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第120話 セット・ア・フラッグ

 元々大広間にいた客たちが前方の扉から出て行くことなど気にも留めない。ナツキにとってそうした有象無象は今はどうでもよいことだ。大広間に残っているのはナツキ、ナナ、クリムゾン、そして夕華の四人。


 ナツキは助走をつけて近くにあった白いクロスが敷かれた丸テーブルを蹴とばした。ジャンピングキックだ。皿やナイフ、フォークを床が落ち、テーブルはクリムゾンへと一直線に進む。


 さきほどの発火現象についてわかることは少ない。まして中二知識を使えない今のナツキでは。それでも、最低限能力の対象にならなければ攻撃されないのは間違いない。だからテーブルでクリムゾンの視線を遮った。クリムゾンとテーブルをつなぐ線上にいれば、月や太陽の蝕と同じでクリムゾンの側からこちらを確認する術はない。宙を飛ぶテーブルの背後にぴったりくっついて走る。


 左腕のみで刀を振り上げ、テーブルごとクリムゾンを頭上から真っ二つに斬りつけた。攻撃の瞬間に姿を見せては能力の被害に遭う。そのための不意打ち気味な一撃。


 だが、ナツキの全身はぴたりと硬直する。テーブルもナツキもまるで急に力を失ったようにクリムゾンの目の前でバタンと倒れた。



「よく覚えておけ。雑魚がどれだけ知恵を振りしぼろうとな、強者には勝てないんだ。わかったか?」



 倒れたナツキをクリムゾンがつま先でトンと軽く蹴る。いや蹴るというより当てるに近い。それくらい力の抜けた様子で。しかしただそれだけで、ナツキは大広間の前方から後方へ、端から端へと飛んでいき、壁に叩きつけられる。


 同時に、別の場所でも不自然な現象が起こっていた。

 二階のテラスに転移し夕華のそばまで来ていたナナ。しかし突然テラスが崩れて足場を失ったのだ。テラスは半分に割れ、夕華は依然として上にいるがナナが立っていた残り半分は崩落して瓦礫の山となった。テラスがあるのはクリムゾンの背後。よってナツキが衝突した壁とは真反対なので関係はないはずである。


 瓦礫の下敷きにならないように、そして瞬殺されたナツキを助けに行くために、大の字になって壁に埋め込まれているナツキの方へと一旦転移する。尤も、ナツキは片腕がないため正確には『大』の字形ではないのだが。



「暁! 大丈夫か!」



 意識が朦朧とする。ナナの呼びかけは辛うじて聞こえるが返事ができない。遥か遠く、クリムゾンの後ろのテラスで夕華が絶望した表情でへたりこみこちらを見ているのがわかる。



(ほんのわずかな力で蹴られただけなのにこの有様だ。あいつの能力は発火じゃないのか? テラスの崩落だってあまりにタイミングが良すぎる。この三つともがあいつの能力だとでも言うのか?)



 アクロマのようなコピー能力を除けば基本的に能力は一人につき一つ。その原則に従えばクリムゾンが一見関連のないこの三つの現象に全てに関わっているとは考えにくい。



「小賢しいな。どうやら身体は丈夫なようだが、それだけだ。よっぽどそこの転移できる女の方が厄介だ。ユウカは一体あのガキのどこに惚れているんだ? 虫けらでももう少しやれるぞ」



 クリムゾンが呆れたようにナツキを評する。そして再度腕をナツキへ向ける。さきほどナツキの腕を燃やしたのと同じ姿勢だ。

 テラスの上から夕華は『やめて!』と叫ぶ。それが聞こえた上で、わざとクリムゾンは無視しナツキの殺害を試みた。腕の炎はどれだけ雪をかけても消えなかった。あれと同じ無限の火炎がナツキをターゲットにして放たれる


 ことはなかった。



 キィィィィィィン、という甲高い音。それが徐々に大きくなり。


 ギュィィィィィィィンッッッッッ!!!!!!


 

 入口の扉を溶解させながら、一筋の光の帯が閃光とともに大広間を貫く。



〇△〇△〇



 その光は瞬く間にクリムゾンを襲った。扉だけでなく、クリムゾンに届くまでに存在したあらゆる物質を溶かし破壊し消失させながら。

 数秒後、光の帯を追いかけるように巨大な水の龍も蜷局を巻きながら大広間に進入し、クリムゾンのいた空間をまるごと飲み込んだ。光と水がまじりあい大爆発を引き起こす。



「空川先生、こっち!」



 爆発の煙に乗じて、美咲が銃型スピーカーを地面に撃ち、飛び上がって二階のテラスの夕華のもとに昇った。そして今度はスピーカーを水平方向に撃ち、放物線を描きながらナツキのいる方へと飛ぶ。



「黄昏くん!」


「アカツキ!」


(この声は……英雄とスピカか……?)


「腕の全欠損か……。時間はかかるが私の能力で戻せないこともない!」



 エカチェリーナは壁にめりこんでいたナツキを床に下ろし、右腕の付け根の断面に手を添えた。青く柔らかな光が包み、ほんの少しずつ、細胞が蠢きながら上腕の再生が始まった。温かく優しい感覚に襲われ、ベッドや風呂に入ったかのような心地よさがあった。ナツキは一度眠るように意識を手放す。それだけクリムゾンに受けた苛烈な攻撃は心身ともに負担だったのだ。



「空川先生を連れて戻したわよ!」


「雲母さんに結城くんまで、どうして」



 自分よりも背の低い美咲に腕を引っ張られジェットコースターのような高速移動でここまでやって来た夕華は、ナツキだけでなく他の教え子までもがこの場にいることに驚愕する。

 美咲は胸を張りながら言った。



「先生も奪い返して、結城とスピカの攻撃でクリムゾンとかいう奴もやっつけて、これで完全勝利ね! クスクス、意外と呆気なかったわ!」


「私もたまげたぞ。あれは荷電粒子砲か? 私の回復も追いつかないだろうな。きみが敵になったらと想像するとゾッとするよ」


「えへへ、黄昏くんのために大技出しちゃいました」



 使用に莫大な電力を必要とする点、周囲に電磁波をまき散らしてしまう点、物質の電磁場での加速が必要な点。荷電粒子砲には実用化に至るまでいくつもの課題が存在する。だが英雄の能力を用いればこれらは全てクリアされた。人間の身体など粘土のように穿つだろう。それどころか大気の摩擦熱だけでも充分に人間をドロドロに溶かしてしまう。


 そこにスピカが水龍を送り込み、水蒸気爆発を起こした。本来は火山の噴火や原子炉の炉心溶解のような特殊な高温化でしか起きない大爆発も、英雄が放った荷電粒子砲のおかげで簡単に発生させることができたのだ。


 美咲が夕華のところに到達するのが少しでも遅ければ二人とも爆発に巻き込まれていただろう。現にテラスはおろか、外から見たときあれだけ高かった城の上階が全てなくなり夜空が顔を覗かせている。


 いかなクリムゾンといえど、人工兵器の最高峰と自然現象の最高峰を人の身でくらって無事でいられるはずもない。美咲が調子に乗るのも今回ばかりは仕方ないだろう、と英雄もスピカもにこやかに笑っていた。

 あとはナツキの腕を治し夕華を連れて帰国するだけだ。エカチェリーナの能力の治療によって失われていた腕が肘のあたりまで再生されたのを見て安心しきったナナが英雄たちに話かける。



「アンタたちも来てたんだね。それにスピカ様も。やっぱり暁を放っておくことなんてできなかったのか」


「はい。どこまでボクたちが力になれるかはわからなかったですけど、大好きな友達が危ないところに行くっていうのに見ているだけなんてできませんから」


「あなたの様付けは気色悪いからやめなさい」


「だけど、妙だね。アタシやスピカはともかく英雄がロシアに行くことを聖皇が許可したなんて……」


「そんな細かいこといいじゃない! 今はこうして私たちが完全勝利したんだから! 私も能力は弱いけど、ちゃんと力になれてよかったわ。ねえ、暁の腕も完治するんでしょう?」



 美咲の問いかけにエカチェリーナは柔和な笑みを浮かべて頷く。



「ああ。あと三十分ほど待ってもらえれば。クリムゾンを倒しロマノフの血を守ってくれたきみたちには何かお礼をしないといけないな」


「いいわよ。私たちだってお城ぶっ壊してるんだし」



 美咲がそう言うと、その場にいた全員が吹き出し声を上げて笑った。

 空川夕華、ただ一人を除いて。


 いまだ晴れない爆煙をじっと見つめながら呟く。



「クリムゾンを倒した……? みんな何を言っているの……」



 その言葉でしんと静まり返る。

 全員、まさかそんなわけ、と思いながら土煙を見た。


 大きな影がぬっと浮かび上がる。



「ああ。まったくだ。この俺を倒しただと? 貴様ら弱者が? たかだか二等級の屑が? ハッ、宮廷お抱えの道化でもまだマシな冗句を言う」



 煙が晴れた。瓦礫の山の前に仁王立ちしている男。威風堂々たる出で立ち。まったくの無傷、それどころかその髪や衣服には埃の一つもついていない。


 クリムゾン・ロマノフ・ネバードーンはなお立ちふさがる。

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