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第114話 再びの桃色

「エカチェリーナ様! 対空迎撃ミサイルおよびスクランブル発進した空軍戦闘機の反応が全てロストしました!」


「一体どうなっている!? 相手も戦闘機なのか!?」


「戦闘機パイロットの通信によると小型の一般ジェット航空機で、空を舞う水の蛇に丸ごと飲み込まれたとのことです! 私にも一体何がなんだか……」



 部下の報告を聞いたエカチェリーナは唇を噛む。相手は能力者だ。幸いにしてパーティーの招待客は全員が王城に入っているのでこれ以上ここに残っている必要はない。早速軍本部に戻って現場指揮を……と考えたときだった。

 何か振動する音が聞こえる。最初は遠くで車の走る音か何かだろうと思った。だが、それは段々と大きくなり轟音となっていく。それに音の発信源は陸地じゃない。エカチェリーナはおそるおそる空を見上げる。



「そんな、ばかな……」



〇△〇△〇



『スピカ様、戦闘機まで出張ってきましたよ!』


「ええ。そうね」



 静かに返答するスピカを横目に、美咲は窓から外の光景を覗く。巨大な水の龍が体内にミサイルをプカプカ浮かせたまま今度は戦闘機も飲み込んでいった。それらは爆発することなく水龍の中に留まっている。きっとヘビがエサを丸のみする様子を透明化したらこのようになるだろう。



(これが二等級の能力者……。私なんか到底勝ってこないじゃない)



 美咲は加えてスピカに尋ねた。



「ねえスピカ。あんた本気出したらこの水の龍を何体くらい操れるの?」


「怖くてやってないからわからないわ」


「え? どういうこと?」


「地球の表面の七割は水なのよ。もし私が全力を出して地球の七割を自由に動かしちゃったら地理的にも政治的にも大問題でしょ。だから普段はかなりセーブというか、調整して能力使ってるの。だから答えはわからないっていうこと」



 そんなバカげた話があるかと美咲は絶句する。どこまでも人間離れした強さを持っている。しかし美咲はスピカの強さを知れば知るほど余計にクリムゾンのことが恐ろしくなった。その強力なスピカですら自分では勝てないと断言しているからだ。窓につけていた手が強張って拳を作る。


 ナツキは美咲のもとまで行き、彼女の手に自身の手を重ねた。たちまち美咲も身体に入りすぎていた力が抜けていく。



「美咲、これから俺が戦うことになるかもしれない相手はかなり強いらしい。はっきり言って危険だ。だからロシアに着いたら機内に残っていてくれ。俺としてはお前がこうして本気で想って一緒に来てくれただけで充分嬉しい」


「クスクス、何言ってんよ。あんただけ危険な目に遭わせて私だけ見てるっていうのはもう勘弁。今度は私が暁、あんたの力になるわ」



 そう言って美咲は自身の手を包むナツキの手から逃れ、逆にナツキの手を指を絡ませるように正面から向かい合うように握った。守られたり気遣われたりするだけは御免だ。ナツキとは対等な関係性でありたいという美咲なりの覚悟。


 てっきり二人の様子を見て嫉妬しているのではないかと思ってスピカの方に目をやった英雄は、彼女が思いのほか優し気な顔をしていたため驚く。



「スピカさん、平気なんですか?」


「ええ。だって彼女、すごく美しい心をしてるんだもの。私ああいう子好きよ。やっぱり美しい心を持った人の周りには同じように美しい人が集まるのね」



 スピカがたびたび口にする美しさが外見だけでなく内面も指すことに気が付いている英雄は納得したように『そうですね』とだけ返した。

 すると、再びパイロットから通信が入る。



『スピカ様! スピカ様から頂いた位置情報データに間違いはないんですよね!?』


「当たり前じゃない。どうかしたの?」


『いや、もうすぐ着陸予定地って画面に出てて、なのに下の景色おもいっきり森なんですけど!?』


「ええ。胴体着陸ね。木々をなぎ倒してもこの飛行機壊れないわよ? この私が選んで買ったんだもの。それに王城に入るには舗装された一歩道しかないから正面から入るのってちょっと面倒なのよ。森から横切った方が手っ取り早いわ。心配しないで。私も能力で補助するから」



 一方、コクピットでは通信を切ったパイロットが操縦桿を握ってうなだれていた。



(うちの女神様はちょっと豪快すぎやしませんかね……!?)



 だが指示は指示だ。操縦桿を引くのに合わせて機体も傾いていく。みるみる目の前に緑色の大地が接近してきて血の気が引く。あとは野となれ山となれだ。

 するとスピカの水龍が先行し、数十メートルにもおよぶ巨体を横薙ぎにし強引に森を切り開いた。白い雪に混じって茶色い土の大地が露出する。


 ガクンッッ!!


 と大きな揺れが一度機内を襲い、そのままギギギギギギと飛行機は機体を地面に擦りながら減速していく。火花散らすほどの摩擦熱は地面一面の雪がリアルタイムで冷却してくれているので問題ない。

 飛行機に乗っているナツキたちやパイロットは気が付くべくもないが、さっきまで水龍の体内に飲み込まれていた戦闘機やミサイルは森の木々に引っかかり、ボタボタと水を垂らしている。ミサイルは全て不発で戦闘機パイロットには誰一人死者はいなかった。



 急激な激しい揺れに、座っていたスピカと英雄は姿勢を崩さなかったが立っていたナツキと美咲はふらつき床に倒れ込む。あおむけに転がったナツキの顔に、美咲の中学生とは思えないほど大きな胸が降ってきて谷間に埋めてきた。押し倒すように二人の距離が近づく。



「むがっ」


「ごめん暁!」



 機体の揺れに合わせて美咲の胸が振動してナツキの顔全体をぶるんぶるんぶるんと擦られた。

 数十秒の後に揺れは収まり、コクピットから再度通信が入る。



『スピカ様、みなさん、なんとか無事に着陸しました!』


「ありがとう。それじゃあ行ってくるからあなたはここで待ってて。王城からはそこそこの距離があるけれど、もし危険を感じたら私たちを置いて飛んで行ってくれて構わないわ。そうなったときはいずれにしたって私たちは生きて戻れない可能性の方が高いから」


『いいえ。必ずまたスピカ様を送り届けます』


「そう。わかったわ」


「ふふ、スピカさん、良い仲間ですね」


「……仲間じゃなくて部下よ」



 英雄の言葉に照れながら否定するスピカを見てナツキや美咲も微笑む。

 四人のいる部屋の壁の一部分がプシューという音ともに開き、ロシアの冷たい空気が一気に機内に吹き込んできた。そして機体下部に折り畳んで仕舞われていたハシゴがスライドして出てきて、四人は順にそのハシゴを降りていく。タイヤを出さず胴で着陸したとはいえ飛行機自体が厚みのある乗り物なので地面からの高さは数メートルあるのだ。


 ハシゴに近い順に美咲、ナツキ、スピカ、英雄とハシゴを降りていく。ナツキは内心『あれ、こんなこと前もあったような……』と思い、ふと顔を上げると目の前にはスピカの薄桃色の下着が視界いっぱいに広がっている。まずいと思ったときには鼻血を吹き出しながらハシゴから手を離していた。ただ今回はすぐ下に美咲がいる。



「きゃっ!」



 突然上からナツキが降ってきて悲鳴を上げた美咲だったが、このままではナツキが地面に激突してしまう。それに気が付き、自身の背後を通って落ちて行ったナツキを追うように自身もハシゴから手を離して飛び降りる。

 美咲は緑色の眼に光を灯らせ、手をパンと叩く。すると拍手の音が増幅され同心円状に空気の波が広がり、地面に半球状のクレーターを作りながらクッションのようにナツキの美咲の身体を重力落下から守った。

 何もない空中でバウンドするような動きをした二人。そのタイミングでナツキに追いついた美咲は彼を抱きとめ、そのまま残り一、二メートルの高さは自然に落下して地面に転がり受け身を取る。



「アカツキ! ミサキ! 大丈夫!?」



 ハシゴの上からはスピカが何事かと大声で安否確認をし、美咲は土肌が露出した地面にナツキを抱いて倒れ込んだまま手を振ってそれに応じるのだった。



〇△〇△〇



「おい、何か今デカい音が鳴らなかったか?」


「うん、そうだねキリルくん。私もびっくりしちゃったよ。飛行機さんが爆発しちゃったのかな?」


「かもな」



 森を削りながら半ば墜落気味にロシア帝国の領土に侵入した謎の航空機。おそらく能力者が搭乗していると予想したエカチェリーナは信頼するダリアとキリルの二人に調査を命じたのだ。

 森を走り抜けながら二人は飛行機に近づく。エカチェリーナからは状況だけ確認したら戻ってきていいと言われていたので、木の陰から双眼鏡で覗くのみに留めていた。接敵までは命じられていないし、エカチェリーナもそこまで危険でリスクのある内容を幼いダリアとキリルに命じることはできない。二人とも双眼鏡に両目を当てながらナツキたちの様子を眺めている。



「なんかあの人たち、キョロキョロしてるね」


「ああ。事故による墜落じゃなくて、おそらく城を狙った能力者だからな。きっと方角を確認しているに違いない」


「ねえねえキリルくん」


「なんだ」


「ということはだよ。あの人たちってエカチェリーナ様の敵っていうこと?」


「そうだな」


「エカチェリーナ様を傷つけようとしてるってこと?」


「そうだな」


「エカチェリーナ様が私たちみたいな傷を負っちゃうかもしれないってこと?」


「……そうだな」



 実際はエカチェリーナは能力によってどんな傷も一瞬にして治せるが、傷つくときの痛みまではなくならないし、そもそもまだ子供でしかない二人はそんな深いところまでは考えていない。

 それよりも漠然と思い浮かべた映像の方が二人の心を強く支配する。飛行機の下にいる四人の人物がエカチェリーナをいじめて、自分たちにあるような醜い傷跡を残すのではないか、という映像。キリルがぼそりと呟く。


「……そんなの嫌だ」


「ねえねえキリルくん。私たちであいつらやっつけちゃおうよ」


「……そうだな!」



 少年少女は木陰から一歩踏み出す。

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