3.
私の名はクリストファー=アーデンベルグ。
アーデンベルグ大国の第三王子である。
その前世は、乙女ゲー大好きな花の女子大生であった。
そしてその大好きな乙女ゲームの世界に、その攻略対象に、私は転生したのである。
……そろそろ覚えて頂けただろうか?
「……なよっちい」
起き抜けのまま立たされた姿見の前で、私はぽつりと呟いた。
「何か仰いましたか?」
私の周りでテキパキと動くメイドのレナが姿見の中の私に視線を向けて首を傾げる。
そんな中でもその手は止まらず、私の身支度を整えていくのだ。
うん、王族なので、自分で服を脱いだり着たりはしないんだ。特に今は子供だし。
朝起こしてくれるのは従者のセドリック。
それから身支度を整えてくれるのはメイドのレナ。
そんな朝の身支度で、寝間着を剥ぎ取られた時に覗く自分自身。
顔はやっぱり乙女ゲームの攻略対象だからイケメン。(に成長すると思われるお子様)
母親譲りの美しい金髪にサファイアブルーの瞳。
けれど首から下はひょろりと細い腕、肌は真っ白で胴体は平坦。
貧相の一言に尽きる。
まあね、乙女ゲームのキャラだしね、線が細い美形が好まれる節はある。
6歳で腹筋バキバキなのも確かに怖い話なんだけど。
乙女ゲームはあくまで二次元の世界だったから余り気にはならなかったけれど、今は言ってみれば三次元。
こんなヒョロい男に、果たしてヒロインは惚れるだろうか?
バキバキのマッチョとはいかずとも、細マッチョくらいの身体の方がモテるんじゃないかな?
というか前世の私なら、そっちの方が良い。
「身体を鍛えたいなぁ」
ぽつりと呟いた言葉に、レナは「そうですかぁ」と対して気に留めてなさそうな返事を漏らす。
「騎士団とかに頼んだらいいのかな」
更にぽつりと声を落とせば、今度は後ろに控えていたセドリックの肩がピクリと跳ねたのが鏡越しに見えた。
そう、確かゲームの中での長兄の第一王子アレクサスは第一騎士団、次兄の第二王子デイルマーレは第二騎士団の団長から剣技の手ほどきを受けたのだと言っていなかっただろうか。
正確には、第二王子デイルマーレのルートで、兄をライバル視していたデイルマーレがアレクサスが第一騎士団に師事していたので、自分は第二騎士団で鍛えた、という話をしていたのだ。
という事は、第三王子の自分は必然的に。
「第三騎士団にお願いしたりできるかな」
どうかな?と鏡越しにセドリックに問いかけたけれど、セドリックは渋い顔をするだけだった。
最近の私の様子がおかしい、と噂されている事は知っている。
数日前まではわがまま放題な悪ガキだったのに、馬から落ちた途端やけに大人びた態度を取る。
これは頭の打ちどころが悪かったのでは、なんて。
自覚が無いわけじゃないけれど、いかんせん前世の記憶なんてものを思い出せば、子供にしては達観した物言いになるだろう。
かといって残念な事に知識チートを発揮できるほどの頭は無い。私は至って普通の女子大生だったのだ。
逆に言うと、パソコンもスマホも無いこの世界では、ググって調べるなんて事も出来ないのだから、大してお役に立てれはしない。聞き分けの良い子供になった程度だろう。
まあ他人より秀でている事としたら、この世界を舞台にした件の乙女ゲームのシナリオのおおよそが頭に入っている事だろうか。
つまり、これから先この国でどう言った事が起こるかをある程度認識できている。
例えば先ほどの、兄達が騎士団で身体を鍛えていたというエピソードだとか。
ゲームがスタートするのは、この国にある王立セントルール学園の入学式からだ。
貴族はもちろん、庶民でも裕福層や有能と認められた者が15歳になった時に入学する学び舎。
学園内では貴族と平民と言った階級制度は取り払われて平等に扱われ、互いに切磋琢磨し18歳になるまでの3年間で己を磨く事と共に、社会性を学び人脈を作る事が目的だ。
平民からしてみたら貴族とコネクションを作る絶好の機会となり、貴族側としても卒業後の優秀な従者やそれに準ずる人材を発掘出来る場となるのだから、互いに悪い話ではない。
だからこそ、王子様と平民の娘が恋に落ちたりも出来るわけで。
「……なぜ第三騎士団なのですか」
セドリックが淡々とした声で呟く。
ふむ、どうやらセドリックは第三騎士団である事に不服があるようだ。
「だって、第一や第二は兄上達が師事するだろう?」
同じ師の元で仲良く鍛錬に励めれば良いけれど、私たち兄弟はそんなに仲が良い訳ではない。
我々三兄弟は年齢が一つ違いであるが故に、それぞれを次期国王に据えようと画策する貴族派閥が存在するのだ。
そんな大人の思惑に晒されれば、幼い兄弟同士と言えど不和の溝は深まる。
とまあ、これもゲームの受け売りなのだけど。だって私子供だからそんな派閥があるかどうかも知らない。
ただ、兄二人はめちゃめちゃ仲が悪いって事は知っている。
むしろ、デイルマーレがアレクサスを嫌っているというべきか。まあやたらと比較されてたみたいだしね。
同腹なのにギスギスするなんてなぁ、世知辛い。
私としては、近い将来第一王子が立太子することは知っているし、王位なんて興味も無い。
ただ無駄な争いは避けて通りたいだけなのだ。
だから、身体を鍛えるために第三騎士団を選んだのは消去法。
「殿下、御仕度整いました」
私の身支度をしてくれていたレナが声を掛けてきた。
鏡の中には、きっちりと貴族服を着こんで寝ぐせ一つない少年が映っている。
「ありがとう、レナ。今日も格好良く仕上がっているね」
「フフ、殿下はどんな姿でも格好いいですよ」
軽口を零せば、メイドの少女は微笑んで頷いた。
ちなみに少し前まではメイドとこんな会話をすることは無かった。
そもそも前世を思い出す前の私は自分の家来となる相手に自ら声を掛ける事もなかったのだ。
「ありがとう」などという礼の言葉などもってのほかだ。
前世を思い出した翌朝、ベッドティーを運んでくれたセドリックに無意識に告げた時にひどく驚かれてそれに気付いた。
王族ともなるとそうなのだろうか。
やってもらって当たり前だから、いちいち労う事なんて無い。
でもまあ、前世を思い出した今となっては口癖にも近いし、お礼を言わない方が心地悪いので、威厳が無いと窘められようとも目を瞑って頂きたい。
だってこうしてお礼を言ったおかげで、レナと随分打ち解けた気がするしね。
セドリックとは……表情が読めなさ過ぎて分からないけど、「身に余るお言葉」って言ってたから、悪くは無いんだろう。
かくして、セドリックには微妙な顔をされたままだが、私は身体を鍛えるべく第三騎士団の門戸を叩く事とした。
「出直してこい」
そしてこれが第三騎士団団長・グレアムに浴びせられた第一声である。
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