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第118話 下剋上は大好きな人のために

 引っ張られた拍子に尻もちをつく。

 右腕から燃えていた。火が上がっている。ナナが青ざめた顔をしながらも指を鳴らし、外から雪を転移させてきた。空中に現れた雪の塊がどさりとナツキの腕に落下する。雪はたちまち溶けて水になった。

 これでナツキの腕の火も収まる。一安心したナナがふうと息を吐いて、尻もちをついているナツキを立たせようと腕を伸ばしたとき。



「火が、消えてない……?」


「ぐっ……熱い……ッ!」


「ま、待って! すぐにもっと雪を増やすから!」



 そうして何度も何度も雪を転移させるが、全て溶けて水になるだけで火の勢いは一向に収まらない。水が火を消さない。火の手はまったく収まらない。

 ナツキは決心をつけ、刀を左腕に持ち替える。



「ちょっと待て、暁、アンタを何をしようと……」



 人間の腕は円状になっており、外側から脂肪、筋肉、骨となっている。この三つはそれぞれが違った特徴をもち、三つともに異なる丈夫さがある。役割が違えば成分も違ってくるのだから当たり前だ。

 ナツキが()()()()()()()()とき感じたのは、やはり人体はなかなか容易く刃を通さないということだった。



〇△〇△〇



 上腕の中間から切り落とされた右腕はぼとりと床に落ち、そのまま燃え尽きて灰になった。

 マフラーを外して包帯代わりにし強引に止血する。夕華の悲鳴が大広間に響き渡った。



「暁なにやってんだっ!」



 フラつきながら立ち上がるナツキを責めるようにナナが詰め寄る。夕華の絶望に満ちた悲鳴やナナの怒りの混じった心配を受けてなお、ナツキは平然と言ってのけた。



「こうするしかなかった」



 ナツキは今のわずかな能力行使からクリムゾンの能力を推測する。が、やはり今のナツキでは脳がエラーを起こして何もわからない。刀を握る左手に力が入る。



「ナナさん、俺がクリムゾンを引き付ける。だから夕華さんを逃がしてくれ」


「無茶だ! そんな怪我で……」


「だとしてもッ! ……だとしても俺に他の選択肢はない。夕華さんは必ず助ける。あんな男との結婚? ククッ、そんなこの俺が許すはずないだろう……ッ!」



 夕華を攫われた怒り、むざむざと能力を受けて右腕を失った自分への無力感、色々な感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃになりナツキの眼を濁らせる。唯一わかっているのは目の前の敵は必ず倒さねばならないということだけ。そのためなら腕の一本や二本いくらでもくれてやる。


 どす黒く仄暗い感情が泥のように胸の中から溢れてくる。とにかくクリムゾンを殺す。叩き殺す。他の男が夕華に触れるなど、指一本たりとも許せない。

 切り落とした右腕の断面がズキズキと痛んだ。ちょうどいい。痛めば痛むほどガソリンのように黒いへどろがくべられてますます力が湧いてくる。


 これはきっと正しくない思いなのだろう。それでも構わないと思った。クリムゾンを殺す。その役に立つのなら喜んで使ってやろう、と。



〇△〇△〇



 ナツキが広い城内で迷子になり一部屋ずつ巡っているとき。


 飛行機の近くでは英雄と美咲のコンビ対キリルとダリアのコンビという様相を呈していた。

 英雄の能力を目にしたキリルたちは一気に警戒を英雄一人に向ける。ダリアが引力の能力を用いて英雄をその場、その地面に縫い付けた。人体に強烈な引力をかけられてしまっては、どれだけ移動速度が速く光速に到達しようと意味はない。むしろ無理に動こうとして人体が千切れるリスクすらあるだろう。


 キリルは『しめた』と足元の雪を掴み英雄に投げる。現在相手は動けない。ならばこちらから一方的に攻撃できる。そしてその場で立ち止まったまま対処をせねばならず、そのうち隙が生まれるはず。

 現に英雄は飛来してきた雪に手を向けて電撃を放ち撃ち落としている。小刀で弾いた場合、その瞬間に起爆して小刀ごと上半身を吹き飛ばされるかもしれないからだ。ナツキがボロボロになってまでも得た経験が英雄に有効な対策をもたらしていた。


 だからこそキリルの狙い通り隙が生まれる。まさにヒットアンドアウェイ戦法。雪を投げる。撃ち落とされ空中で起爆する。その間に走って移動してまた雪を投げる。撃ち落とされる。移動して雪を投げる。落とされる……と。



(動けないのは厄介だなぁ……。引力はあの女の子の能力だよね。でももしボクが能力をあの娘の撃退に割いたら、その瞬間男の子の方は好機と見てボクを仕留めにくるはず。つまり囮、なんだよね……)



 英雄の推察は全面的に正しい。キリルは軍人として、幼いながらに割り切っていた。英雄がもし自由に動けるようにするためダリアを狙えば、それはそれで構わない。ダリアの命を犠牲に確実に英雄を討てる。

 ダリアもまた引力の能力をかけ続けた状態で無防備になるリスクは承知の上だ。同時に、自身がやられてもそのチャンスを利用してキリルがとどめをさしてくれるという信頼もある。

 ダリアは別に死ぬのは怖くなかった。だからナツキたちの前に姿を現すときキリルとダリアの二人は確認し合ったのだ。この戦いはエカチェリーナを守るためのものだと。すなわち、命を賭けるに値する戦場であると。



 これを呆然と見ていたのは美咲だ。完全に相手にされていない。所詮、美咲の能力を活用するという手元の銃型指向性スピーカーも、やっていることは実銃で充分に事足りる。むしろ殺傷力や貫通力では実銃の方が勝ってさえいるかもしれない。

 傍観していてもしかたがない。自分も何かせねば。ナツキの前であれだけ啖呵を切ったのだから、英雄のおんぶにだっこになるわけにはいかない。少なくとも気持ちの面では一人でキリルとダリアの二人を同時に相手取るつもりでいたというのに。


 ひとまず美咲は銃型スピーカーを両手でしっかり握りながら走ってダリアに接近する。確実に当てられる距離まで。動き回っているキリルに当てるのは無理にしても、その場で立ち止まっているダリアくらいは、まずは確実に。


 そうして銃型スピーカーを構えてエイムをダリアに合わせた瞬間。キリルは雪を右手で英雄に、左手で美咲に向けて投げる。間接視野を駆使し美咲が近づいているのも見えていたのだ。英雄に投げた方はここまでの撃ち合いと変わらず見事に撃ち落とされてしまったが、美咲に投げた方は着弾した。


 咄嗟に背を向けて両腕で頭を覆う。急所は守った。だが雪は背中に付着すると液状になり、キリルの能力によってニトログリセリンを精製し爆弾となって美咲を襲う。



「雲母先輩!」



 爆風で吹き飛ばされる美咲には英雄が呼ぶ声は聞こえない。背中が焼けるように痛い。服は破れ、焼け、焦げ、熱は背中の皮膚にまで達していた。べろりと爛れているのを感じる。

 着ていた服も辛うじて大きな胸に引っかかっているのみだ。もはや前面を隠すためだけの前掛けような状態。急所は守ったので命に別状はないが、雪の大地に手をついて立とうとしても膝に力が入らない。


 キリルにとって、英雄はダリアと協力する必要があるほどの難敵だ。ダリアもまた相手が二等級の能力者である以上は自身の命が囮になるが仕方ないと納得できた。

 一方で二人にとって美咲は取るに足らない相手であった。能力が強いわけでもなく、戦闘力に秀でているわけでもない。キリルが片手間に対処できてしまうくらいにはちっぽけな敵。いや、敵とすら認識していないかもしれない。邪魔な羽虫くらいに思っているのだろう。


 実際、キリルは自身が爆弾で手にかけた美咲のことなど目もくれず対英雄に集中している。走りながら視界の外に抜け出ようと試みたり、両手で雪を放ったり、雪をまき散らすように横薙ぎに腕を掬いあげたり。とにかくあの手この手で英雄に一撃を与えようとしている。いくら強大な能力でも長所を潰しながら人体を破壊すればひとたまりもない。機動力を奪われた英雄はまさに格好の的だった。



「ぐすっ……背中……いっだい…………」



 涙を滲ませ声を震わせながら美咲が泣き言を漏らす。背中の激痛で頭がどうにかなりそうだった。地面に伏せたまま、自分など見向きもせずキリルたちが戦いを再開している様子を眺める。

 痛み故の涙に、悔しさ故の涙が加わった。合わさって滝のように流れ落ちる。


 病室の前でボロボロになって眠る意識のないナツキを見て抱いた怒り。復讐心。そんなもの、激痛の前ではいとも容易く砕け散ってしまった。


 能力の弱さがコンプレックスだった。英雄やスピカと比べるまでもないことだ。そもそも、星詠機関(アステリズム)日本支部に入れたのだってナツキの手助けあってこそ。自分一人では他の能力者たちに簡単にあしらわれていただろう。

 ナツキが手伝うと言ってくれていなかったら、とうに心は折れていたはず。そうなれば自分は海外公演はうまくいかなくて、アイドル歌手としての自分は間違いなく終わっていた。


 だからこそ。

 美咲の胸の中で明るい火が灯る。

 だからこそ、そんなナツキの力になりたい。



「あいつが……私の大好きな暁が受けた痛みはこんなもんじゃなかったぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!」



 絶叫するように自分を奮い立たせる。

 そうだ。爆発はすごく痛い。でもナツキは同じ相手から同じように爆弾の能力を受けて痛みに苦しみながらなお立ち上がりこうして大切な人のためにロシアまでやって来た。

 ならば、自分だって大切な人のために立ち上がれるはずだ。


 生まれたての小鹿のように震えながらも二本の足でしっかりと立ち上がる。

 もう一度、銃型スピーカーを構えた。


 当てられるだろうか。倒せるだろうか。音の増幅などという取るに足らないそのちっぽけな能力で。

 止まっているダリアはともかく、動いているキリルに当てようと思ったら相当な精度が要求される。



(いっそのこと狙いを定めなくてもいいくらい広い範囲に撃てれば……。範囲……。そうだ!)



 美咲はその形状からこのスピーカーを銃のように扱うことばかり考えていた。だが、美咲の能力に合わせてこの銃型スピーカーを作った人物は美咲が実銃のように点を貫く武器として運用することを想定していただろうか。

 きっとこれを作った張本人、現在アメリカの東海岸にいる少女のような見た目をした天才研究者はにこにこ笑いながら言うだろう。『それはそういう風に使うんじゃないよ~』と。



 狙って当たらないなら狙わなければいい。ひどく単純な真理。

 でも、それは英雄を巻き込むことを意味してしまう。だから。



「結城! 刀に電気を流して音を出して!」



 それを聞いた英雄は一瞬ためらった。そんなことに能力を割けば隙が生まれてキリルの水爆弾をくらってしまうからだ。だが美咲の方を見た英雄はすぐさま小刀に電気を流して音を鳴らすことを決めた。美咲の眼が、覚悟を宿していたのだ。


 電気を流しながら磁場を形成すると、小刀がコイルの代わりとなる。音楽の現場でスピーカーが電気によって音を鳴らすことができるのは内部にあるボイスコイルに通電することでコーン紙という特殊な材質の紙が振動するからだ。ただし、商品によっては耐久性の問題からコーン紙ではなく金属板を使用することもある。


 故に英雄は両手で持った小刀のうち片方をコイルの代わりに、もう片方をコーン紙の代わりにした。音程は気にせず、とりあえず音を出す。


 キリルはこのチャンスを見逃さなかった。傷だらけでボロボロになった女の妄言に付き合っているのは自棄になっているからだ、と断じて。地面の雪を掴み、二本の小刀を掲げている英雄目掛けて投げる。これが身体に着弾すれば英雄も全身を爛れさせ、ひどい場合は腹に穴が開くかもしれない。それでも英雄は小刀を下ろさない。防御は一切しない。



「大丈夫よ、私ならできるわ。だって私はあの雲母美咲なんだから……!」



 英雄が鳴らす音によく耳を澄ます。長年のアイドル活動、音楽活動の中で養った耳で。

 的確に音程を、波長を理解していく。ノイズキャンセリングシステムがそうであるように、音が空気の波である以上は逆位相の波をぶつけることで相殺できる。つまり。



(結城が鳴らしている音の逆位相の音を放てば結城だけには当たらない範囲攻撃ができる!)



 銃を構え、引き金に指をかけた。周波数とは音の波の数である。銃型スピーカーのバレルの中で増幅の度合いを綿密に調整し、理想の音を紡ぎ出す。銃口から出た瞬間。美咲はありったけ能力を解放した。


 ドォォォォォォォォンッッッッッ!!!!!!!


 空気の波が爆発的に増加し、銃口を起点に半径四十メートルの扇形を作りながらその範囲内にあるあらゆるものを諸共吹き飛ばしていく。キリルにとって爆弾の材料であり今現在まさに英雄に向かって飛んでいた雪も、まるごと、すべて。

 キリルも、ダリアも、雪も、土も、あたり一帯に植えられていた木も。何もかも空気の波に乗って吹き飛ばされ伐採されなぎ倒されていく。


 命に別状こそないものの、キリルとダリアの二人は倒れた木々の山の中でぐったりと倒れ意識を失っていた。

 裸になった森の一部で、ただ英雄の周囲だけが不自然に無傷だ。足元の雪が英雄を中心に円状になって少しだけ残っている。美咲の狙い通り、そこだけは音が相殺されていた。身体の自由を取り戻した英雄は美咲に大きく手を振るのだった。

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