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第122話 復讐の心は地獄の炎のように

「いや、(きみ)死にすぎでしょ。ここ来るの二回目だよね」


「ここは……?」



 真白で果てのない空間に、一人の少年が立っている。それはよく知っている顔。他ならないナツキ自身だ。

 上下左右の感覚すら失われるような不思議な場所で幼少期の自分と向かい合っている。一つだけ妙な点を挙げるとすれば、少年の両眼が赤いということ。両眼とも黒い無能力者のナツキとは似ても似つかない。



「ほら、聞こえるかい? 夕華さんが(きみ)を呼んでるよ。身体は焼け死んでいる最中で火はとっても熱いのにね。あ、自然の火じゃなくてなんとかって男の能力だから平気なのかな」



 目を閉じて耳を澄ますとたしかに『ナツキ! ナツキ!』と叫ぶ声が聞こえる。間違いなく、世界で一番たくさん聞いた大切な人の声だ。



「そうか。俺は死んだのか。夕華さんが悲しむのは辛いが……。ククッ、所詮は俺のような無能力者では能力者には勝てないということだな」



 自虐的に自分の死を顧みていると幼い自分が冷ややかな視線で見つめてくる。それがどうもいたたまれなくて、他に誰かが聞いているというわけでもないのに言い訳するようにナツキは続けた。



「だって仕方ないだろう。人間には誰にだってキャパシティがある。それ以上のものを掬いあげることはできないし、欲すれば欲するほど零れ落ちるんだから。俺には夕華さんだけいてくれればよかった。それなのに異能バトルをしてみたいだとか自分も能力者になりたいだとか言い張って、馬鹿みたいに怪我して、それで最期にはこのザマだ!」



 夕華さんがいてくれればよかった?

 いいや、それすらも違うかもしれない。



「……もっと言えば中二になったのだって夕華さんに好かれるためだった。『いてくれればよかった』じゃない。『あの人を欲しい』とさえ思ったんだ。全部全部自業自得だッ! 俺が与えられた幸福に満足せずに身に余る夢を持ったから、中二病なんかになって、異能の世界に憧れて、無様に死んだ! 自分の力を過信する大馬鹿野郎だったよ俺は! どうだ? 昔の俺。今はそんな生意気な赤い眼で俺を見ているが、この酷い姿が未来の(おまえ)なんだぞ」



 膨らんだ鬱憤を爆発させるように怒鳴り散らす。どうせこの場には自分しかいやしないのだから、存分に惨めでいてもいい。馬鹿で愚かで身の程知らずな様を幼い自分に嫌というほど見せつけてやる。醜悪な心を持つと一気に気持ちが楽になっていった。誰も弱さを責めやしない。誰も無能を攻めやしない。


 被害者ぶり、弱さを肯定し、反省なんてせず、失敗をひけらかせるだけひけらかす。自虐が快楽に変化していく。悲劇のヒロインになりたがる人たちの精神状態がわかった気がした。尤も、どうせ死んだのだから生者の気持ちなど理解しても意味はないのだが。


 幼いナツキが表情もなく睨むようにして言った。



「言い訳は済んだ?」


「は?」


「そうやって好きな人から逃げて、自分の理想からも逃げて、(きみ)は本当につまらない奴だな」


「別に俺は……」


(ぼく)がつまらないと思うかどうかなんて関係ないって? まあいいよ。ここで命が尽きるのをゆっくり待てばいいさ。(きみ)の言う通りここには誰もいない。誰も(きみ)に干渉しないってことだ。でもね、同時に(きみ)もまた誰かに干渉することはできない」


「そんなの」


「そう。そんなのどうでもいい、って(きみ)は思ってるね。そっかそっか。じゃあこうしよう。(ぼく)が残った力を振り絞って、現実世界の(きみ)の瞼をこじ開ける。どうせ命は風前の灯火だから最大でも二、三秒ってところかな。冥土の土産に好きな人の顔を拝んでいくといい。……ほら、いくよ。いち、にの、さんっ!」



 真白の空間の四方八方がディスプレイのように景色を映し出す。燃え盛る炎の向こうで夕華が泣きながら身体を揺さぶっていた。名を呼んでいる。起きてと叫んでいる。

 その夕華の背後に伸びる手があった。ナツキの手よりもずっと筋肉質で大きくがっしりした男らしい手。

 ドレスから露出された肩をその手で掴み夕華の顔を強引に引き寄せる。



『なあユウカ、お前の愛した男はこの俺に殺された。わかるか? 俺の方があのガキより優れた雄だってことだ。そうだな、弔いがてら婚姻パーティーの続きと洒落こむか』



 そしてクリムゾンが夕華の顎をグイと持ち上げる。



『目の前でお前の唇が奪われたら、きっとガキも楽に成仏できるぜ!』



 クリムゾンの顔が少しずつ夕華の顔に近づいていく。

 ここが現実世界ではないからか、実際の時間経過よりもゆっくりと映像は流れていく。

 それはまさに無限の責め苦。まるで地獄の最下層、無間奈落の底のような絶え間ない痛みと苦しみ。



「やめろ……やめてくれ……ッ! 夕華さんを、俺の大好きな人を汚すな……」


(きみ)は何を甘えたことを言っているんだい? これは(きみ)が望んだ結末だろう。散々言い訳しながら逃げて引きこもるっていうのはこういうことさ。唇だけじゃないよ。(きみ)が逝ったあと夕華さんはもっと酷い目に遭う。あの男に昼も夜も関係なく性奴隷のように扱われて、それ以外の時間もなまじ容姿が綺麗なぶん他の妻たちからは疎まれるだろうね。血筋が良いわけでもないし。あーあ。かわいそ。でも仕方ないか。(きみ)はそうなってもいいと思ってるようだし」



「ぅうァァァァァァッッッッッッッッ!!!!!!!」



 喉が千切れるほどに絶叫する。喉から、腹から、心から、全身から怨嗟の慟哭がこだまする。

ナツキはこれ以上悲劇を見ることはできないと頭を抱えて振り乱しながら視界を覆い隠した。

 栓が壊れたかのように溢れ続ける涙は哀しみではない。怒りと絶望。頭の中は鈍器で殴られたかのようにガンガンと痛み狂った視界はぐるぐると目の前の景色を歪ませる。頭が揺さぶられるのに合わせて足元はふらつき、まともに立っているのままならない。



「うるさいッッ!! うるさいうるさいうるさいッッッ!!!! 嫌に決まってるだろ!! 殺す! 死んでも殺す! クリムゾンを呪い殺してやる!! 地獄からあいつの魂を引きずり込んでやる!」


「うんうん、それで?」


「地獄の業火で焼き尽くす! 憤怒と復讐の万の槍ではらわたをかき交ぜてやる!! 許さないッ! 夕華さんを穢すあいつを俺は絶対に許さないッ!!」


「エンジンかかってきたじゃないか。具体的にどうするの? もっと教えてよ」


「漆黒の炎で焼き、暗黒の光で穿ち、純黒の風で刻む!!」



「そうそう! そうだよね!」



 幼いナツキの表情が明るくなる。



「さっき(きみ)はクリムゾンと戦ってたときに『どす黒くて仄暗い感情』を『良くない思い』なんて言ってたけどさ、違うよね。そう思っちゃうあたり、あの時点で(きみ)が負けるのは決まってたようなもんさ。今の(きみ)、嫉妬やら憤懣やら憎悪やらで真っ黒だよ。でもどうかな。それが中二病(きみ)だろう? 勝手に誰かを欲しいと思う傲慢、勝手に格上の相手を殺そうなんて物騒なことを願い始める傲慢、そんな傲慢を実現しようという意思が中二病だよ」


「中二病……?」


「そう。周りから頭がおかしいって馬鹿にされたって、バケモノみたいで気持ち悪いって思われたって、あらゆる理想を追求するのが中二病だろう。願望も欲望も全て叶えるなんてなるほどたしかに傲慢だ、でもそんな傲慢を実現できる強い心を持った人を(ぼく)は中二病と呼ぶ!」


「願望? 欲望? そんなものあるに決まっているだろう。初恋の人を……夕華さんを奪い返す。最強の能力者として異能バトルで無双する」


「そう! そうさ! 理想ために万物を簒奪し蒐集する礼儀知らずで無遠慮でかっこつけな大馬鹿野郎! 社会常識も周囲の視線も糞喰らえ! 自分のやりたいようにやる! なりたいものになる! 言いたいことを言う! それが(きみ)だ! 中二病(きみ)だ! 黄昏暁(きみ)だ! だったらやってみせろ! 全部全部、我儘にかっさらってみせろ!」


「そう、だな……。ククッ、クククククッ!! クハハハハハハッッ!!!! いいだろう! 俺の理想で世界を蹂躙する! 我が夢想でもって無双する!」


「よく言った! ほうら、(ぼく)(きみ)だ。(きみ)の理想のために存分に(ぼく)をこき使ってくれ」


「もちろん」



 幼いナツキが腕を突き出す。ナツキがその差し出された小さな手を取ると、幼いナツキは真っ赤な光の粒となり風に吹かれるように舞いながらナツキの眼へと吸い込まれていった。

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