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第1話 中二病は電気能力者の夢を見るか

 鉄骨や(ひび)割れた窓ガラスの隙間から妖しい満月が向かい合う二人を煌々と照らす。


 夜の廃工場で立ち合っているのは、腰に日本刀を()いた中学生ほどの学ランの少年と、ポケットに両手を突っ込んでいる白いパーカーを着た青年。両者は奇しくも黒と白という正反対の格好だ。

 その間合いはおよそ十メートル。居合の達人ですら一足一刀では届くまい。

 何秒、何分経っただろう。両者は互いに視線を合わせたまま動かないでいた。


 ピンと張りつめた空気が少年の肌を刺す。音はなく、夜風さえ吹いていない。少年は右手をそっと柄に添える。鞘を握る左手には脂汗が滲んでいた。


 雲が月を隠す。一瞬の翳り。そして少年が親指で鍔を押し上げ、抜刀したのはまさにそれと同時だった。


 狂いのない抜刀モーションから放たれた刀身は月光を反射しながら静寂を穿ち、剣圧となって青年に襲い掛かる。

 この少年剣士に間合いは関係ない。剣圧、すなわち鞘の内で刀身を加速させ、抜刀の瞬間に空気ごと切り裂く衝撃波として放出するのだ。

 空に浮かぶ月に負けじと光輝く様子はさながら地面を削り取る三日月の疾走。彼らの身長の二倍程度あろうかというその三日月型の剣圧の軌跡はわずか数瞬の間で青年の正中線を切り裂かんとしている。



 刀身の閃きを確かに視界に収めた青年は、それでもただニヤリと楽しそうに笑うのみだった。まるでその狂った笑顔が合図になったかのように青年の全身を電雷が包む。

 バチッ、バチバチバチッッッッッ!!!!

 この戦い、そして対面する黒い少年剣士に歓喜するかのように、青年の周囲では稲妻が舞っていた。

 

 かの少年渾身の剣圧が到達する頃には既に青年の姿はその場にはなかった。少年はそれを目視するまでもなく咄嗟に手首を返しながら後ろを振り返り、切っ先を地面に向けて受け身の体勢を取る。


 経験。危機感。脊髄反射。動物的本能。

 防がねば、即、死。


 青年は周囲に電撃を迸らせながら少年の背後に回っており、少年の首を刈り取ろうとハイキックを放った。

 曰く、人体とは電気信号によるタンパク質の運動の連続である。電気をその身に纏う青年が常人離れした動きを見せ、まばたきをするより疾い剣圧を躱せたのもまた必然であった。


 刀身を盾代わりにしキックの勢いを多少は殺したが、それでも少年は工場の奥へ奥へと吹き飛ばされた。粉塵を巻き上げ、廃材やコンテナをいくつもなぎ倒し、そしてようやく止まる。

 もし防御にまわるのが一秒でも遅れていたら……。頬を冷や汗が伝う。

 この電気系能力者の青年相手には一瞬たりとも気が抜けない。それを再確認した少年は刀を地面に突き刺し、なんとか立ち上がる。


 粉塵の中では人影がゆらゆらと揺れている。追撃はたちまちに来るだろう。すぐさま刀を納め、再度抜刀の構えを取らねばならない。歯を食いしばり肩で息をしながら納刀。腰を落とし、粉塵の中の影を見据える。


 砂煙や土埃を切り裂くように何かが飛び出してきた。粉塵から姿を現したのは青年ではない。

 鉄骨、コンテナ、スパナ、ネジや釘、一斗缶に鉄パイプ、さらには工場の壁や屋根に至るまであらゆる金属塊が少年を取り囲むようにし風を切りながら縦横無尽に降り注ぐ。金属の雨……いや、もはや嵐だ。

 舞い上げられたものは自由落下し、真正面で急加速してきたそれらは濁流のように少年を飲み込もうとしている。逃げ道はありそうもない。


 少年は顔を顰めひとつ舌打ちをするとカッと目を見開き抜刀し眼前のコンテナを円形にくり抜いた。

仕方がない。間隙がないのなら己の手で作る。

 強引に生み出した抜け道をジャンプして通り抜けると雪崩のような金属をまた踏み台にしてさらにジャンプを繰り返し、いなしていく。縦に落ちる鉄骨には垂直走りで対応し鉄パイプは真っ二つに一刀両断して左右に退いてもらう。


 廃工場は轟音を立てて跡形もなく崩れ落ちた。

 満月の下に二人の姿が晒される。工場の残骸を不安定ながらも足場にし、またも両者は向かい合った。


 少年は難敵を前にし、それでも勝利を望んでいた。

 相対してからわずか数分にして体力と精神力を大きく削られたことは激しく上下する肩を見れば明白だろう。だが少年の双眸は依然としてたしかに相手を射抜いている。

 

 大前提として。

 抜刀術とは連発するものではない。防御や受け身をすべて犠牲にする代わりに、精神を極限まで研ぎ澄ませ速度と威力を最大にした必殺の一撃が本来の姿である。

 また、言うまでもなくあくまで剣戟という物体移動の物理現象である以上は直線的にしか動かない。初撃で敵を落とせなかった時点で既に勝敗の天秤は大きく相手に振れてしまう。


 ──だからどうした。


 少年はあきらめない。挑んで勝てないのならもう一回。百回挑んで届かないなら百一回。何度でも愛刀の柄を握りしめよう。この男には絶対に負けるわけにはいかない。


 青年は腕を突き出し掌を少年に向けた。電雷はバチバチと鳴りながら絶え間なく青年の周囲を弾けては消え、弾けては消え、と繰り返している。そのいくつもの小さな(いかずち)が青年の肉体を滑るように或いは走るように移動し、腕を通って掌に集約されていく。

 

 少年は瞑目した。お互い、これが最後の一撃になるだろうという予感があった。

 足は肩幅ふたつ分に開く。脇を締め、腰を落とす。鞘を支える左手は女性を扱うように繊細に。柄を握る右手は岩をも砕くほど剛毅に。心に戴く景色は凪いだ水面(みなも)の如く……。


 ──ビュンッッッ!!!!


 少年の抜刀の閃きが世界から夜を切り離す──


〇△〇△〇


 どこにでもあるような街のどこにでもあるような公立中学校のどこにでもあるような教室。

 このクラスの担任でもある空川(そらかわ)夕華(ゆうか)は英文の音読を中断し、コツンコツンと甲高い足音を立てながらひとりの生徒の席へと歩いて行った。

 女性であっても屋内ではスニーカーを履く教員が多いと言われるなか、スーツのよく似合うこの女教師はヒールの高いパンプスを履いているようだ。



「……」



 五月も半ばに差し掛かろうとしていた。今朝の大雨が嘘であるかのように雲一つなく晴れ渡り、晩春の陽光を学ランの背中いっぱいに受けて一人の男子生徒が微睡んでいる。

 夕華は彼の前で立ち止まり、じっと見下ろした。



「ぐっ……」


「……」


「がはっ……」


「……」



 一体どんな夢を見ているのか。さっきから奇妙な呻き声を発している男子生徒を訝し気に黙って見つめ続ける夕華は眉をひそめた。そんな担任教師の気など知るはずもない男子生徒の寝ぼけた脳みそは依然間違いなく能力者との戦闘を夢想している。


 ──そう、この一刀であいつを……!


 誰しも高いところから落ちる夢を見たときに足がビクッ、ガクン、と痙攣を起こしたことがあるだろう。彼の脳はまさに同様の錯覚状態にあり、抜刀のイメージの通りに身体を駆動させようとしていた。

 まして、正面には目下誰かが立っているわけで。その気配によって眠りが浅くなりつつあった彼はガバッと起き上がると同時に、右手で握る日本刀……ではなくシャーペンを眼前の人物に放った。



「……教師に筆記用具を投げつけるだなんて、それはそれは愉快な夢を見ていたんでしょうね。ぜひ私に聞かせてちょうだい。ねえ田中くん」



 この少年、名を田中ナツキという。ナツキは眼帯をしていない方の眼をこすり、寝起きの頭をなんとか動かそうとぼんやりとした脳をフル回転させた。



「俺は能力者と戦っていて……最後の一撃を……」



 彼が起き上がりざまに放ったシャーペンは夕華に顔の前で見事キャッチされていた。握りしめられたシャーペンが手の中でバキッという音ともにへし折られる。

 笑顔のまま頬を引きつらせていた夕華が掌を広げると、見るも無残なプラスチック塊となったシャーペンの残骸がパラパラと床に落ちていった。それを見届けたナツキはようやく自分が能力者との戦闘などしておらず絶賛英語の授業中であったことを悟る。



「いや、空川先生、これは違うんだ。あくまで意識喪失の原因は空川先生の音読の声が心地よかったからであって、断じて学習意欲を損なっていたり授業を蔑ろにしようという意図があったりしたわけではなくてだな」


「あら。じゃあ授業中の居眠りは私のせいだと言いたいのね」


「それも違う! そう、春だ! 春という季節が温暖なのが悪い。あえて言おう、全て太陽(ソレイユ)のせいだと!」



 突然立ち上がりビシッと窓の外を指すナツキを見て、翡翠色の瞳を鋭くして睨んでいた夕華は表情を緩めて溜息をついた。



「はぁ……あなたはいつから日本で異邦人になったのかしら……。大体いつも言っているけど授業中くらいはマフラー取りなさい。というか暑くないの?」



 夕華は立ち上がったナツキの全身を足元から順に視線を上げながら眺めていく。

 上履き、ズボンはまではいい。だが腰下まで薄手の布が垂れている。それを辿るとナツキの首元にたどり着く。黒いマフラーが口元を隠すように巻かれているのだ。生地の薄さからも防寒目的でないことは一目瞭然でわかってしまう。


 学ラン自体は学校指定のものを校則の範囲内できちんと着こなしているが、袖からは何故か包帯の端がチラチラと見え隠れしているし、手の甲にはマジックで六芒星が描かれている。何よりも極めつけは眼帯だ。ナツキは眼帯で右眼を隠しており、それも海賊のような黒眼帯ではなく、あくまで眼科でもらうような普通の白眼帯である。



「ククッ、空川先生よ。そう何度も言わせるな。俺の真名()黄昏(たそがれ)(あかつき)。神々の黄昏を暁へと導く者。宵闇の剣聖(ダークネス・マスター)として日夜能力者たちと戦っていて、そのチカラを封印するためにはこれらの拘束具が……」


「そうね。じゃあこのクラスに田中ナツキなんて生徒はいないようだし今度の中間テストも〇点ということでいいかしら」


「そ、そんなぁ……」



 せっかく眼帯のあたりに手をやり、甲の紋章や腕の痣を封じている包帯を見せつけるようなキメポーズをし名乗っていたというのに、夕華は遮るように教師としての権限を行使し突きつけた。

 果たして急に弱々しくなったナツキがショックだったのはせっかくの解説を遮られたことなのか成績を下げられそうになったことなのか。いや、両方か。



「はぁ……、なんでこんな馬鹿なことばかり言っているのに成績だけは良いのかしら。」



 夕華は本日二度目の溜息をつき、眉間を押さえた。

 他の生徒たちも、中二な奇行に走っているナツキがなぜ学年首席の成績を維持し続けるほど頭が良いのかよくわからない。とはいえ現在ナツキ含めこの場の生徒全員が文字通り『中学二年生』なわけだが。



「いいえ、いいのよ。そう、何も悪いことじゃないわ。教師としては生徒がのびのびと育ってくれて喜ばしいことなのだから。別に誰かに迷惑をかけているわけでもないしね。さあ、みんな授業を止めてしまってごめんなさい。教科書の次のページを開いてちょうだい」



 半ば諦めた様子の夕華は言い聞かせるように呟くと教科書をめくりながら教壇に戻っていた。ナツキは再び眼帯のあたりに手を添えるようなポーズをキメながら言った。



「ククッ、それでいい。こっち側の世界は一般人には少し刺激が強すぎる。組織の連中に狙われたくなければ、」


「あ、でもその変な笑い方はやめた方がいいと思うわよ」



 振り向きながらそう言い放った夕華にまたも遮られたナツキは落ち込んだ様子で席に着いた。


初投稿です。よろしければ、評価、ブックマークよろしくお願いします。感想、批判、誤字脱字報告等もどしどし送ってください!

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[気になる点]  確か重量で相手を叩き潰す西洋剣と違い、日本刀は相手を斬ることにとっかした武器で、力むと剣速が落ち全く斬れなくなってしまいます、どちらかと言えば刀身がぶれないよう鞘を握る手に力を入れ、…
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