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第112話 思い出、巡り

「そのクリムゾンってやつが夕華さんを攫ったのか。一体何の目的で……」


「そこまでは私はわからない。ハダルも教えてくれなかったしね」



 夕華を拉致し、この後ロシアに到着次第ナツキが対立することになる相手。その情報を聞き終えたナツキの問いに向かいに座るスピカが首を横に振りながら答えた。そして白いティーカップに口をつける。中身はレモンティーだ。


 ナツキの両膝では左右の太ももをそれぞれ枕に英雄と美咲が眠っている。結局、一度仮眠を取ったから平気だと言っていた美咲も一通りはしゃぎ終えると緊張の糸が切れたかのように寝てしまった。それだけナツキが大怪我を負ったと報せを受けたことが心理的な負担にになっていたのだろう。


 ナツキは二人の髪を梳くように撫でながら考えていた。曰く、クリムゾンはスピカや英雄、ナナですら到底かなわないという。そんな相手に自分は勝てるのだろうか。昨日の出来事を思い返す。朝は動物に変身する能力者に手ひどくやられた。夜は爆発系の能力者の少年に手も足も出ずみすみす夕華を連れ去られてしまった。今のナツキは一度中二病であることを捨てている。アイデンティティが喪失し、得意の中二知識の活用もままならない。そんな状態で……。

 不安そうな表情を浮かべているナツキを正面から見つめたスピカは気遣うように微笑を浮かべて言った。



「大丈夫よ。あなたの強さは私が一番よく知っているもの。能力とか戦闘力とかそういうところだけじゃない。私が重視し尊敬し時に警戒するのは、心の強さよ。そしてアカツキ、あなたの心は気高く美しい。それさえあればきっと全部うまくいく。私は信じているわ」


「ククッ、ありがとう……」



 たしかにスピカの言う通りだ。何はともあれ夕華を助けたいという想いに変わりはない。だったら行くしかない。勝てるか勝てないかではなくて、勝つしかないのだ。

 少しはマシな顔つきになったナツキを見て、ふとスピカはかねてより抱いていた質問をぶつけた。



「ねえアカツキ。一つ疑問だったんだけれど、ハダルとは元々知り合いだったの? 彼女、随分あなたのことを知ったような口を利くものだから」


「ハダル? ああ、姉さんのことか」



 初めて日本支部に行ったとき、道に迷っていたナツキはナナと出会った。そのときナナの口から姉のハルカにハダルという名前もあると聞き、能力者や星詠機関(アステリズム)の存在を知らなかった当時の時点ではてっきりナツキが勝手に名乗っている『黄昏暁』のような中二ネームだと思っていたのだが、実際に組織内部ではそちらの名前で通っているという。


 能力者を知った今となっては姉がどうして嘘をついてまでアメリカに行ったのかわかる。ナツキや夕華に大っぴらに『能力者の組織に行ってきます』なんて言えるわけもない。

 質問をしてきた当のスピカはナツキの返答を聞き、時が止まったようにティーカップを持つ手がテーブルと口の間で停止している。



「ね、姉さん? 姉さんって、つまり姉と弟? アカツキとハダルが姉弟?」


「ああ。かなり歳の差姉弟だが、姉さんはあの見た目だからな。昔から一緒に歩いていると兄妹に間違われるのがしょっちゅうだった」


「ハダルがアカツキのお姉さん、ということはハダルは私のお義姉さん……」


「おい、こぼれてるぞ!」



 スピカは動揺のあまり口に届いていないのにティーカップを傾けてしまった。太ももを露出したスピカに熱湯がかかれば火傷するかもしれない。そう思ってナツキは咄嗟に声をかけたのだが、スピカはその程度ものともせず青い眼を淡く光らせて空中でレモンティーの落下を止めた。流体を操る能力を持つスピカにとってカップ一杯の液体を掌握するなど呼吸よりも容易い。

 ビデオの逆再生のようにサフラン色をしたレモンティーはティーカップの中に戻っていく。



(たしかに、前にアカツキが私のことをスピカ姉さんって呼んでくれたことがあったわね……。どうりで呼び慣れてるわけだ)

「ねえアカツキ、私って十七歳だからあなたより年上よね」


「あ、ああ。そうだな」


「この前、私のことを……その、ね、姉さんって呼んでくれたじゃない……? もし嫌じゃなければもう一回……」


「なんだそんなことか。スピカ姉さん。……どうだ?」


「ッッッ!! 今度は姉さんじゃなくてお姉ちゃんって」


「ああ。スピカお姉ちゃん。……おい、大丈夫か、顔真っ赤だぞ」



 ちょっとお手洗いに行ってくると言い残してスピカはその場を立ち去る。



(アカツキにお姉ちゃんって言われるの、サイッッッコーね……!!!!)



 トイレの洗面所にある大きな鏡の前で火照った顔を冷ますように頬に両手を当てながら、ぶんぶんと顔を振る。白銀のロングヘア―も一緒に揺れた。

 スピカのことを知る者、特にスピカを崇拝しているニューヨーク支部の部下たちが見たら卒倒するだろう。それほどまでに今のスピカの様子は平静を欠いている。そして十年以上もナツキに姉と呼ばれ続けているであろうハダルことハルカに思いを馳せ、元々仲が良かったわけではないがますます嫌いになった、と冗談めかして心の中で毒づくのだった。



〇△〇△〇



 ナナがテレポートした先はとある高校のグラウンドだった。朝だったアメリカ東海岸とは異なり、日本は依然として真夜中。当然ナツキはまだ起きておらず、日本支部ではちょうどスピカが英雄と美咲の二人に話をしている頃だ。


 この高校はナナの母校である。同時に、夕華やハルカにとっても。暗闇のグラウンドをぽつぽつと歩く。通っていたのは数年前。景色は全然変わっていない。ブレザーのネクタイをきちんと締めろと夕華に注意されたことを思い出し、ふと首元を触った。

 今度は屋上にテレポートする。昼食はいつもここだった。教室で誰かとつるむような性格ではなく、最初は友達もおらずいつも独り。そんなとき、いきなり横からぬっと現れて『そのパン一口ちょーだい』と話しかけてきたのがハルカだった。


 今度は教室にテレポートする。思えば、夕華ともハルカとも出会いの形は最悪だった。しかし気が付いたときにはいつも自分の隣には夕華とハルカがいて、一緒に笑い合っていて。京都の実家から逃げ出して頼ったり心を開いたりできる相手がいなかったナナにとっては初めての友だった。


 黒板に手を触れるとひんやりと冷たい。チョークを手に取ったはいいが手が届かないハルカをナナが抱きかかえて、ハルカがよくわからない数式をたくさん書いているのを眺めていたこともあった。



(その後の休み時間に夕華が板書を消そうとしたら、ハルカが泣きながら『がんばって書いたんだから消さないでー』って言ってたっけ。そしたら夕華も『次の授業の先生が困るでしょ』って怒ってて、ふふ、楽しかったなあ)



 振り返ると綺麗に整列された座席がある。入学したての頃はずっと屋上で食事していたのに、いつからか机をくっつけあって夕華とハルカと三人で教室で食べるようになった。ハルカが空の弁当箱を持ってくるという信じられないミスをしたときは、呆れながらもナナと夕華の二人がその日の昼食を分け与えた。



(あのときのハルカの大げさな喜び方っていったら、もうほんっと思い出すだけで笑えちゃうよね。それで……)



 それで、そんなハルカの様子に、夕華と二人で顔を合わせて苦笑した。

 段々と苦笑は大きくなって、わけもわからず楽しそうにハルカも笑い始めて、三人でたくさん笑った。



(夕華はめったに笑わない奴だったけど、アタシとハルカと三人でいるときはああやって馬鹿やってよく笑い合ったんだよね)



 テレポートして、高校の正門前に行く。あの思い出の数々が創り物だったと言うのか。ハルカの言う通りなら夕華は出会うべくして出会わされた。ハルカと夕華の二人は、ハルカの目的のために友人となった。

 自分はそんな歪な二人の関係性に混じって行って、その歪さも知らないまま大好きな友人たちをただただ愛した。これは紛れもなく本物の友情だと思っていた。



(アタシは夕華とハルカが好き。夕華はハルカとアタシが好き。ハルカは夕華とアタシが好き。三人はそういう関係だって思ってたのに……)



 夏の夜のじとじとした空気がナナの肌を舐め回す。満月に照らされてくっきりと見えていた校舎は、月に雲がかかるのに合わせて暗くなり輪郭をあやふやにしていった。

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