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第123話 反撃開始

(嫌……好きでもない男とキスなんて……ナツキの前でなんて……助けて……!)



 燃え盛るナツキの遺体を前にして強引にクリムゾンに迫られた夕華の目には涙が浮かぶ。少しずつ顔が近づいてくるのを絶望と諦観の中て待つしかない。現実を直視できない夕華は祈りもやめて目を閉じた。


 いっそここで舌を噛んで自分も死んでしまおうか、と脳裏によぎる。命よりも大切なナツキが目の前で焼死し、生きる意味はとうになくなった。このまま生きていてもゆっくりと気が狂っていくだけだろう。だったらこの身がナツキ以外の手で穢される前に死んだ方がマシだ。



(ごめんなさい……ナツキ……)



 それは守れなかったことへの謝罪か。また或いはナツキを追って死のうとしている心の弱さに関してか。

 ああ、きっと天国でナツキに怒られるだろうな、と夕華は想像する。後追いで自害などして彼が喜ぶわけがないことは夕華が世界で一番よく知っている。


 亀裂の入り続けた精神が決壊していく。あとほんの数ミリでクリムゾンが唇を犯す。

 そして、夕華の目から一滴の涙が零れ落ちた。



 それは偶然かもしれない。少なくとも涙というただの生理食塩水に消えない炎を消す特殊な能力は備わっていない。

 それでも、間違いなく言えることがある。夕華の想い、そして夕華()()想いが結ばれたということだ。



 火傷ひとつないナツキの()()が、クリムゾンの頬に拳を突き刺した。



〇△〇△〇



「がはっ!」



 殴られたクリムゾンはそのまま地面を転がり、瓦礫の山に突っ込んでようやく止まる。



「夕華さん、すまない。怖い思いをさせてしまったな」


「ナツキ……?」



 右手で夕華の顔に触れ、流れる涙を拭う。



「ククッ、夕華さんには涙なんて似合わないからな。綺麗な顔が台無しだ。いや、普段から俺に厳しいんだからたまには泣いてくれるくらいの方が健全か? まあ、ともかくだ。俺は好きな人に悲しい思いをしてほしくない」


「す、好きな人って……!」


「少し待っててくれ。俺はあの変態野郎にもう一発入れないと気が済まんからな」



 砂埃が収まり、瓦礫にめり込んでいたクリムゾンが口から垂れる血を拭いながら起き上がった。



「おいおい、出血なんて何年ぶりだ。ハッ、確実に全員殺したと思って能力を解除したのが失敗だったな。だけどな、ガキ、俺は貴様を殺した。明確にだ。生きているはずがない。一体どうなって……。貴様、その眼は……」


「ククッ、どうだ? カッコいいだろう。俺の自慢の右眼だ」



 日本支部で入院したときに外されてからカラーコンタクトはつけていない。故にこれは正真正銘のナツキの眼。鮮血のように美しい、真っ赤な(まなこ)が宿っていた。



「なるほどな、そういうことか……。俺と同じ一等級なら死んでも蘇るくらいは無い話じゃない。いいだろう。ガキ、俺はお前を敵として対等だと認めよう。その上でなお、勝利によって俺が上だと示す。よく聞け。俺はネバードーンの『子供たち』が長子、【赤色】のクリムゾン・ロマノフ・ネバードーン。世界を支配する男の名だッ!」


「ククッ、丁寧にどうも。だったら俺も名乗ろうか。……神々の黄昏を暁へと導く者。黄昏暁。世界で最も強くて我儘な中二の名だ」



 クリムゾンの赤い両眼が強烈な光を宿す。能力発動の気配を察知したナツキは今までの事象を組み合わせて、脳内図書館に検索をかけた。まずはクリムゾンの能力を看破する。


 一つ目に、発火。二つ目に、軽い動作で高威力な蹴り。三つ目に、テラスの崩落。四つ目に、荷電粒子砲の無効化。五つ目に、全員の意識喪失。

 これらを条件に組み込む。ほんの少し前まではエラーを吐き出した脳内図書館。だが今は正常に機能している。ナツキの記憶と経験に積み重なった、あらゆる漫画、アニメ、ゲーム、ラノベ。それらの知識がフルに動員され、取捨選択され、適切な解を導き出す。



「そういうことか……。ククッ、なんて能力だ」



 さすがはクリムゾン。スピカが勝てないと言うだけのことはある。ナツキが心の中で敵ながら称賛を送ったとき、クリムゾンの能力によってナツキは意識を奪われて後頭部から地面に倒れた。スピカたちが燃やされる直前に起きた現象と同じ、意識喪失だ。



「なに?」



 一等級の能力者の割にあまりに呆気なく片付いてしまいクリムゾンも拍子抜けしてしまった。あれだけの啖呵を切っておいてもうおしまいなのか。

 勝った。再び勝った。一時は一等級の能力者が死から復活するという衝撃の場面に出くわしたが、最終的には簡単に勝った。

 クリムゾンが高笑いを上げると部屋中にその笑い声は反響する。


 そこに、混じる声があった。



「チェーホフの銃。最初に登場したモノは最後に必ず使われなければならない」



 仰向けになって倒れたナツキの右手に、黄金の装飾が施されたフリントロックのピストルが現れる。ひとりでに腕が動き銃口を自分のこめかみに当てて引き金を引いた。

 銃声はない。ただその動作によってナツキは意識を取り戻した。立ち上がりながらナツキがボヤく。



「おいおい、俺が奪った(おまえ)の能力はもっと万能なんじゃないのか?」


『本来なら万能だよ。僕の能力はあらゆる願いを実現しちゃう。だけどそこはほら、(ぼく)(きみ)の人格が馴染んでないんだろうさ。現にこうして僕が出てきちゃってるし、まだ眼だって片方は黒のままだろう?』



 ナツキの視界の右端では、半透明な幼い自分が宙に浮いていた。その姿は他の誰にも見えはしない。 



『だから、そうだね。今の能力は、僕が前回(きみ)に手を貸してやったときと同じでかなりの割合で(きみ)の脳に依存している。それでも(きみ)が夢想して無双できる中二な知識を現実にして世界に刻んでやるくらいのことはできるけどね。あえて(きみ)風にカッコつけて名付けるなら、「(ゆめ)うつつに変える能力(チカラ)」ってところかな』


「ククッ、なかなか良いセンスをしているじゃないか。田中ナツキ(おまえ)


『そりゃどうも。黄昏暁(きみ)



 二人は獰猛な笑みを互いに浮かべ、クリムゾンに一歩一歩と近づいていく。決着をつけるため、なんて高尚でかっこいい理由じゃない。好きな女を泣かせたことの落とし前をつけてもらう。ただの私怨である。

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