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第104話 日露の時差は六時間

「ほら、皇帝様。任務は達成したぞ」


「キリルくん、陛下にそんな口の利き方は……」


「構わん。俺は結果を出す者が好きだ。与えられた使命を果たした以上は無碍にせんからな。なあ、アンナ」


「そうですわ。子供であれ大人であれ、男であれ女であれ。有能ならば適材適所なんでも使う。それがあなたですもの」


「ああ。だから貴様の無礼も不問にしよう」



 謁見の間にて。クリムゾンとアンナの二人は階段の上にある玉座に座りダリアとキリルの二人を見下ろしていた。キリルは肩に担いだ袋を床に放り、用件は済んだとばかりに退室する。それをダリアも追いかけた。



「おい、その袋を開けろ」



 指示された甲冑姿の衛兵は槍を置き、袋のジッパーを開く。その中に横たわるのは意識の失った夕華だ。飛行機の中で舌を噛まないように口にハンカチを噛まされている。



「ほう。写真で見るよりも随分と麗しい女じゃないか。だが、いささか汚れているな。無傷で、と伝えてあったはずだが?」



 夕華は両足首を捻挫して青く変色しているし、キリルの爆破の能力を受けて倒れたナツキの守るために地を這って泥だらけになっていた。



「ああ。だから無傷だろう。俺たち軍人にとってその程度の捻挫は怪我のうちに入らない。それとも軍人じゃない皇帝様はそれくらいのことで痛がるのか?」



 あまりに不遜なキリルの態度にダリアの心臓はハラハラする。あわあわとクリムゾンに何と言い訳をしようかと慌てふためいているが、それは豪快な笑い声によってかき消えた。



「ハッハァァハァッハッ! 面白い! 俺が貴様の咎を謗るのは簡単だ。だがそのためには俺が俺自身を軟弱者だと認める必要がある」


「一本取られましたわね、あなた」


「ああ。おいお前、後でこの二人に褒美を持っていけ。間違いなく任務を完遂してみせた二人のロシア帝国軍人にな」



 甲冑の衛兵は頷くように頭を下げながらその場で跪いた。

 しかし、キリルを咎めないと言っても夕華が多少の怪我を負っているのは事実。視線でクリムゾンの意図を察したアンナが先読みして言う。



「カチューシャを呼びますわ」


「そうだな。世話は世話好きに任せるのが一番良い。ハッ、これも適材適所さ」



 クリムゾンは赤い眼を細くしにんまりと笑った。



〇△〇△〇



 ヒュン、と突如として路上にナナが現れる。日本支部のビルから能力によってテレポートしたのだ。それはナツキの自宅前。同時に、夕華の家でもある。ナナの手には画面がついたままのスマートフォンがある。



『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないため……』



 ナナはまず、夕華にナツキのことを連絡するつもりだった。事実上の保護者が夕華だからだ。ナナと夕華の共通の知人にしてナツキの姉であるハルカからは以前より『夕華ちゃんに能力の話はしないで』と釘を刺されていたが、ナツキの容態があれでは帰宅も困難で、まったく何も知らせないというわけにはいかない。

 そしてこの際、別に能力者の話をしてもかまわないと思っていた。夕華の周囲には自身やハルカ、ナツキなど、能力に関わる人物が多くいる。それを隠し通すことは困難だしナナとて友人に嘘をつき続けるのが平気なわけではない。

 

 ところが、電話は通じない。メールの返信もない。いきなり自宅内にテレポートしても驚かせてしまうので自宅前まで跳んでからインターホンを押すも、まったく応答はない。ナツキを探しに出ているのだろうか。だったら、なおのこと情報が入ってきたときの連絡手段である携帯電話が通じないのは不自然だ。



(夕華がどこにもいない。さらに言うと、英雄によれば暁が倒れていた現場は自宅からそう遠くない場所だった。それに、暁が逃げてないのも妙だ。あれだけの大怪我を負う前に離脱することもできたはずなのに、そうしていない。つまり身を挺してでも守りたいものがあった。暁にとって一番大切なのは──)



 実技試験をほぼ無敗で突破し、この数週間も能力者相手に負けなしだったナツキが逃げる間もなくやられていたこと。夕華とまったく連絡がつかないこと。独立した事象と考えればどちらも不自然極まりない。

 では、もしもその二つが関連していたら。点と点がつながっていく。



「だったら、暁を襲った連中が本当に狙っていたのは……」



〇△〇△〇



 バージニア州、アーリントン。アメリカ国防総省本部、ペンタゴン内のとある実験室で、星詠機関(アステリズム)バージニア支部支部長兼二十一天(ウラノメトリア)メンバーであるハダルはモーニングコーヒーを味わっていた。マグカップではなくビーカーで。


 窓一つない実験室は常時電灯がついているため時間の感覚は希薄になる。特に彼女のようにこもりっぱなしの場合は朝晩の区別さえつかなくなることも珍しくない。そのため、何度目かのコーヒーでも時計を見て朝だと思えば『モーニングコーヒー』と名付けるのだ。少しでも時間経過を感じるために。

 そしてそれはモーニングコーヒーの三口目を飲んだときだった。



「いらっしゃい、ナナちゃん。おはよう……じゃなくて、アメリカの東海岸と日本は十四時間の時差があるからそっちは夜だね。こんばんは」



 実験室、ハルカの目の前の空間に突如として一人の女性が現れる。ナナがテレポートしてきたのだ。

 挨拶もそこそこにナナはハルカに話始める。



「ハルカ、アンタの頭脳を借りに来た」


「うん。知ってたよ。夕華ちゃんのことと、あの子のことでしょ? 大丈夫だよ。もう既に最適な子を向かわせたから」



〇△〇△〇



「本日の夕食は白インゲン豆のトマト煮込み、甘海老のスープ、仔羊のローストでございます。デザートは最後にお出ししますのでしばらくお待ちください」


「あ、ありがとう」



 恭しく頭を下げて銀色の台車を押しながら部屋を出て行ったメイドを夕華は見送る。目の前では高級なフルコース料理がシルクのテーブルクロスの上に広がっていた。細長いテーブルの端に座らされた夕華の向かい側には金髪を肩口で切りそろえた女性が座っている。自分と同じで二十代の前半くらいだろう。



「色々と状況が飲み込めないだろうが、何も食べないのは身体に悪い。あ……毒の類を警戒しているのか? 気になるなら私の皿と交換しても……ふむ、それでも私だけが解毒剤を持っている可能性もある。どうしたものか」


「いえ……いただきます」



 十五分ほど前。夕華が目を覚ましたのは大きな個室だった。美しく高級感のある調度品の数々は庶民である夕華にとってまったく価値の想像つかないものばかりだ。

 身に着けている服は学校に着て行っていたレディーススーツから純白のドレスになっており余計に夕華を混乱させた。また、()()()足首を痛めていて包帯が巻かれている。随分と丁寧な医療処置を施されたためか、軽く引きずりながらではあるものの歩くのに支障はない。


 目が覚めてしばらくするとメイドの女性が部屋をノックし、返事をすると夕食の用意ができたとここに案内されたのだ。


 服装や言葉遣いから考えてこの金髪の女性がこの宮殿のような建物の主なのだろう。どこかで顔を見た記憶もあるが思い出せない。

 しかし悪い人ではなさそうだ。学校という職場で教員、保護者、生徒と大勢の人間の人相を見てきた自分が直感的にそう思っているのだから間違いない。最低限のテーブルマナーは心得ているので、食事に手をつけることにした。

 ナイフで切りフォークで一切れの仔羊のローストはまったく歯や顎に負担を与えない。少なくとも普段スーパーで買ってきてナツキと二人きりの食卓で味わうような肉とは格が違う。この肉だけでも中学校教師の給料何カ月分になるのだろうと想像すると血の気が引いてくる。



「あの、ここは一体」


「クスコヴォ、私の小宮殿だよ。ああ、そういうことじゃないか。ここはロシア。北の大国、ロシア帝国だ。自己紹介がまだだったね。私はエカチェリーナ・ロマノフ。一応この場の主ということになる」


「ロマノフ……王妃アンナ・ロマノフの」


「ああ。アンナ・ロマノフは私の実姉だ」



 ロシア西部と日本の時差は六時間で、飛行機での移動は九時間。仮に学校を出てスーパーで買い物を終えたのが夕方の六時だとして、ただちに飛行機に乗せられていた場合、九マイナス六で三時間のプラス、大体夜の九時頃ということになる。

 やはり気になるのはどうして自分がロシアに連れてこられたのかという点。無意識に自分で来てしまった、なんてことはないだろう。ロシアになど用事はない。



「理由はわかりかねますが、まずはこのような歓待に感謝いたします、姫君殿下」


「姫君殿下なんてやめてくれ。私はそんな立派な人間じゃない。そも、ユウカ・ソラカワ、きみは私とそう年齢も変わらないはずだ。もっと気軽に呼んでくれていい。あまり同年代の女性と話す機会も多くないからな。ぜひともきみとは友誼を結びたいものだ」


「それではエカチェリーナさん、と呼ばせていただきます。エカチェリーナさん、私はどうしてロシアに?」


「それが私も詳しいことは聞いていないんだ。皇帝のクリムゾンからいきなり東方の国の謎の女性、つまりきみが送られてきて、世話をしろと言われてな。怪我をしていたから私の能力を使おうとしたのに効き目がまったくないときた。仕方ないから医者を呼んだよ。医者に会ったのなんて何年ぶりだったかな」


「能力……?」



 そういえばナツキも似たようなことを言っていた。失礼な話だがもしかしたらエカチェリーナもナツキと同じで中二病なのかもしれない、と考えてしまう。

 怪我の謎。ロシアに連れてこられた謎。エカチェリーナの発言の謎。頭がこんがらがる。



「そうそう、私が直接目にしたわけではないが、起きたときのきみは錯乱気味だったらしい。医者がすぐに鎮静剤を打ったから記憶の混濁があるかもしれない。医者によればそれも落ち着けば戻るとのことだ」



 食べる手を止めた夕華は不安な表情を浮かべていた。事情がさっぱりわからない。とりあえずは日本に帰ることを考えよう。教員の仕事を無断欠勤するくらいなら自分が怒られれば済む話だがナツキに心配をかけてしまうのは良くない。



(スマートフォンも服と一緒になくなっていたけれど、エカチェリーナさんに後で電話を借りましょう。国際電話って通じるかしら……)


「ユウカ、何が何だかわからないだろうが、私はきみの敵じゃない。今はここでゆっくりしていくといい。クリムゾンは気まぐれな男だからな。明日になったらケロッと日本に帰してくれるかもしれない。私もそのように取り次いでみるよ」



「ありがとうございます……」



 食後、エカチェリーナは夕華に部屋でゆっくり休むように勧めた。電話を借りたいと申し出たら快く許諾をもらえ、メイドに持って行かせるとのことだった。改めて礼を言った夕華は包帯の巻かれた方の足に負担をかけないように気を付けながら歩いて与えられた個室へと戻るのだった。

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