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第119話 どんな戦場もこの身ひとつで

 振るわれたエカチェリーナの剣をスピカは上体を反らして避けた。そのまま両手を雪の積もった地面につき剣を握る手首を蹴り上げようとするも、瞬時に反応したエカチェリーナは空いている方の手でスピカの足首を掴み投げ飛ばす。

 数メートル先に着地したスピカは青い眼に光を灯しながら地面に触れた。するとスピカの周囲の雪が弾丸のように何十何百と射出される。


 雪は氷、つまり固体だ。水蒸気という気体が、水という液体の状態を経ずに雪の結晶という固体になる。いわゆる昇華という現象である。しかし実際は空気の温度によってこの雪という固体は部分的、表面的に液体にもなっている。現に積もった雪をなぞれば指は湿り気を帯びるだろう。これは液体だ。


 スピカが利用したのは表面の少しだけ溶け出た水分。雪の固体部分と比較すればその割合はごくわずかだろうが、それでも地面が一面雪となると、塵も積もれば山となる、合計するとかなりの量の液体となるのだ。

 エカチェリーナは飛来した水分を避けようとしたが足が動かない。見下ろすと足首全体に水の触手がまとわりついている。雪の日に外出すると靴が濡れるように、当然エカチェリーナの足の下でも液体が生じていたのだ。スピカはそれを利用し液体を操作してエカチェリーナを止めた。



(急所は外してあげるわ。向こうは私のことは全然覚えていないみたいだけど、私にとっては知らない相手じゃないしね)



 スピカの狙い通り雪──から溶け出した水──はマシンガンのように鋭くエカチェリーナの身体を蜂の巣状に穿った。肩、腕、腹、腿、貫通した先から血が噴き出す。

 エカチェリーナの青い眼が淡い光が灯る。



「今のは痛かったぞ。だが……バーバラが受けた痛みとは比べものにならないがな」



 身体中に開いた孔が青く優しい光に包まれると、傷は塞がりシミひとつない美しい肌に元通りになった。服の再生は行えないのかところどころ虫食いのようになってしまっているが。



「あなたの能力は身体の再生、或いは超回復ね。さすが二等級ってところかしら。即死以外はまず効かない」



 エカチェリーナの足に巻き付いていた水の触手が両足首を雑巾を絞るように力を加えてねじ切るも、倒れながらエカチェリーナは表情一つ変えずに能力を行使した。千切れた足首からにょきにょきと足が再生される。つなぎ目には縫合跡のようなものはまったく見当たらず綺麗なものだ。

 白い雪の大地に真っ赤な血の花がいくつも咲いた。痛みがないわけではないだろうにエカチェリーナの表情はぴくりとも動かない。



「そうさ。私はどんな戦場もこの身ひとつで駆け抜ける」



 裸足で雪の大地に毅然と立つエカチェリーナは剣をスピカに向けながら言い放った。

 そのとき、森から二人分の足音が聞こえてくる。スピカもエカチェリーナもそちらを見やると出てきたのは英雄と美咲だった。



「二人とも! 勝ったのね」


「うん。なんとかね。ボクよりも雲母先輩が大活躍だったんだよ。男の子と女の子、二人同時にやっつけちゃったんだから!」


「へえ、ミサキが。やるじゃない」


「え、えへへ」



 自分よりもずっと強いと思い劣等感を抱いていた二人に褒められた美咲は照れるように笑う。

 だが、これを耳にしていたエカチェリーナは再び怒りで表情が歪んだ。



「男の子と、女の子だと……? まさかキリルとダリアが……。貴様らはッ! バーバラだけでなく幼い二人の命まで奪ったのかッッッ!!」



 エカチェリーナは剣を構えて裸足のまま駆けだす。しかし振り下ろした剣はあらぬ方向へとねじ曲がってしまった。英雄の青い眼が淡く光っている。



「えっと、ごめんなさい。何か勘違いしているみたいなので話を聞いてもらうためにあなたの剣をダメにしちゃいました。ボクたちは小学生くらいの男の子と女の子を倒しはしましたけど殺してはいません。息がちゃんとあるのは確認しましたし、凍死しないように飛行機からブランケットを持ってきてかけています。だから大丈夫です」



 しばしば骨董の世界では日本刀が真剣か模造刀か見極める際に磁石を用いる。偽物であれば耐久を無視してアルミニウム製であることが多いので磁石がくっつかず、逆に本物は鋼鉄を使っているので磁石がくっつくのだ。

 故に英雄が磁場を展開するとエカチェリーナの持つ剣も簡単に支配下に置けてしまった。


 エカチェリーナは驚愕した様子で英雄を見つめる。



「ほ、ほんとか!? キリルとダリアは無事なんだな!」


「はい。大丈夫ですよ。受けたのは音の攻撃ですから少しだけ耳にダメージがあるかもしれませんが……」


「よかった、二人が無事で……。それくらいの怪我なら私の能力で治療できる」



 安心のあまり力が抜けてしまったエカチェリーナに対してスピカが話しかける。



「ねえエカチェリーナさん。さっきから私につっかかってきてるけど、あなたが言うバーバラって人も元気よ。ぴんぴんしてるわ」


「な、なにッ!?」


「たしかにひどい怪我はさせちゃったけど星詠機関(アステリズム)の医療技術ならあれくらいもう治ってるでしょうし、それに死なれたら情報が奪えないじゃない。例の液体の中でぷかぷか浮いている最中のはずよ。意識は奪われた状態でしょうけど」


「どうすれば彼女を助けられる! 私にできることならなんでもする!」


「そうね……。本当なら能力者の犯罪者はアラスカ行きなんだけど、彼女はネバードーン財団に関する情報をたくさん持っていたから司法取引という形を取れば釈放できるかもしれないわね。私が上に掛け合ってもいいわ。シリウスっていううちのトップ、なぜか私にはすごく甘いから」


「そうか……そうか……バーバラは生きているんだな……よかった……」



 エカチェリーナはスピカたちの視線も憚らず泣きじゃくった。それだけ彼女にとって後悔に満ちた出来事だったからだ。自分がバーバラを財団の手に渡してしまい、そのせいで星詠機関(アステリズム)に捕まるような事態になってしまった。そう思って今日まで過ごしてきた。

 ひとまず状況が落ち着いたのを見計らって英雄をが言った。



「スピカさん、ボク、お城に向かおうと思います」


「さっきも言ったでしょう。いくら二等級でも私たちじゃ相手にならないわ。クリムゾンはそれだけ強い」


「わかってます。でも雲母先輩の覚悟を見て、この人があの子たちのために泣いているの見て、そして空川先生を助けに行った黄昏くんの背中を見て、ボクも大好きな人のために頑張りたいなって思ったんです。ボクの能力なんて微々たるものかもしれません。でも、少しでも、ほんの〇.一パーセントでも確率が上がるならボクは力になりたい」


「私も同じ考えよ。あんたたちに比べて能力は劣ってるかもしれないけど、あいつへの想いなら絶ッ対負けないもの!」



 英雄と美咲の強い心にスピカも「仕方ないわね」と微笑む。やはりナツキにはこういう人たちが集まるのだろうとスピカは思う。何せ、当のスピカはたとえ英雄と美咲がついて来なくてもナツキと共闘するつもりでいたからだ。二人も同じような考えを持っていたとわかって──スピカが再三止めてもなおついて来たのでスピカ本人よりもその想いは大きいかもしれない──スピカは妙に嬉しくなった。だから笑みがこぼれる。

 そんな三人の見ていたエカチェリーナが尋ねる。



「ソラカワ、と言ったか? それはユウカ・ソラカワのことか?」


「そうです。何か知ってるんですか?」


「知ってるも何も私の友だよ、彼女は。だが、そうか……。さっきの少年もきみたちもクリムゾンを倒しに来たなどと荒唐無稽なことを言っていたのはユウカを助けるためだったのか……。よし! 事情は全て理解した。私も助太刀しよう。なに、ちょうど私もあの男への怒りと嫌悪感が爆発しそうなところだったんだ。利害は一致している。そうだろう?」



 英雄、美咲、エカチェリーナの三人は最後の確認をするようにスピカを見つめる。

 スピカも三人を順に見渡し、頷いた。



「行くわよ。そして全員で生きて帰る」

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