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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

双子の選択

 たまに変わった相談を受ける。

 しかもそういう場合に限って、とてもエキセントリックな形なので、尋常でなく困る。

 平成が終わった世の中で、何故矢文なのか。伝書鳩なのか。キヨスクのおっちゃんづてなのか。

 ぱっとしない会社で何でもない文房具の営業をしている僕のどこに磁力があるのか。

 原因は星座か生まれた月か。


「生まれた日が悪かったんですよね。僕ら」

「そもそも双子ってのがね」

 うなずき合いながらカクテルグラスを口に運ぶ双子の仕草は、どちらもとても優雅で、

 しかもズレがない。練習を何回したらこんな完璧なタイミングになるんだろう?


「それで、何で僕なの? どうしてここにいるって……」

「社長が見てたんですよ。朝から晩まで」

「面白いからって」

「名刺を交換しておいたから、何かあったら頼れって」

 交互に口を開き閉じて唇の端に微笑みを刻む双子の姿は、ラムのストレートよりも

 確実に僕の脳から現実感を奪う。そもそも彼らの社長が僕を見てたというのが分からない。4年前、あの人とは確かに名刺を交換したけれど、場所は神田の書店の事務室で、話題はうちの会社から卸した当時の新製品で、春の小川のようにさらさらと書けると評判ですよと、穏やかな午後の日差しが似合う声で社長スマイルをくれたあの人が。


 何故今も、連続殺人事件の容疑者として全国指名手配され、絶賛逃走中なのか。

 逃亡前の趣味が僕のストーキングだったのか。


「頼れって言われても……」

 困る。というよりもめちゃくちゃ怖い。


「今、引いたでしょう」

「怖いとか顔に出すとか失礼だとか営業職なのに考えないとかどうなんですかねとかどうでも良いんですけれど、問題です。僕は今[とか]を何回言ったでしょう」

「5回」

「正解です」双子の片割れが、にっと笑ってグラスを合わせてきた。

 4回と答えたら、彼らは速やかに失望して素直に帰ったのだろうか。

 分からないけれど、結局僕は2人の相談を最後まで聴くことになったし、問題の全体を把握した頃には、

日付は変更線をまたいでいた。

 

 つまりは超能力の話なんだねと言いたいのをこらえて、スマホの液晶で日付を確認。

 2020年2月29日。今日は双子の4年に1回の誕生日。

 しかも、24時間限定で、2人が超能力者になれる日でもある。


 超能力といっても色々な種類がある。

 物理的な接触無しで物を動かす、人の心を言語、視覚情報抜きで読み取るといったささやかな物から、派手なのでは直径が関東一円と同じサイズの光球を出現させ、全てを呑み込ませるといった破滅的なものまである。これはバッグに税込み1500円の中国製トートバッグもあれば、30万円を超えるGucciのスモール スパンコール ショルダーバッグもあるのと同じだ。

 バッグにも超能力にも色々な種類がある。車だってスズキの軽からランボルギーニまでピンキリだし、多様性を尊ぶ僕としては、世の中は素敵だと思う。

 で、謎の双子の場合は……かなり珍しいというか制限が多いというか、とにかく微妙だった。


 2020年の2月29日を翌日に控えた夜、この2人は僕の飲んだくれるバーに現れた。

 僕がその夜そこにいると彼らに教えたのは、4年前に僕が名刺を交換した書店の社長だ。

 双子の話によると、社長は連続殺人犯の容疑者として逃走する前に、僕の事を[見て]いて、だからこの夜を言い当てたらしい。つまり、超能力者がもう1人。


「予知能力者ってこと?」

「時間と空間をある程度まで超越できる透視能力者ですね」

「しかも、4年前はあなたしか見えなかった」

 双子の片割れが入れるあいの手が、さらりと怖い。

 社長の趣味嗜好に関する話題から全力で逃げたくなった僕は、とにかく真面目に、真摯に、訊く。


「君達はどういう超能力者なんだい?」

 またはペテン師。


「ちゃんと説明しようとすると、とても長くなってしまう能力持ちなんです」

「しかも扱いに困るという」

 2人は時間差で申し訳なさそうに肩をすくめる。

 仕草も服装(カシミヤのキャメルのチェスターコートに赤紺白の斜めのストライプのネクタイ)もそっくり同じものだから、残像でも眺めているような違和感を覚えてしまう。

 が、とにかく夜は長かった。それに困り事の解決に助力をすれば、社長関係の色々にも動いてもらえるかもしれないという打算も働いた。

 だから僕はブラックウォールナッツのカウンターの向こうでグラスを磨いていたマスターに、追加のラムを頼んだ。長い話には、酒が必要だからだ。


 双子の話を全て聴き終えた後、僕は逃亡中の社長よりも、目の前の双子のことがとても怖くなった。

 そして聴いたことを後悔した。

 超能力以前に、彼らは関わってはいけない人種だった。

 だから、超能力の問題なんだね、と問いたくなる。この問題さえ解決すれば、実害は僕には及ばないんだね、と言質を取りたくなる。


 でも、残念ながら日付はまわっていたし、2人は24時間限定の超能力者になっていた。

 もう、余計な口はきけない。

 不幸中の幸いは、彼らが僕と接触したのが新日本橋のバーだったということ。状況を把握する時間が十分にあった。


 双子は彼らの能力の説明の初めに、論より証拠が当然といった面持ちで、右の靴を脱いだ。ブルーネイビーのビジネスシューズ。イタリア製。

銘柄を思い出すことに気を取られている間に、2人は揃って靴下を脱いで、足の指を見せてきた。

 小指が1本足りない。

 古いやけどの跡みたいに皮膚が変色し、肉が盛り上がっている。


「1992年。7回前の閏年です」

「2月29日。僕らの4歳の誕生日に、それは起きました」


 32歳の誕生日を数時間後に迎える段階で、彼らは4歳の時に遭遇した災厄について、詳しく細やかに語った。

 次に8歳の時に迎えた危機と、克服の末に手にした、非現実な量の金塊について。

 それから4年後のやはり誕生日に迎えた危機と、平凡で常識的な結末について。


「……悲劇、非現実的な成果、常識的な結末がサイクルになってるってこと?」

「それは体質であって、能力ではありませんよ」

「そんな人がいたら珍しいですけどね」

 その通りだ。


「じゃあ、どういうこと?」

「ジキルとハイドはご存知ですか?」

「うん。知ってる。二重人格者の話でしょ」

「舌きり雀も?」

 一方に応えると、もう一方が質問をしてくる。声色も鉄壁の微笑みも揃って同じものだから、混乱を覚える。しかも今晩に限って、やたらとラムが強い。

 自分の脇が変な汗をかいていることが分かる。酔いが回ったとかではなくて、単純に、閏年と閏年を結ぶ年月に、双子がこなしてきた所業がおぞましいからだ。

「あの、ちょっと関係ないかもしれないけど。1つ訊いていい?」

「はい」

「どうぞ」

「今まで何人の人を、そういう風にしてきたの?」

「食事と同じ数だけ」

「僕らは割と3食きっちり食べます」

 2人とも微笑みが上品なのがやたらと怖い。ラムの酔いがすううっと醒めていく。


「うん。ごめん。悪かった。話を戻そう。舌きり雀は知ってる」

「なら、話ははやい。僕達はジキルとハイドに分かれて、舌きり雀の雀になるんです」

「閏年の誕生日限定ですけどね」


 ……双子の話を総合した上で具体的になった能力は、確かにジキルとハイドと舌きり雀をまぜこぜにしたようなしろものだった。

 まず、ジキルとハイド。閏年の誕生日を迎えた瞬間、2人の性格は劇的に変化する。1人がジキルなら、 もう1人はハイド。ただし解離性同一性障害的な記憶喪失は起きない。

 元から2人なのでこれは当たり前だが、厄介なのは、例の誕生日を迎えるまでは、どちらがどちらの性格になるのか、全く分からないということだ。

 しかも2人は憎み合う。殺しあいまで発展しかけた年もある。さらに問題を難しくさせるのは、性格の変化が善人と悪人という2方向ではなく、

 嘘しかつけないシリアルキラーと、真実しか話せない怪物の両極に分かれることだ。


 次に舌きり雀。

 これは彼らが24時間限定(よくよく話を聴くと最長で24時間ということらしい)の超能力者たるゆえんなのだが、2人は閏年ごとにふりかかってくる危機の打開方法が分かる。

 プロゴルファーが、どういった風の中、どういう種類の芝でどのクラブで打てばどれくらいの飛距離を稼ぐのか分かる以上に、分かる。

 ただし、それを自分たちで実行しようと絶対に失敗するということも、彼らは本能のレベルで直感する。

 だから、他人に頼まないといけない。脅す、懇願する、報酬を提示する。

 言うことをきかせる方法は色々あるが、厄介なのは、双子の1人が極端な嘘つきだということだ。嘘つきは破滅的な解決方法を他人に頼み込む。

 片割れの極端な正直者は、嘘つきを嘘つきと非難し、打開の先の幸福な未来を主張する。選ぶのは第三者。

 彼は正直者でも嘘つきでも、とにかくどちらか一方に、選択に関わる質問をする。正直者は正直に答え、嘘つきは嘘を答えて、それを参考に第三者は二者択一を行う。

 正直者の案が通れば、2人は穴に入って虎児を得るどころではない幸運、成果を獲得する。逆の場合はかなりの地獄的な状況になるが、もうそれはどうしようもない。

 幸運でも地獄でも、第三者が選んだ瞬間に、双子の性格は元に戻る。そして、正直者でも嘘つきでもない、ただのサイコパスとして、状況下の最善を達成するべく、行動を開始する。

 確かに舌きり雀だ。雀は箱を準備することはできても、開けることはできない。違いは、爺様役と一蓮托生となること。


 ここまでが、悲劇、非現実的な成果。残りの常識的な結末は、前の2つと比べると、刺激が少ない。第三者が決められた手順から逸脱すると……。

 つまり、彼がどちらも選ばないままに24時間が経過したり、または死んでしまったり、選択肢に関係のない質問をしたりすると、双子の性格は通常に戻る。

 そして事態は常識的な結末を迎える。

 僕はこの選択が一番平和で何よりだと思ったのだけど、でも問題はやっぱりある。それは、双子が双子だということだ。


「1つ訊いていいかな」

「どうぞ」

「でも手短にお願いしますね。もうじき日付が変わる」

 双子の両方にありがとうと言ってから、僕は訊いた。


「選ぶ以外で君達の性格を元に戻した人で、まだ生きてる人っている?」

「いません。僕達は平凡な結末が一番嫌いだから、不快になるんです」

「不快の代償を払ってもらいます。例外はありませんが、それだけのことです。要は選べば良いんです。僕達だってリスクを払っています。選択してもらうという状況を回避するにはいくらでも方法があるけれど、つまらないから、ギリギリにしか、第三者の前に現れません。今回はちょっと違いますけどね」

 その発言で、僕は悟った。

 前回、2016年の2月29日に選択を行ったのは、神田の書店の社長だったのだ。

 彼は破滅を選んだ結果、連続殺人犯として逃げ回る羽目になった。


「社長(あの人)はさ……」

「「はい?」」

 口ごもる僕。同時に同じ方向に首を傾げる双子。稲穂の上を風が吹くみたいな揃い方だ。


「本当に連続殺人犯なのかな。でっちあげとかじゃなくで」

「あの人は確かに連続殺人を犯しましたが、ささやかな連続殺人犯ですね」

「善良なアマチュアです。冷徹なプロではない」

 連続殺人という用語にささやかとか善良とかいう修辞句がつく場合もあるということを、僕はこの時初めて知った。

 動揺する僕から視線を同時に外して、双子がアンティークの大時計を一斉に見上げた。

 つられて僕も見上げる。

 2つの針は揃って0時を指している。僕は自分のスマホを確認。確かに日付は変わっていた。


 液晶から目を上げると、2人は睨みあっていた。視線が火花よりももっと苛烈なものを散らす。

 1人は正直者で、もう1人は嘘つき。両極端だけれど、外見は完全に同じだ。

 日付が変わる前よりも、2人を作る細胞はさらに均質になっている。そんな気がする。

 顔立ちにも威厳がある。高貴というか。凝縮された邪悪と形容するべきか。

 確かにこの2人は超常の能力を備えた種類の人間たちだ、と思う。


「では、僕から提案しますね。あなたと名刺を交換した彼を救出して、僕らと彼の3人で、海外に逃亡する。あなたはその手助けをしてください」

「何もしなくて結構です。僕らは彼を見捨てて、このまま僕らだけで海外に逃亡する。これが最上以上の結果を僕達にもたらす」

「嘘だ。お前は嘘をついている」

「違うね。[今回の]嘘つきはお前だ……!!!!」

 バーの空間に不可視の亀裂が入る。そんな錯覚。

 3分放置したら殺しあいに発展しそうな狂気の沙汰を目の前に、言葉を失う僕に、2人は同時に振り向いた。


「「質問をどうぞ」」


 ……一方は社長の救出を主張。もう一方は見捨ててかまわないと断じる。

 海外逃亡は同じだ。最後は同じだけど過程が違う。どちらの結末に破滅が待っているのか。

 非現実的な成果とは何か。詳しいことを聴きたくなる。いや、単純に超能力の話だよねと確認も……。


「う」

「「う!?」」

「うん。質問が決まった」


 危ない。閏年は別に4年に一度じゃなくて、1000年に一度とかあるけれど、そこら辺は厳密にどうなの?

とか訊きそうになった。

 これは間違いなくアウトな質問だ。日付が変わる前に訊くチャンス自体が、そもそもの罠だ。

 双子がしているのは、破滅と成功のギャンブル。

 そして、能力は彼らだけのものだ。1000年も生きる人間はいないし、彼らは彼らの閏年を強烈に生きている。1000年後の閏年なんて、この双子には全く関係がないのだ。愚問も甚だしい。


 これを訊いた瞬間、事態は平凡な結末に確定して、明日の朝刊には原形を留めない死体のニュースが載るのだろう。そんなのはごめんだ。[とか]を5回と即答した自分の頭脳をフル回転。能力の内容を聴いた時、これしかないんだろうな、と思っていたそれを声にするべく、僕は口を開く。


 ……ここから先は蛇足になるのだろうし、天使と悪魔の論理問題でも検索すれば、正解は明白なのだから、割愛する。

 結果的に、双子は社長を警察の絶対正義的な魔の手から救出して、3人で海外に渡った。

 僕は生き延びた。協力の礼には何が良いかと空港で訊かれた時、僕は大きなつづらでもなく小さなつづらでもなく、金塊でも有価証券でも現金でもなく、ただ1つの事をお願いした。


「いくら遠くても、時間軸がずれていても、ね。覗かれるのは迷惑なんだ。だから、この人の覗きは阻止して欲しい。方法は任せるから」

社長を指さした僕が、方法は任せるから、という言葉を口にした時、彼は震え上がり、双子は微笑みを交わし合ってから、快諾してくれた。

 とても怖いけれど、良い双子だったと、僕はラム酒を舐めるたびに思い出している。

 今夜も。2020年の2月28日から29日に渡ったのと、同じバーで。

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