4.スティーの想い
『美しい公爵に比べてご子息は………』
『ジェリス君は美しいのに何で……』
『やっぱり母親が………』
『不憫な子………』
周りの大人達から向けられる憐れみと蔑みの声。
物心ついたあと、それが理解出来るようになってからは、哀しくならない日はなかった。
少し前まで大陸を二分すると言われていた父。
その彼は、今でも目を見張るほど美しい。
なのに息子の僕は、中の中もいいところ。
だから息子もと、期待した周囲が僕を見るたび、『母親がもっと美人なら』と母が侮辱される。
僕自身ガッカリされる度、ちょっとそう思ってしまうせいで、毎日自己嫌悪に苛まれていた。
母、アマンダは確かに十人並みかもしれないが、僕を本当に心から愛してくれているんだ。
あの父が、僕のせいで母に構って貰えないと拗ねるくらいに。
それなのに、母を侮辱する奴等と同じだなんて。
情けなくて悔しくて、いつも隠れて泣いていた。
そんな僕の背中に抱きついて、
『スティ、みーつけた!』と、いつも遠慮もなしに顔を覗きこんできた彼女。
そのマリアが一番好きだと言ってくれた僕の瞳は、家族の誰とも違う。
琥珀色の瞳は、おばあ様のおばあ様だったかくらいの、会ったこともないご先祖様と同じらしい。
だけど、親族の誰にも同じ瞳はいない。
だから、彼女の言葉に「僕」を見てもらえた気がして、簡単に捕まってしまった。
その時から、ずっとマリアしか見ていない。
捕まったその日に、彼女の両親に願った。
僕が彼女の伴侶になると。
まだ幼い僕の願いを、彼等は笑わなかった。
ただ一言、『マリアが君を好いたなら』と頷いてくれ、仮の婚約者と認めてくれたのだ。
代わりに僕の父が条件を出してきた。
『マリアは幼すぎる。いずれお前との約束を忘れるだろう。だから、彼女の心を縛ってはいけないよ。成人するまでに、婚約者という優位さなしでマリアを振り向かせてみせなさい』
そう言って、マリアが約束を忘れても、婚約を内密にすることを誓わされた。
僅か5歳で、彼女の両親や、そのまた両親に起こったことを聞かされていた僕は、父が何の為にそう言うのか理解出来ていた。
だから、もちろんと頷いて父の条件をのんだ。
父のいった通り、マリアは1年もたたずに約束を忘れてしまう。
ショックだったけれど、必ずマリアを振り向かせてやる!と誓えるくらいには自信もあった。
でも、8歳になったマリアは香水作りを諦めた。
『お母様より素敵な香水を作ってみせるわ』
3歳の頃から僕の為にと、そう言ってくれていたのに。
それからの彼女は、僕にも何も言わないまま、父の手伝いと称して図書館に通うようになった。
香水作りを諦めた理由には気づいていたけれど、図書館に通う理由は教えて貰えていない。
一緒にいられる時間もどんどん減っていった。
ずっと続けていた『気化』と『保存』の魔法の練習も、マリアはなかなか姿を見せなくなって、ここ一年くらいは全くの不参加だ。
僕の誘いにも耳を貸さない。
まるで、追い詰められているように何かを研究している。
明らかに恋愛対象として僕を見なくなった彼女。
マリアを諦める為に離れてみても、すぐに会いたくなって元の木阿弥だ。
彼女が『スティ』と呼んで笑ってくれるだけで、まだ諦められないと繰り返してばかりの僕は、さぞ滑稽だっただろう。
そんな情けない僕を両親は静観してくれていた。
縁談なんて、腐るほど来ているだろうに、ただ黙って待ってくれている両親が、普通ではないことくらいわかっている。
両親のいない隙をついて、『公爵家の嫡男に婚約者がいないなんて』と、親族達が遠回しに刺してくるからだ。
わかってる!
でも、マリアじゃなければ嫌なんだ!
15を過ぎて、親族からの圧力が増してきてからは、その気持ちだけでやってきた。
両親への圧力も相当なものだっただろう。
なのに、責任をとって貰いたい本人は、当時3つで覚えていないから、どうにもならない。
持ち出せば自分が笑われて終わるだけだろう。
だから思いきって聞いた。
少しの期待を込めて。
『マリアは誰か好きな人いるの?』
『ステファンまでそんな話? 嫌になっちゃう』
『どうして? そろそろ婚約者を探さないと相手がいなくなるよ?』
『いいの、いいの。私、恋愛なんて興味ないし、お父様とお母様が適当に見つけてくれるから。
私の夢を邪魔しない人なら、誰でもいいの。
そう言うステファンこそ、2つも歳が上なんだから、早くいい人見つけて来なきゃ』
私は誰でもいい
あなたこそ早くいい人見つけて来なきゃ
婚約したことも忘れ、ふたりだけの約束をも忘れてしまったマリア。
それでもと、彼女に見合う男になるために努力してきた。
けれど、その努力は何の糧にもなっていなかった。
ショックを受けているのを不思議がるマリアに、
もう、「僕のことどう思ってる?」なんて言える勇気はない。
結婚してから、想いが通じる夫婦もいるじゃないかとも思う。
けれど、互いに愛人を囲う夫婦の方が多かった。
父の話を聞いていた僕には、そんな恐ろしい賭けは出来ない。
自分がマリアにそうされたらと思うと、耐えられそうもないからだ。
だってそんなの、ただの生き地獄じゃないか!
僕は両親や彼女の親のように、愛し愛される夫婦になりたい!
片方だけが愛し続けるなんて、そんな苦しい人生は嫌だ!
ごめん、マリア
僕は自分が思っていたよりも、遥かに弱い奴だったみたいだ
僕は、僕自身をちゃんと想ってくれる人を選ぶよ
だからもう、僕は君を追わない
婚約を覚えているのに
約束も忘れてないのに
君との誓いを守れない僕を赦して欲しい
マリア 本当にごめん
ジェスキア公爵の方が厳しい
次回は、怒れるマリアと兄ジェリスが出ます。