4.
私の名はクリストファー=アーデンベルグ。
アーデンベルグ大国の第三王子である。
その前世は、乙女ゲー大好きな花の女子大生であった。
そしてその大好きな乙女ゲームの世界に、その攻略対象に、私は転生したのである。
……次からはこの前置きを省く事とする。
さて前回までのお話を振り返ろう。
「わたしのかんがえるさいこうのおうじさま」になるべく、私はもやしの様なこの身体を鍛えたいと思った。
そしてこの世界で身体を鍛えるとなれば騎士団に頼むべきと思って第三騎士団にやってきたところ、団長のグレアムに門前払いを食らったのである。
マジか、王族を門前払いにするとか、グレアムつよい。
第三騎士団・団長、グレアム=デルモットは上背が高く筋肉質な肉体を持つ屈強な戦士だ。
短く刈り上げた銀髪に鋭い紺青の瞳は常に相手を睨みつけ、鎧を付けて居ないラフな装束から覗く肌はいくつもの傷痕が見て取れる。
自身は貴族の出ではあるが、社交や礼儀と言った物には無頓着らしく、誰に対してもぶっきらぼうな――他の貴族に言わせると尊大な物言いになるらしい。
いやあ、地位のある者に媚びる奴より断然好感度高くなるよね。
そんな無礼千万な態度で踵を返し、グレアムは第三騎士団の団舎の中へと戻ろうとする。
「あの男の首、落としますか」
私の後ろに控えていたセドリックが無表情のまま呟いた。
無表情なのにめちゃくちゃ怒ってるって事が分かって、大変に怖い。
「いや待て、我々がお願いをする立場だぞ」
正直言って、突然やって来た私たちの方が無礼な訳で。
慌ててセドリックを宥めて、私は改めて立ち去って行くグレアムに向き直る。
「無理を言っている自覚はあるが、私は身体を鍛えたい。ご指導願えないだろうか!」
叫ぶようにその大きな背中に嘆願すれば、グレアムは足を止めてちらりと視線を寄越した。
大きな声を出しただけあって、団舎の中や近くに居た騎士や小間使い達がちらちらと様子を伺って来る。
幼子のお願いを突っぱねる大人という構図は、図らずも同情を誘う。
「それくらい、見てあげても……」「王子様相手に……」なんて声もひそひそと聞こえて来た。
周囲の感情を味方にした私に大げさなほどに溜息を吐いて、グレアムは睨むような視線を向ける。
「……それでは条件を出そう」
言いながら、グレアムがゆっくりと指差した先に広がるのは広大な演習場。
「この第三騎士団の演習場の外周を千周走り切れたら、指導しよう」
幾人もの騎士たちが各々鍛錬を行っている。その広場の外周。
幼い私の足では1日かけて1周出来れば良い方だろう。
それを千周走る事が出来たなら、という条件。
――なるほど。
「期日は?」
「特には設けない、途中で止めても構わない」
私が問えば、間髪入れずにグレアムが答える。
とんでもない試練を吹っかけて辞めさせたいのだろう、子供にも大変分かりやすいやり方で非常に助かる。
「そんな無茶苦茶な」と周囲の視線にも困惑と共に諦めの色が浮かんでいた。
フッ、甘いな騎士団長。
「グレアム、男に二言は無いな?」
「…………ああ」
私が臆する事も無く尋ねれば、グレアムは怪訝そうに眉を顰め、それでも肯定してみせた。
「分かった、それではこれから外周に邪魔をすることになるので、団員の皆に伝えてもらえると助かる」
私がその試験に受諾の意を示すと、周囲が大きくどよめいた。
「殿下」
後ろに控えるセドリックは苦々しく声を零す。
「ただ、私は公務などの他の予定もあるのでたまに来れない日もあると思うが、それで諦めたなどと思わないで頂きたい」
セドリックの焦燥を背に感じながらも、よろしくお願いします、と頭を下げると、グレアムはもう一度大きく息を吐いて私に完全に背を向けた。
みんな聞いていたよね?私はグレアムに言質を取ったからね?
困惑する周囲に軽く手を振って、私も支度をするべく自室に戻る事にする。
今一番すべきことは、ここまで勝手横暴に振舞った私の態度についてセドリックに弁明する事だ。
背後の気配が、とても怖い。
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