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第106話 最適な助っ人

 キングサイズベッドの天蓋の幕にはキャンドルの火の揺らめきに合わせて一組の男女の影が写っていた。

 皇帝クリムゾン・ロマノフ・ネバードーンと王妃アンナ・ロマノフである。アンナは枕をクッション代わりにして壁に寄り掛かりながらアロマヘアオイルを艶やかな金髪に塗り込んでいる。一メートル以上あるロングヘアなので、その長さの分だけ手入れも人一倍時間がかかるのだ。片やクリムゾンと言えばすでに横になり天蓋の天井を見上げていた。



「ユウカ・ソラカワの能力の等級はわかったのか?」


「あらあら、夫婦の寝室で他の女性の話をするのはいただけませんわね」


「ハッ、抜かせ。それでどうなんだ」


「ええ。カチューシャから連絡がありましたわ。美しい翡翠色の瞳ですって」


「ほう、それは妙だな。死海文書に書いてある通りなら一等級のはずなんだが」


「カチューシャが訝しんでいましたわよ。突然東の遠方の国から怪我だらけの女性が送られてきたんですもの。あなた、何も話していませんのね」


「エカチェリーナは無知である方が愛らしい。そうは思わんか? ……詳しく聞くのは明日にしよう。それにあの死海文書の著者のことも気になるしな」


「そうですわね。全部は明日ですわ」



 ふぅ、とアンナがキャンドルの火を吹き消した。



〇△〇△〇



 日本時間五時三十分 ロシア時間二十三時三十分


 メイドが用意した寝巻に着替えた夕華は電気を消してベッドに入った。さすがロシアと言うべきか、冷え込みは厳しく建物内を出歩くにも分厚いガウンが必要になるほどだ。

 結局、自宅に電話したがナツキは出なかった。どこかに行っているのかもう寝ているのか。携帯電話の番号にかけても結果は同じ。さすがにずっと保健室で寝ているわけがないのでもう帰宅しているはずなのだが……。無闇に心配をかけるのも忍びないので自宅の留守番電話には遅くなるから先に寝ていてとだけ残しておいた。


 エカチェリーナ曰く、医者によって鎮静剤を打たれたので多少の記憶の混濁があるという。たしかにスーパーを出てからのことを思い出そうとすると靄がかかったように不明瞭でぼんやりとした映像になってしまう。たしか帰り道の途中でナツキに……。

 そこでズキリと頭痛が走る。今はとにかくしっかり休んで体力を回復しよう。明日は帰国しなければならないのだから。これ以上エカチェリーナの世話になるわけにもいかない。夕華は言い聞かせるようにして強引に眠りについた。



〇△〇△〇



 日本時間零時五分 ロシア時間十八時五分



「はぁ、はぁ、はぁ、暁! 起きなさいよ! 馬鹿!」


「雲母先輩……」



 美咲は到着してからずっとガラスを叩き向こう側にいるナツキに何度も呼びかけていた。息が上がっている様子から、ここまで走って来たのだということがわかる。廊下にずっと残っていた英雄はかける言葉が見つからない。美咲の想いは英雄自身痛いほどわかってしまうからだ。

 叩く手を止め、痛いほどに拳を握る。爪が刺さって掌に血が滲んだ。



「私……最低だ……。今朝あいつがやられたとき、独り占めした気分になって、ちょっとこれもいいかななんて思っちゃて……」



 ピ、ピ、ピ、と心電図の音だけが病室から漏れ聞こえる。バイタルは安定していて、苦しそうな声も上げていない。それでも肌がほとんど見えないほど腕や顔に包帯がぐるぐるに巻かれている姿からは重症であることが嫌というほど伝わってくる。ドン、とガラスを殴った美咲が英雄に尋ねる。



「ねえ、誰なのよ……。誰があいつをあんなふうに!」


「わかりません。たぶんナナさんは調べに出てますけど、手がかりもないんじゃどうしようも……」


「じゃあ暁が起きるまで、ここで指を咥えて見てろって言うのっ!?」



 美咲の慟哭が廊下に反響する。英雄は何も言えない。英雄だって大好きな友達が傷つけられたのに何もできないことがもどかしい。犯人への怒りは収まらない。美咲とて声を荒げたところで意味がないこともそれが八つ当たりに過ぎないことも自覚している。でもそうせざるを得ない。身を裂くような激情のやりどころが見つからないから。

 二人の間に再び沈黙が降りる。今はただナツキは治るという医者の言葉だけが救いだった。それだけが英雄と美咲の二人を正常に保つ唯一にして最大の沸騰石なのだ。


 そこに、カツン、カツン、と足音が響く。廊下の暗がりの向こうに人影が見えた。足音からして女性だろうか。英雄と美咲はてっきりナナが戻ってきたものとばかりに思っていた。しかし、二人にかけられた声はナナのそれではない。



「美しくないわね。本当にアカツキのことを想う気持ちがあるならただ信じなさい。怒りや復讐は悪いとは言わないわ。でも生きている人のための弔い合戦なんて非理性的な暴力の言い訳にしかならない」


「あ、あなたは……」


「結城、知り合い?」


「それにしてもハダルの言った通りになってるわね。何もかもアイツの掌の上なのかしら。私、アカツキがいつの間にか星詠機関(アステリズム)に入ったなんて聞いてなかったし……。まあ気乗りはしないけれど、こうしてまた日本に訪れることができたからチャラにしといてあげようかしら」


「スピカさん……」


「ええ。久しぶりね」



 来訪者の正体。それは白銀の少女だった。



〇△〇△〇



「誰よあんた! あんたに暁の何がわかるのよ!」


「あなた、見たことあるわね。たしかミサキ・キララ。アメリカでも結構人気よ。特に声が美しいわ。アーティストにとって最も必要な表現力は充分に世界レベルに到達している」


「あ、ありがとう……」


「評価すべきものを評価しないのは私の価値観に悖るから」



 スピカにつっかかった美咲だったが、想定外の誉め言葉を受け取ってしまい毒気が抜かれてしまった。ファン対応に定評のある美咲にとって自分の音楽を聴いてくれた相手を蔑ろにするような態度は取れない。



(すっごく綺麗な人。私も芸能界でいろんな女優さんやアイドルを見てきたけど、こんなに外見も気品も美しい人ははじめてかも……)



 美咲が圧倒されたのは容姿だけでなくオーラ。もちろんスピカの白銀のロングヘア―は見る者を惹きつけるが、それ以上に立ち振る舞いや姿勢、発声など、ノンバーバルなすべてが魅了してくる。

 気圧されそうになるのをぐっとこらえる。美咲だって負けてはいない。身長こそスピカより低いが胸の大きさや周囲にどう見られているかという自己客観視の能力は秀でている。それを自信に変えてスピカへ言い返した。



「スピカって言ったかしら。私はあんたを知らないわ。あんたが暁の何なのかも」


「そうね……。アカツキが私にかけてくれた言葉をそのまま引用するなら『大切な人』かしらね」


「なっ……」


「え?」



 驚愕のあまり固まってしまった美咲と、さすがにナツキとスピカの関係性についてそこまでは知らなかったために耳を疑った英雄。



「でもね、きっとアカツキは自分のために怒ってくれるあなたたちのことも大切な人だって言うと思うわよ」



 そこで美咲もハッとした。スピカの言う通りだ。でなければ、ナツキが今まで自分にしてくれた様々な努力を疑うことになる。

 ナツキに美人の知り合いがいるだけのことで頭に血が上っていた。今はそんな無意味な諍いをしている場合ではない。スピカが相手であってもただ自分は自分らしく彼への想いを胸にいだいて堂々としていればよいだけだ。



「……スピカは、今回の件について何か知っているの?」


「ハダルから話は聞いてきたわ。どこまでが真実かわからないけどね。でももし本当なら、この後アカツキには案内人が必要になる。だから私が派遣されたの」

多くの方々からブックマークをいただいて、本当にうれしいです。ありがとうございます!!

また、本編にあります夕華の眼の色については第一話の時点で描写しておりました。わかりにくいまま引っ張ってしまって申し訳ありません。


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