界から任意にエネルギーを取り出せる。だから俺こそが世界の支配者に最も相応しいんだ。この宇宙で起きるあらゆる物理現象は俺の手の中にあるんだからな」



 第二種永久機関では熱エネルギーが運動エネルギーなど他のエネルギーになった後、熱エネルギーとして回収することで無限に循環する。だから荷電粒子砲を放たれたところで生じた高温の熱エネルギーは適当に無害なエネルギーにしてしまえばいいし、運動エネルギーも熱エネルギーにされて消えてしまった。


 スピカたちが燃やされる前に一斉に昏倒したのも、クリムゾンが運動エネルギーを奪ったから。要は仮死状態だ。運動エネルギーがゼロなので死体の腐敗すら起きないが、脳機能や内臓機能が動くこともまたない。

 人体など、カロリーという熱エネルギーを原料にタンパク質の塊が化学変化を連続させながら運動エネルギーを生じさせて動いている機械人形に過ぎない。よって人の生き死にすらもクリムゾンの掌の上というわけだ。



「ククッ、だが見抜いてしまえば大した能力じゃない。お前がエントロピーを減少させ熱力学第二法則を破ることで自在にエネルギーを運用する能力者だというなら、エントロピーを減少させなければいい。科学の歴史上、マクスウェルの悪魔は完全に否定されたからな」


「そうか。ああ、そうだな」



 クリムゾンが嫌味ったらしく頷く。その態度があまりに奇妙でナツキは訝しんだ。実際にマクスウェルの悪魔に基づくエントロピーの減少と第二種永久機関の存在は「ランダウア―の限界」という情報とエネルギーの関連を示す理論によって五十年ほど前に否定されている。


 どれだけクリムゾンが世界を、宇宙を掌握する能力を持っていたとしてもだ。中二知識を自在に現実にする今のナツキの前では無力のはずなのに。

 しかしクリムゾンは弾丸のようなスピードで突進してきた。この宇宙の熱エネルギーを自身の運動エネルギーへと変換したのだろう。


 そして拳が振るわれる。しかし意味はない。既に能力は見抜きその対策も行っている。



「ランダウア―の限界。エントロピーは……ぐはゃッ!?」



 クリムゾンの動きが止まらないばかりか、そのままナツキへ接近してお返しとばかりに拳を頬に突き刺した。さっきナツキがクリムゾンにしたように、殴られたナツキが床を転がってしばらくして止まる。



(どうなっている!? 確実にクリムゾンの能力は俺の能力で無効化したはずだ! おい、(おまえ)! 俺の能力は正しく機能していたか?)


『うん。しっかり発動してたよ』



 空を見上げて倒れるナツキを見下ろすように幼いナツキが答えた。だったら今のクリムゾンの動きは何だと言うのだ。素の身体能力なわけあるまいし間違いなく相手は能力を使っていた。

 そんな心の声を聞いたわけではないだろうが、自身の勝利を確信しているクリムゾンは悠々と歩いて来ながら言った。



「黄昏暁、お前は俺の能力を第二種永久機関だと言ったな。ああ。それは間違っていない。だがここで一つ質問だ。()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()?」



 マクスウェルの悪魔によるエントロピー減少で実現される永久機関は第二種永久機関。つまり熱力学第二法則を破る。ところがこれは熱力学第一法則、エネルギー保存則には従っている。エネルギーの使い道を自在にできるというだけでエネルギー自体が消失したり突然増えたりして総量が変化するわけではない。劣化永久機関と呼んでもいいだろう。


 一方、第一種永久機関は熱力学第一法則を否定する。すなわち、ゼロから無限に永久にエネルギーを生じさせることができてしまう。まさに果てのない能力(チカラ)だ。


 これまでにクリムゾンは自身の能力のその一端、第二種永久機関でどんな敵も撃ち滅ぼしてきた。物理法則に多少干渉する程度の能力ではエネルギーの支配者には勝てない。すべての物理現象はエネルギーによって説明がつけられる。であれば、電気だろうが水だろうが炎だろうがクリムゾンには一切効かない。


 しかしこうしてナツキは対抗してみせた。物理能力ではなく概念能力だったからだ。その結果クリムゾンは今まで使うことのなかった能力の全力を振るう決断を下すこととなった。



(ククッ、おいおい、そうなると正真正銘の『無限』が相手だぞ……?)



 負けはしないだろう。少なくともナツキは能力によって死を無効化できる。

 だがどうやって勝つ? こちらに無限の運動エネルギーが遠ざかる形で付与された場合、一生クリムゾンに手が届くことはない。


 再度、脳内の図書館で検索を巡らせる。無限のエネルギーを持つ相手は事実上、この世界の全てよりも大きい。もちろん宇宙は膨張していると言われているので一概に比較はできないだろうが、最低限人類が観測している宇宙、それら全てを破壊できる兵器があったとしても、無尽蔵で永久で無限なエネルギーの前ではまったく無力。


 いつまでたっても戦い方が出てこない。図書館がエラーを出しているわけではない。既にナツキの中二脳は復旧している。ただ単に、倒し方が見つからい。それだけのシンプルな話だ。


 繰り返しになるが死なない以上はナツキが負けることはない。そして同時に勝つ術も見つからない。

 完全な膠着状態だった。

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