表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/377

第107話 幼き人格の正体

 日本時間一時三分 ロシア時間十九時三分


 英雄、美咲、スピカの三人は遊戯フロアの談話室にいた。自販機やコーヒーメーカなどが置いてあり、空調設備も充実していて長時間過ごすにはちょうどいい。白い小さなラウンドテーブルに温かい缶ココアを置きながら英雄と美咲は椅子に座った。スピカは近くの壁に寄り掛かったままだ。



「まず今回アカツキの襲撃を指示したのはロシア帝国の皇帝、クリムゾン・ロマノフ・ネバードーンよ」


「じゃあ財団による星詠機関(アステリズム)への敵対行動ってわけ?」



 美咲の問にスピカは首を横に振る。



「どちらも違うわ。クリムゾンはあくまで私的な理由で動いているし、アカツキを襲うこと自体は目的じゃなかった」


「でも現に暁はこうしてひどい怪我を負ったじゃない!」


「ええ。つまり、アカツキが戦いを挑まないといけない状況だったってことよ。彼が大切な人を守るために逃げずに戦うってことくらい多少付き合いがあるならわかるわよね?」



 スピカは英雄の方をちらりと見ながら言った。最初にスピカが日本に訪れてナツキと出会ったとき、ナツキの目的は英雄の救出だったからだ。そして生身で二等級という高位の能力者に戦いを挑んだ。一度はナツキを手にかけた英雄はそのときの感触を思い出し身震いする。自責と怒り、自分の中で一度は清算したはずの感情が再び顔を覗かせる。



「事情は理解しました。つまりロシアの皇帝が黄昏くんの大切な誰かを襲った。現場にいなかったということは連れ去ったのかな。黄昏くんはそれに抵抗したんですね。だから黄昏くんの身柄はあそこに放置されていて、スピカさんは黄昏くんが目を覚ましたら救出のためにロシアに向かうと考えた。だったらボクが……」



 青い眼に光を灯らせた英雄を制するようにスピカは「やめておきなさい」と呟く。止めたのは行動が読めてしまったから。きっとこれ以上ナツキが危険な目にあわないように自分が先んじてロシアまで行ってクリムゾンを倒せばいいと考えたのだろう。



「あなたは私と同じ二等級よね。ねえ、どうして私は直接ロシアに向かわないで日本に寄ったと思う?」


「それは……」


「私たちじゃ勝てないから。実際にあのとき戦ったあなたならわかるでしょう? 平穏な生活のために眼帯をしてうまいこと隠しているようだけど、アカツキの本当の等級を」


「黄昏くんの本当の等級、それは……」



〇△〇△〇



「一等級。それがあの子の本当の能力の強さなんだよ」


「そんな、馬鹿な……。だって眼が黒で……」


「そうだねぇ~。今のあの子の眼は黒い。ところでナナちゃん、一番強い人ってどんな人だと思う?」


「それが何か関係あるの?」


「いいから」


「そりゃ、一番強い能力を持っている奴じゃないの?」



 ナナには無理でも、一等級ほどの能力者ともなれば一個人で核攻撃にすら難なく対処してみせるだろう。大国の軍事力に単騎で張り合うような連中こそ『一番強い人』ではないか。それはナナでなくとも、おそらく大半の能力者の存在を知っている者なら同じように答えるはずだ。



「でも能力を行使できないほど貧弱な身体だったら? 能力の使い方もよくわからないほどお馬鹿さんだったら? 目の前の恐怖や痛みに屈するほどメンタルがペラペラだったら?」


「じゃ、じゃあ、全部優れていればいい」


「うん正解。でもそんな人はなかなかいない。いないなら、作ればいい。サイエンスってそういうものだよね。私は天才だから幼いときからわかちゃったんだ。天才っていうのはね、少ない情報から多くを読み取るんだよ。先見の明でもって、一を聞いて百を知り、足りないものを自力で補うの。時代はいつだって私たちに天才によって進歩してきた。そうやって、自在に未来を創っていくんだ」



 木の棒に石を巻き付けるだけだった石器人の中で、ある天才が石を研磨し鋭く尖らせることで効率性の向上をもたらした。また別の天才が稲作を広めて栄養問題を改善した。さらに別の天才は、ゲノム編集で世界には存在しない動植物を生み出した。


 たとえば食糧問題一つを取り上げてもこれだけ思いつく。もちろん天才の中には偶然の産物もあるだろうし、未来など考えていないことだって往々にある。だが、もしもその天才が意図や狙いを持っていたとしたら。

 それは見方によっては天才が爆発的な人口増加の未来へと誘導したと言えるのではないか。天才の知性がなければ人間は他の野生動物と同じように地上で自然の環の中で生きていただろうに。そして同時にその天才が人類の生物としての覇権、現代社会の人口増加や食料不足といった国際問題をもたらしたと言えなくもない。


 ナナが連想したのはその程度のことだった。いわゆる、天才が時代を作る、という類の、最も卑近な例。それにしたってこんなものは強引なこじつけと発想の飛躍であり、『未来を創る』とういのは比喩的な表現に留まるのではないかというのが本音だ。



「ナナちゃんも日本生まれなんだから『風が吹けば桶屋が儲かる』っていう話は知ってるでしょう? 天才はね、桶屋を儲けさせるには風を起こせばいいっていうのが見えちゃうんだよ。突拍子もないような因果関係の連続性が見たくなくても見えちゃうの。世界の大半の因果律なんて所詮は人間の選択の積み重ねでしかないから、行動を誘導すればどんな未来でも創造できる」


「でも能力も使わずにっていうのはちょっと非現実的すぎるよ。話が飛躍しすぎだ」


「そうかな? 誰だって似たようなことをやってると思うよ。気になってる相手と付き合う未来を創造するために少し露出の多い服を着てみたり、雨に濡れない未来を創造するために折り畳み傘をずっとカバンに入れていたりね。天才はそれをもっと大規模かつ精緻にできるっていうだけ。ナナちゃんたち能力者がもつ『能力』が後天的な体系の特異だとするなら、私たち天才の『才能』は先天的な体系の特異だよ。私はこの天才にだけ許されたカオス理論すら掌握できる特権をバタフライ・エフェクトって呼んでいる。現に私以外にも該当する人は何人かいるしね~」


「じゃあ、暁が一等級だっていう話はハルカがもたらしたバタフライ・エフェクトの影響だって言うわけ? 何か別の理由で能力が発現したわけじゃなくて……」


「私は、ある理由でどうしても最強の能力者を生み出す必要に迫られた。困ったけど、そこはほら、天才だから。私ほどの天才を生んだ両親っていう『風』で一等級の能力者っていう『桶屋の儲け』を創造しただけの話なんだよ。でもここに一つの問題があった」



 空になったビーカーに何杯目かのコーヒーを注ぎ直し、ハルカは続けた。



「どう頑張っても最強の能力と最強の人体は両立しなかったんだ。困ったことに、天才だから不可能なことは不可能だって確信させられちゃうんだよねー。だから私は、それぞれ別々に育成して一つの肉体に宿すことにしたんだ。片方は元々あった一等級の能力者の人格。生まれついての人格だから、本名の田中ナツキって呼ぼうか。それからもう一つ、身体能力、頭脳、センス、あらゆる才能が最高値で、スポンジみたいにどんなことも吸収する天才の人格。人為的に作った方だから、彼自身が名乗った通りそっちは黄昏暁ってことで」


「アタシが知ってる暁は無能力者だけどめちゃくちゃ強くて、実技試験も格闘センスだけで突破した。それはつまりハルカが調整して創造した天才だってことなの?」


「そそ、そういうこと。能力に関しては凡人、つまり無能力者だけど他の部分は人類の理論値を出せるはずだよ。ただ未発達未発展の部分もまだ多くてね。能力と違ってゲットしてはいオッケーってわけにもいかないから。鍛える時間が必要なんだ。だから申し訳ないけど田中ナツキの人格には幼少のうちに引っ込んでもらった。主人格を黄昏暁の方に譲渡してもらわないときちんと頭や体や心が育たないから」


「暁は二重人格で、最強の能力者としての人格と最強の人間としての人格がある……」



 ナナはふらついて実験室の椅子に座り込んでしまった。そんなこと知らなかった。自分が好きになってしまった少年は、きっと黄昏暁の方の人格なのだろう。今まで何度も彼の頭を撫でた。身体を抱き締めた。その感覚が嘘だと言われたかのようで、両手の震えが止まらない。

 次に湧き出たのはハルカの非人道的な発言だ。人間を『作る』とか人格を分けるとか、それは他人がどうこうしていい話ではない。倫理的に誤った考えだ。友人の発言はいくつもの意味を孕んでナナに衝撃を与えた。



「そんなことが、そんなひどい話があっていいわけないだろう! 暁はアンタの弟じゃないか! なのに、どうしてそんな、そんな……」


「今はナナちゃんにその理由は話せない。私がシリウスくんに消されちゃうからね。でも私がそうしないといけなかったのは人類の未来のためだっていうのは信じてほしいかな。私を非難するのは世界の誰だってできるけど、それは世界の滅亡にもつながるんだから。どうしてネバードーン財団はあんな活動を続けているのか。シリウスくんが星詠機関(アステリズム)で何をしようとしているのか。そして、私が子供の頃に気がついちゃったことが何なのか。全ての根っこにあるのはぜーんぶ同じなんだよ」


「消されるなんて……」


「ゴメンゴメン、友達思いのナナちゃんに私が消されるかもなんて言って黙らせちゃうのは少し卑怯だったよね。今のは友達として反省します」


「……それじゃあ、夕華のことを教えてよ。それもハルカの言う創った未来だっていうの!?」


「うん。黄昏暁の人格を育てるには強烈な外部要因が必要だったから。それも田中ナツキの人格による()()()()()()()()の影響を受けないっていう特殊な条件付きの。だから私は幼いときから夕華ちゃんと知り合っておく必要があったんだ。おいおい彼と引き合わせるためにね。恋のキューピッドみたいでしょ?」


「嘘……」



 今度こそ、ナナは血の気が引いて頭が真っ白になる。

 ナナにとってハルカと夕華の二人は親友、人生の宝だった。それなのに、ハルカは夕華をまるで道具のように……。


 出会いは高校だった。ナナはハルカと夕華と三人でいつも行動していて、学校行事の思い出のページにはいつも自分の隣にハルカと夕華がいた。ぐーたらなハルカを支えたり奔放な自分を諫めたりするのは毎回夕華の役割で、そんな関係性がまんざらではなかった。ハルカもそうなのだと思っていた。

 ナツキのこともそうだ。筆記試験を受けに来た日に初めて顔を合わせて、すぐに好きになった。姉のハルカによく似ていて自分らしさを隠さないし、頭が良いし、コーヒー好きだし、何よりも愛らしいところがそっくりだった。彼の憧れの相手が夕華ならば仕方がないと諦めがつくほどにハルカのことも夕華のこともナツキのことも好きだった。大好きだった。


 でも、全部がハルカにとっては天才が幼少期に目論んだ人生規模の計画の一部だったというのか。嘘と欺瞞にまみれた作られた関係性だとでも言うのか。



「だから言ったじゃん。親友としてのナナちゃんじゃなくて弟のお嫁さん候補のナナちゃんに対して話すって。小姑が裏でこんなことしててもあなたはうちの弟を愛せますか? っていう試練だよ」


「ねえ、ハルカ……。アンタにとってはアタシも、道具なの?」


「『アタシ()』って……。別に夕華ちゃんのことを道具だなんて思ってないよ。親友として大大大好きなのは本当だもん。もちろんナナちゃんのこともね。大大大好き。でもナナちゃんが聞きたいのはそういうことじゃないんだよね。……私は幼少期にナナちゃんに会いに行った? 行ってないなら、それが答えだよ」



 唇をかみしめたナナは涙を堪えながら振り絞るようにして。



「ゴメン……少し一人にさせて」



 ただ一言残してどこかにテレポートしていった。ハルカはまた空になったビーカーにコーヒーを注ごうとするが、ポットからもう湯は出ない。まさにちょうど切れたのだ。ナナがこのタイミングで立ち去るのも天才によって創られた未来だとでも言うのだろうか。



「ナナちゃんにはひどいことしちゃったなぁ。親友としては失格かもしれないね……。だけど親友だからこそ、残酷でも真実を知らせてあげる責務がある。そこに天才かどうかなんて関係ない」



 ハルカにとって、それは彼女なりの最大限の友情を示し方だった。ただ、あまりにも不器用というだけで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ