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初めての投稿です、よろしくお願いします。
「クリス、クリス…しっかりして!」
遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
これは誰の声だっただろうか、優しい、優しい声だ。
これは……お母さんの声?クリスって誰?
いや、でも私のお母さんはこんな声じゃなくて、もっと。
あれ、私は……
それはまるで死ぬ間際の走馬灯の様に、瞑っているはずの瞼の裏に映像が流れる。
記憶。生まれてからの、記憶。
幼稚園の時におねしょをした事、小学校のかけっこで一位を取った事。思い出すのはささやかな物で、出来れば忘れたい黒歴史もあった。
中学校ではクラブ活動を頑張って、高校ではアルバイトを頑張って、大学生になってからは一人暮らしを始めてたくさんの友人と共に人生を謳歌していた。
毎日が楽しい、花の女子大生だった。
怒涛の如く押し寄せる記憶の波。
なんだろうこれ、私、死ぬの?
やだやだ待ってよ、私の大好きなゲーム会社が、来年の春には新作の乙女ゲーを出すって発表したばかりで、めちゃくちゃ楽しみにしてたんだから。
今やってる乙女ゲームだって4週しかしてないし、次は第三王子を落とすつもりで始めたばかりで――……
「クリス! 目を覚まして、クリス!!」
いや、だから、クリスって、誰だ!!
延々と誰かを呼び続ける声が近付き、人生を儚む思考が邪魔をされる。
もう、こちとら人生の最後を綺麗に締め括ろうと思っていたのに!
ぶわりと浮上するような感覚に任せて重たい瞼を開けば、真っ暗だった視界はまばゆい金色の光に覆われた。
ぱち、ぱちと何度か瞬いて、ようやく視界が眼前の物体の形を捉える。
目に映ったのはやたらと豪奢な天蓋。こんなのお貴族様の寝室くらいでしかお目にかかった事が無いのでは?いや、そんなもんリアルに見た事無いけど。
「クリス!!」
一際大きな声が耳元で響き、気付けば再び視界が覆われて、柔らかくて良い香りの何かに身体が包まれていた。
サラサラと鼻先をくすぐるのは美しい金色の髪。
「は……母、上……」
不意に口をついて零れた言葉のせいか、身体に回された腕が一層力強く抱き締めて来た。
「ああ、ああ、良かった……私の可愛いクリス……」
涙を含ませた声音に、安堵の息が落ちる。
ええと、なんだっけ、どうしてこんな事になったんだっけ。
この人は、そう、私の母上。
今日は確か、初めて馬に乗る練習をしていたんだ。
それで、走らせている最中にうっかり手綱から手を離してしまって、それから。
馬から、落ちた。
思い出した途端に、背筋を悪寒が走り抜け後頭部がずきりと痛みを主張する。
したたかに打ち付けた半身も痛い。
そう、そうだ、馬から落ちたんだ。
そう思い出した瞬間、再び走馬灯の様に脳裏を映像が駆け抜けた。
これは、今の記憶だ。
馬の世話役の言う事も聞かずにふざけていたせいで馬から落ちた。
いつもそうだ、わがまま放題で使用人たちを困らせてばかりで。
でも自分を叱る様な存在はいない。
仕方ない、私を叱れる様な存在は父か母、あとは生まれた時から仕えている従者くらいなものだろう。
まだ齢6つという事もあって、そんな傍若無人っぷりを放置なんて甘やかされすぎである。
だがもう、これからはそんな事にはならない。というか、なりたくない。
思い出してしまったのだ、前世の記憶というものを。馬から落ちて頭を打った事で思い出した。
乙女ゲームも好きなら、ネット小説で異世界転生ものなどを読む事も好きだったから分かる、これは……
異世界転生というやつだ!!!
私はまだ6歳と幼いけれど、そんな短い人生でもこの世界の情報を少しくらいは持っている。
例えば私が住まうこの国の名前はアーデンベルグ大国。その第一王子はアレクサス、第二王子の名はデイルマーレ。
知っている、知っているとも。国も、二人の王子の事も知り尽くしているとも!
この世界は、私の大大大好きだった乙女ゲーム「プリンス・パラダイス~5人の王子と秘密の約束~」の世界だ!
そして私は。
「クリス、どうしたの、まだ気分が悪いの!?」
返答しない我が子に不安を覚え、覗き込んで来る美しい女性は私の母。
私が暮らす、この国の王妃様。
「いえ、大丈夫です、母上」
にこりと微笑んで、当たり障りなく返す。
「お目覚めになって良かった、クリストファー殿下」
母の後ろに控えていた従者の青年・セドリックが、ホッと安堵の息を吐いた。
そう、私の名はクリストファー=アーデンベルグ。
このアーデンベルグ大国の第三王子。
私は大好きな乙女ゲームの中の、攻略対象の王子様に転生したのである。
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