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第103話 病院のベッドで爆弾を抱いてた頃

「これだけ充実した部屋だと自宅に帰る必要ないんだよねえ」



 支部長の分の事務仕事も終わらせたナナは椅子の上でぐったりしていた。一応日本支部に配属されることが決まってバージニア支部から引っ越してきたときは近くにマンションを一部屋借りていたのだが、仕事の忙しさ以上に星詠機関(アステリズム)の支部というどデカいビルの一室という高級感の塊のような場所から帰る気になれなくて、結局ほとんど自宅には戻らず支部に居ついてしまっていた。

 この一部屋にキッチンに冷蔵庫、風呂や洗濯機、生活に必要なものはすべてそろっている。副支部長という肩書に感謝するしかない。



(今日は学校あるってわかってたのに暁には無理させちゃったな……。美咲の報告だと初めて敵にやられたところを見たっていうし)



 また昨日のように遊びに来てもいいようにお菓子を補充しておかねば、と冷蔵庫の中身をチェックしていたときだった。ドンドン! とドアを叩く音が鳴る。



「ナナさん! ボクです! 結城です!」


「支部長サマがこんな遅くにどうしたのさ……って、暁!?」



 ドアを開けると、そこにはナツキを背負った英雄が立っていた。それも全身傷だらけだ。



「医療フロアってどこでしたっけ!」



 切羽詰まった様子の英雄に返答する間もないままナナは急いで英雄を別の階に案内した。



〇△〇△〇



 星詠機関(アステリズム)の日本支部はあまりに巨大な高層ビルである。周囲に匹敵する建物が存在せず景観として明らかに浮いてしまっているくらいには。では職員が何千人もいるのかというと、そうでもない。現にニューヨーク支部のスピカは全職員を引き連れて支部を移転させたが、こじんまりとした建物だ。

 つまり職員のワーキングオフィス自体はワンフロアからツーフロアもあれば充分ということになる。では何故にして大半の支部は巨大なのか?

 

 少なくとも日本支部においては。例えばあるワンフロアはジムやプールになっている。また別のワンフロアはダーツやビリヤードなどの遊興娯楽施設になっている。さらに別のワンフロアは訓練を詰めるような特訓器具や簡易リングが存在している。

 そしてそのうちのとあるワンフロアは、否、大規模ゆえに都合スリーフロアは、丸々医療施設になっていた。対能力者組織である以上は通常の対人戦では考えられないほどの大怪我を負うことも充分に想定される。そのため外科を中心に世界最先端の医療器具、医術研究論文が用意され、医者、研究者もまた常駐していた。


 医療フロアの廊下。ガラスの向こうではチューブと呼吸器をはめられたナツキが眠りについている。こちらから様子を見ることはできるが絶対安静のため中には入れない。



「ごめんなさいナナさん……。ボクがもっと早く気が付いていたら黄昏くんは……」


「アンタのせいじゃない。むしろよく見つけてきてくれたね。もしアンタがいなかったらアイツは、暁は手遅れになっていたかもしれない」



 女性ものの袴を纏い、明らかに少女にしか見えない彼の名前は結城英雄。ナツキにとっては最初にして唯一の友人である。涙ぐんでいるところにナナによって慰められ、とうとう自身への無力感から心が決壊し泣き出してしまった。見かねたナナがハンカチを貸す。



「ほら、拭きな。アンタが泣いていたら暁も悲しむだろう」


「……グスッ……ありがとうございます」


「それよりも、だ。支部長サマは暁をこんな目にあわせた輩の姿は?」


「み、見てません。だからたぶん相当の時間が経っていたと思います。ボクが京都から帰って来たのが午後の九時頃で、終業式が終わった後に訊いたら空川先生がナツキは保健室で寝てるって言ってたから少なくともたぶん午後の四時くらいまでは学校にいたはずで……」


「最長で五時間ってわけか。それだけあれば逃げられてる可能性の方が高いね……」


 結城英雄の本来の所属は京都において日本の国家元首である聖皇を守護する授刀衛(じゅとうえい)だ。それも短期間で一定の地位にまで引っ張り上げられた。その上で派遣され星詠機関(アステリズム)日本支部の支部長を務めている。結果として東日本と西日本の二重生活になっていて、学校がある間はこちらにいるが放課後は基本的に京都にいるのだ。そして夜にまた戻ってくる。尤も移動時間は能力のおかげであってないようなものなのだが。

 

 そうした事情でいつもナツキの近くにいられないことは英雄本人もナナもわかっている。わかっていてなお英雄は自身を責めることを止められなかった。



「アクロマ・ネバードーンのときもそうでした。ボクはいっつも遅くって、大好きな黄昏くんのピンチに助けになってあげられない……」


「あれもアンタのせいじゃないだろう。潜入されていたことに気が付かなかったアタシや牛宿の不手際でもあるんだから。そういちいち気に病んでいたら身体がもたないよ」



 身体がもたないナナの発言は、しばらくナツキが起きないという前提のものである。それを説明するためちょうど廊下の奥の診察室からカルテを纏め終えた医者がやって来た。白衣を着た、ボサボサ頭の若い男性だ。



「黄昏暁さんのお姉さんと彼女さんですか?」



 一つも正しくないどころかこっちは支部長と副支部長なのだが顔も知らないのだろうか、とナナは頭を抱えそうになる。支部で雇っている医者たちには能力のことは説明せず国連の機関のひとつとしか話していないので、支部長云々も所詮は顔も名前もどうでもいい無関係な上司くらいの認識なのだろう。

 医者以前に社会人としてどうかとも思うが、もちろん優秀な人材しか雇っていない上にきちんと莫大な報酬は与えているので、ある意味ではカネを通して社会人としてドライな関係は充分以上に構築できている。



「え、ええっと、ボクまだそういう関係になるのは早いかなぁって、あ、でも黄昏くんがどうしてもって言うならボクは全然やぶさかじゃないっていうかむしろ大歓迎でいつでもお嫁に行く準備は」


「はいはい落ち着きな。それで、容態はどうなのさ。もちろん治せるんだろうね」


「ええ、まあ。まずは全身の火傷。それから何かの破片による大量の裂傷。成分を検査に回したらアスファルトでしたね。あとは骨折が複数個所。そうそう、鼓膜も破れてました。彼、爆弾でも抱き締めたんですか?」


「爆弾か……。一般人の可能性と能力者の可能性の両方があって断定はできないね」


「そうですね」



 ナナと英雄の会話の内容を聞き流しながら医者は頭をガシガシ描きながら続ける。



「ま、ここのわけわからんほど世界最高水準な設備で薬漬けにすりゃ全部治りますよ。後遺症もなくね。ざっと一日二日もらえれば」


「ああ。今この建物にある薬品も施設も全部好きなだけ使ってくれていい。だからアイツを救ってやってくれ」


「了解です。これでも僕は医者なので。担当した患者は救ってみせますよ。それじゃ、また」



 医者はカルテを振って別れを告げ、ナナたちに背を向け再び廊下の奥に戻った。どこか掴み所がなくテキトーな口ぶりの人物だが、こうしてすぐにナツキへの処置を考えるため無駄話もせず行動に移るあたりはプロだ、とナナは珍しく感心する。職員の勤務態度を見るのもまた支部長・副支部長の役目である。



「アンタはどうする?」


「ボクは……。本当だったら黄昏くんをこんな風にした奴をぎったんぎったんにしたいです。だけど……今は手がかりがありません。手がかりを探す術もありません。だから待つことにします。ここで黄昏くんが起きるのを待って、話を聞きます。それに黄昏くんって結構寂しがり屋さんなんですよ。目を覚ましたときに誰もいないんじゃ可哀想ですから」


「そ。わかった。アンタの言うことも一理ある」



 苦しそうに、それでも笑って見せた英雄の肩にぽんと手を置きもっとリラックスしろと伝える。そしてナナも英雄を置いてその場を立ち去った。



(アタシはアタシのできることをやる。暁をボコった奴を許せないって気持ちは一緒だからね)

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