2.【改稿済】私が知らない私の婚約
「サーシャ・オラクル嬢? ああ、知っているよ、半年前にステファンに引っ付いて来た子だろう?」
「ステファンに?」
帰宅後、2つ上の兄ジェリスに尋ねると、あっさり答えが返ってくる。
「さすがね、お兄様は人気があって顔も広いから、ご存知だとは思ってたけど。でも、ステファンに? 」
優秀過ぎて、10歳で第二王女の婚約者に極められたのはどうお思いなのかしら? 聞けないけれど。
「そうだよ。入学早々、ステファンの婚約者になりたいと、本人に直談判してきたんだ」
「直談判? 告白ではなくて?」
「いや、あれは直談判だよ。好きだとか言わずに、自分が如何に有用な人間であるかとか、自分が妻になったら、どんな風に役に立つとか力説してた。
で、最後に、あなたに最適な相手は自分だとぶちまけて、ステファンに婚約を迫ってた」
「凄い……」
「だろう? 隣に私がいるのに、全く見えてなくてね、ステファンが本当に好きなんだと思ったよ。告白の仕方はともかくね」
「でも、サーシャ嬢には婚約者がいるじゃない?
ステファンはまだ誰もいないけど」
「…………マリア、本の管理も大事だけどね、生きてる人間にも、もう少し気を配ってくれないか? はあぁ…」
「お兄様、そんな大きな溜め息をつかなくても」
「あのな、ステファンは、婚約者がいるからとサーシャ嬢に断ったんだよ。だからオラクル侯爵が、別の婚約者をサーシャ嬢にあてがったのさ、半年も前にね」
最後の一言は完全に嫌味ね
「しょうがないじゃない、とても役に立ちそうな文献が見つかって夢中だったの
あら? ならどうして今頃になって、私に文句を言い出したのかしら?」
「…………マリア、私がジェスキアのお祖父様に文句を言いたいよ。図書館の管理をするようになってからのお前は………いや、それよりもだ。お前にサーシャ嬢が文句を言うのは、仕方のないことなんだ」
「どうしてよ? 私、何もしてないわ」
「婚約者がいると言った筈のステファンが、最近になって相手を探し始めたんだ。婚約者がいるからと諦めたステファンに、実は相手がいなかったと、自身の婚約が決まったあとで聞かされたんだよ? サーシャ嬢が悔しくないはずがない」
「だからどうしてよ、ステファンに言えばいいじゃないの、私に嫌がらせなんかしないで!」
子どものように頬を膨らませた妹を、兄は穴の空くほど見つめてきた。
「…………………ステファンはね、マリア、婚約なんて嘘だと、どうしても引き下がらないサーシャ嬢に、お前が婚約者だと言ったんだよ」
「はい?!」
「正式な婚約ではないけど、彼の話では、12年前に婚約したそうだけど?」
「ええ?!」
「ちょっと待て、お前、ステファンを振ったのだろう? 」
「好きだとか言われてもいない相手を、どうやって振るの? 」
「頼む、嘘だと言ってくれ。最近まで2人があまりにも仲が良かったから……まさか、そこまでぼんやりだとは思わなかった」
お兄様が机に肘をついて頭を抱えてしまう。
「何てことだ、すまないステファン……」
「何? どういうことなの?」
「あいつは、幼い頃から婚約してたお前に『ステファンでなくていい』と言って振られたと私に言ってきたよ」
!
「心当たりがあるんだね……」
「私婚約しているなんて知らなかったもの! お父様から何も言われてないし、ステファンだって、何も言わなかったわ」
「考えてもごらん? お前はジェダイト国に三家しかない公爵家の令嬢だ。しかも、もう一家の当主が祖父で、両家とも相当な財力と権力がある。
そんなお前が、何故15にもなって縁談もなく婚約者もいないと思えるんだ?」
確かにそうだわ。10歳を越える頃には大抵の令嬢には婚約者がいるもの。それに条件だけみれば、とてもいい物件よね。たとえ図書館に入り浸りであったとしても、縁談が来ないはずがない……。
「お父様とお母様が、時期をみて決めてくださるとばかり……」
「バカだね。うちの両親が勝手に相手を決めるはずがないだろう? ジェスキアのお祖父様達だってそうだ。彼等は絶対にそんなことはしない」
「でも、他の家はそうだわ。お兄様だって、10歳で王女様と婚約したじゃない。
それにうちは公爵家なんだし、私が下手な相手を選んだらどうするの? 」
「私のことは放っておいてくれ。ともかく、どうしようもない相手を選ぶような、そんな育て方をしていないという自信があるんだろう。
それに、自分達が苦しんだからというのもあるだろうしね」
「お兄様は昔、お父様達に何があったのか聞いているんでしょ? ねぇ? 何があったの?」
「言わないよ。お前も高等部に入る前に教えて貰えるはずだ。それに直接、父上達から聞いた方がいいだろうしね」
いいわ。ご親切な人達が、聞こえよがしに話すから、薄々知っているし。ただ、話がまちまちで食い違ってて、どれが本当やら。
一体、真実が何なのか知りたくなっても仕方ないでしょう?
でも、お兄様は言わないと言ったら絶対に言わない人だから、これ以上は無駄ね。
いいわ。そのうち記録か何か見つけてみせるもの。
「まあいいけど。でもお兄様、おかしいじゃない? 勝手に決めないというのなら、何故、私は知らなかったの?」
「知らなかったのじゃないよ、お前は忘れたんだろう。私とよりずっとステファンと仲がいいものだから、承知していると思ってた私達がバカなんだ。父上達も、私もとんでもないボンヤリだってことか…………」
「しょうがないじゃない! お兄様は婚約してから王女様とばかりだったもの。ステファンがずっと私の相手をしてくれてたの! 仲が良くて当たり前だわ。それに、12年前って言ったら私、まだ3歳なのよ?」
「そうだな。そしてステファンは5歳だ」
「でしょう? 何があったのか知らないけど、そんな覚えてもいないような頃のことで責められても困るわ」
「可哀想なステファン。あいつはずっと覚えていたんだ。12年もね。そして、約束を守っていたんだよ」
「約束って?」
「それは私にも教えてくれなかった。お前から貰った大事な約束だからと言ってね」
はっきりしないのね! モヤモヤするわ
「だけどお前の話だと、ステファンはとうとう諦めたんだな」
お父様達も、ステファンも、私のことなのに、私を除け者にして話を進めるなんて、どうかしてるわ!
「さっき、父上達がボンヤリだと言ったけど、そんなはずはない。何の理由もなく、父上達がお前に何も話してこなかったとは考えられない」
「こんな大事なことを話さない理由って何?」
「さぁね。今日は帰りが遅くなると言っていたから、明日にでも父上に聞いてみれば?」
若干、羹に懲りて膾を吹く状態になってしまっている、シオン&フレデリカ夫婦とジェスキア公爵夫妻。
もう少し子どもを信じてあげても……