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第105話 抱いた違和感

「最適な子って……ハルカ、アンタ何か知ってて」


「まあまあナナちゃん。そう焦らないでよ。ほら、来るのを見越してナナちゃんの分も用意しておいたから」



 そう言ってハルカはコーヒーを(から)のビーカーに注ぎ手渡した。湯気がビーカーに結露をつける。

 ハルカのマイペースな言動は今に始まったものではない。公私ともに付き合いの長いナナは別に喉は乾いちゃいないが受け取ったコーヒーを半分ほど一気に呷った。

 コーヒー好きなところは姉弟でそっくりだ。だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。



「ナナちゃん、焦っても仕方ないよ~。ナツキならあと十二時間と二十三分十五秒経過しないと目を覚まさない。それにテレポートの能力があるなら向こうで待っていたってここにいたって同じことだよね。だったらここで私の雑談にでも付き合った方が有意義さ」


「……もう一回聞くよ。ハルカ、アンタは事情をどこまで知ってるのさ。夕華は無事なのか!?」


「うん、無事だよ。無事だけど、ナツキは起きたら夕華ちゃんを助けに行くだろうね」


「助けに行くって、どこに」


「ロシア」


「は? ロシア?」


「そう。ロシア帝国。あ、でもでも今は行かない方がいいかなぁ。今回の首謀者相手じゃナナちゃんが死んじゃうから」


「ロシアってことはネバードーン財団の総本山じゃないか! そんなところに夕華が捕まってて、暁も行くなら、アタシだって手伝いに……」


「財団の話は半分正解で半分不正解かな。少なくとも彼はネバードーン家の者としてではなく個人として命じているしね~」



 ハルカは飲み干してしまった自分のビーカーにコーヒーを注ぎ足す。



「それから、ナツキ……ナナちゃんに合わせて黄昏暁の名前で呼ぼうか。その方があの子の人格的にも正しいしね。本来のナツキの人格はちょっと隠れちゃってるから。黄昏暁なら、心配はいらないよ。少なくともナナちゃんよりも強いし」


「た、たしかに暁は身体能力も格闘技能も作戦順応力も全部高水準だ。無能力者なのに、能力者相手に一歩も引けを取らない。でも無能力者は無能力者だよ。いくら暁でもアタシが勝てないような相手に勝てるわけ……」


「ナナちゃん、あの子のことが本当に大好きならあんまり侮らない方がいい」


「それってどういう……」


「聞きたい? そうだね。うんうん、私の親友の一人としてのナナちゃんじゃなくて、私の弟のお嫁さん候補の一人としてのナナちゃんには話そうか。田中ナツキであり黄昏暁であるあの子のこと。ついでに私たちの大好きな夕華ちゃんのこと。長いけど聞いていきなよ、何せ時間は十二時間もあるんだから」


「でも医者は完治まで一日から二日って……」


「私と医者のどっちを信じるの?」



 希代の天才にそう言われては何も言い返せない。残ったコーヒーを一口に飲み干したナナもハルカと同じようにコーヒーを注ぎ足した。



〇△〇△〇



 新曲の収録を終えた美咲はタクシーを自宅付近の路上で降り、そこからしばらく徒歩で帰宅していた。自宅前までタクシーで行かないのは万が一にも情報が漏れないようにするためだ。

時刻は夜の十時を過ぎ、夏と言えども少し肌寒い。セミの声は無く、風が吹くのに合わせてざわざわと木々が揺れる音のみが聞こえる。

 夜空を見上げればまん丸な満月が出ていた。それを見ているとどういうわけか、美咲はナツキのことを思い出す。特に今朝の姿を。



(初めて見たわ。暁がやられてるところ。ふふ、でも私の膝で眠ってる顔はかわいくて、ちょっと嬉しかったな)



 実技試験も、その後星詠機関(アステリズム)に入ってからの任務も、美咲はいつもナツキに助けられてきた。美咲の能力は音を増幅するものであり、味方含め周囲の人や物にも被害を出してしまう。専用のスピーカー銃をオーダーメイドで作ってもらったが、今まで銃なんてエアガンすら握ったことのない彼女にはまったく勝手がわからなかった。

 今朝もそうだ。ナツキは鳥男にやられた。もし自分がもっと早く鳥男を撃ち落としていれば、そもそもナツキが追い込まれるような事態にはなっていなかったはずだ。


 そして美咲にとって、ナツキが今朝のように殴り飛ばされている姿は意外だった。自分は弱い。ナツキは強い。だから意識を失ったナツキを見る機会などそうはなく、そんな彼を独占しているような気さえしてしまったのだ。



(暁はいつも能力すら使わないで他の人たちを圧倒して、私のことを守ってくれて助けてくれて……そう、ヒーローみたいな男の子なのよね)



 美咲の頬は髪と同じように真っ赤になった。体温が上がるのを感じる。歩くスピードが無意識に早くなる。



(でも不思議なのよね。たしかに能力を使わなくても強い。だけど、ただの中学二年生がどうしてあんなにたくさんの格闘技とか武術とか身に着けてるんだろう……)



 思い返せば異様な光景だった。傭兵経験のある夏馬と一対一で戦闘を繰り広げたとき傘やナイフを巧みに扱いながら対等に渡り合っていた。本物の戦場を経験している相手に、まだ体も出来上がっていないような子供が勝ってしまうなんて。

 身体能力だけでなくあらゆる戦闘に関するセンスが卓越し人並み外れていた。訓練も積んでいないような普通の子供がどうして?



(ま、いっか。強い分には困らないもんね。暁にはこれからも一生私の人生の付き人として私を守ってもらうんだから!)


 

 気を取り直し、心はスキップしながら帰宅した。

 そして着替えも済ませてリラックスした状態でリビングのソファに横になる。友人から、というよりもナツキからメールが届いていないかスマートフォンをチェックした。レコーディングの仕事のときは歌に集中するため電源を切っていたためだ。


 一通のメールが来ていた。差出人は結城英雄という、星詠機関(アステリズム)での上司であり学校の後輩。不仲なわけでもないし学校が同じという身近な共通点こそあるが、別に普段から連絡を取り合うような仲ではない。だから多分プライベートな内容ではなくて星詠機関(アステリズム)での仕事に関するものだろうと推測する。

 しかし、その予測は悪い方向に裏切られることとなる。



『黄昏くんが重体、意識がなく、全身に火傷と裂傷。今は日本支部の医療フロアで眠っています。お医者さんによると──』



 美咲は最後まで読まずに自宅を飛び出し、タクシーを拾って日本支部に向かった。

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