第12話 ナンパvs中二病
両手にクレープを持っていたナツキは左手の指を三本使って器用に二つのクレープを片手に持ち替えた。
そして路上に落ちていた小石を空いた右手で二個広い、英雄を覆うように立ちふさがっている男たちの後頭部めがけて投げつけたのだ。
「なんだぁ、てめえこいつの彼氏か?」
「チッ、ツレがいるんなら先に言えよ。……その方が滾るんだよなァァ!!」
男たちはコキコキと拳の関節を鳴らしながら英雄に背を向けてナツキの方へと迫った。これだけ大勢の人間が見ている前で虚仮にされては、男たちも黙っていられない。それに、狙った女の前でみっともなく逃げ出すのはナンパ師としてのプライドが許さなかった。
「彼氏クンをボコってそこの子猫ちゃんとばっこりしっぽりやることやんだからよ、ま、その犠牲になってくれや!」
アロハ男が繰り出したのは右ストレート。身体を捻ってスレスレでかわす。クレープで手がふさがっている都合、ナツキは攻撃も守備も足を主体にしなければならない。故に、腕で防御するのではなく足さばきだけで相手の攻勢をいなしていく。
本当は小石を投げたときのように片手でクレープを持てれば手数が増えるのだが、指は力加減が難しくうっかり潰してしまいかねない。仕方なく再度持ち替えて両手で一個ずつ持っているのだ。
アロハ男の攻撃をかわしたはいいが、その隙をタンクトップ男に突かれた。アロハ男の背後から姿を現したタンクトップ男はナツキのボディを狙ってフックを放つ。
「くらいな!」
「クッ……」
さすがにこの体勢からコンビネーションパンチを避けるのは困難だ。ナツキは足を上げ、いわゆる喧嘩キックの要領で足裏を相手に見せるように突き出す。相手の拳とナツキの足裏が衝突しあい、反作用がはたらく。それを利用して拳を踏み台にナツキはバク宙して一旦距離を取った。
人数差がある以上、時間をかけるほど不利な状況は広がってしまう。であれば速攻をかけるのが正着。対多人数の基本は各個撃破を繰り返すことにある。今回であれば相手は二人。要は一対二をするのではなく、一対一を二回行うのだ。
着地したナツキはすぐさま地面を蹴った。助走をつけてアロハ男に突進する。
アロハ男も、思わぬ反撃に咄嗟に防御体勢をとった。利き腕でない方を顔の前に出すというボクシングのガードの手法と、片足を引くことで腹部を相手から遠ざけるというストリートファイトの手法。
彼らも伊達にナンパをしていない。軽そうな女に手を出したら近くの車から強面で刺繍の入った男が出てきて修羅場に巻き込まれた、などということも一度や二度ではない。多少は荒事に覚えがあるからこそ長年ナンパ師としてやってこられたのだ。
ニヤリ。
ねらい通り守備意識を釣り出せたことを確認したナツキは思わず笑いがこぼれた。
アロハ男の視界からさっきまで勢いよく突進してきたナツキの姿が消失する。否、消えたのではない。彼の視界のはるか下にもぐったのだ。
「ぐあぁ!」
アロハ男は足を取られて転んだ。受け身が間に合わず、頭を打ち付けることこそ避けたものの背中から地面にぶつかり肺の空気がすべて吐き出された。
ナツキがしたことは単純だ。突進の姿勢からスライディングをしただけ。そして足をからめとり、転ばせた。アロハ男の上半身は防御に専念し下半身は踏ん張るため軽快さを失っていた。だからそんなシンプルな動作でも効果的に機能する。もし相手に準備させる余裕を与えたら、ただのバックステップであえなく避けられるか、上からハンマーのように拳を振り下ろすかされていただろう。
問題点があるとすれば着ていたローブコートが地面で擦れて捲れ上がったことだろうか。
「ククッ、黒は汚れが目立ってしまうが、まあ名誉の負傷だな」
そしてタンクトップ男に向き直る。残りは一人。仲間が一瞬でやられたことに動揺しつつも、相手は中学生ほどの子供でこちらは大人、その事実がタンクトップ男を後押しした。
タンクトップを盛り上げるほどの隆々とした筋肉に任せて放たれたパンチは精巧さなどかけらもないがスピードだけは充分だった。その上、回避しようにも足元のアロハ男が邪魔でステップを踏めない。ナツキはその場でしゃがむことでなんとか直撃は避けたが、タンクトップ男は続けざまに膝蹴りを繰り出した。
ナツキの眼前に猛スピードで膝が迫る。倒れるように転がってこれも回避できたが、わずかに間に合わなかったのか右手で持っていたクレープが弾け飛ばされ、しばらく宙を舞ってべしゃりと地面に落ちた。タンクトップ男の膝はホイップクリームで白く汚れたが、本人が気が付いていない。
このとき、ナツキの中で何かが切れた。
カネを払って買ったものを台無しにされたから? 違う。
食べ物を粗末にされたから? それも違う。
「これはな……俺が英雄と一緒に食べようと思って買ったんだよ……。どっちかだけが食べてどっちかは食べられない、そういう関係じゃダメなんだ。だって、俺たちは対等な友達なんだから……」
そう言って膝を突きながら立ち上がり、ナツキは空いてしまった右手で眼帯をひったくって投げ捨てた。
初夏の風が眼帯を空高く吹き飛ばす。あらわになった赤い瞳でナツキはタンクトップ男をギッと睨む。
これは彼のクセだった。本当に怒ったとき。本当に守りたいものがあるとき。そうした場面で眼帯を外す。スポーツ選手が試合の前に特定の行動を取ることで集中力を高めより高度なパフォーマンスを可能にしているように、ナツキもこの眼帯を外すという特定の行動で意識のスイッチを切り替える。
平時であればタンクトップ男も赤と黒のオッドアイを笑っただろう。黒いローブコートやマフラーというアイテムも相まってコスプレのようにすら見えるのだから。しかしそうしなかった。そうする間さえ与えられなかった。
タンクトップ男が瞬きした次の瞬間、もう目の前にナツキがいた。あのガキいつの間に、そう脳が認識したとき、顔のすぐ横にナツキの足があった。このままだと蹴られるから避けなけばならない、そう意識したときには、もうタンクトップ男は地面を転がっていた。
「ククッ、地に臥し眠れ」
二人の男を沈めたナツキは英雄の下に駆け寄った。英雄は腰が抜けたのか樹の根本でへたり込んでいる。その目の端には依然涙が浮かんでいた。
しゃがんで視線を合わせたナツキは申し訳なさそうに言った。
「遅くなってすまん。怖い思いをさせてしまったな」
「ううん……ううん……ありがとう……!」
英雄はナツキの胸に顔をうずめて声を震わせた。空いた右手で背中を抱き、あやすように頭をさする。
やっと英雄も落ち着いたというとき、遠くからサイレンの音が聞こえた。通行人が警察を呼んだのだろう。ナツキは一個だけになってしまったクレープを英雄に持たせ、背中と膝裏を抱え上げる。いわゆる、お姫様抱っこだ。
「すまん、ちょっと我慢してくれ」
そしてお姫様抱っこのまま駆けだし、その場を後にした。警察沙汰になると非がなくとも調書だ何だと時間を食われる、ということをナツキは実体験としてわかっていたからだ。責任は全面的にあのナンパ師二人組にあるのだから、面倒なことは任せればいい。
英雄はナツキの腕の中で舌を噛まないようにきゅと口を結び、顔を見上げた。黄昏くんの赤い眼はとても綺麗だ、そう心の中で囁きながら。
初心者なので色々と手探りですが、エタらないことがまず目標です。
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