16.マリアの味方
アイリス殿下からの叱咤を受けて、飛び出したけれど、勢いで向かったジェスキア公爵邸にステファンはいなかった。
大切な用があると数日前から留守なのだという。肩透かしにあったようでがっかりしたけれど、ほんの少しだけ、ほっとしたのも本当だった。
でも、来てよかった
心配してくれていた、ジェスキアのお祖父様は私の顔を見て、安心したように笑ってくれる。アマンダおばあ様も安心したと言って泣いている。
それを見て、どれだけ心配をかけていたのかわかった。
ああ、アイリス殿下のおっしゃったとおりだわ
こんなに私を愛してくれている人達を悲しませてまで、私は何をしていたのかしら?
もう大丈夫だと、ふたりを安心させたマリアが次に向かったのは、オラクル侯爵邸だった。
どうしても、サーシャ様に会いたい。会って誠心誠意お願いしよう。
「マリア様? 突然、どうなさったの? 」
戸惑いながらも、お茶をとテラスへ案内してくれるサーシャ様に、王族に対するかのように、カテーシーをする。
「マ、マリア様、マリア様、お待ちになって。とうとうおかしくなってしまわれたの? 」
サーシャ様が慌てて、立ち上がらせようとする。
「マリア様はっ 公爵家のご令嬢でしょうがっ」
ゆっくりと姿勢を戻し、サーシャ様を見る。
「サーシャ様、お願いです。私の友人になって戴きたいの」
「はいぃ?」
「私、今回のことで、自分はひとりで大丈夫だと思っていたことが、いかに傲慢だったのか思い知りました。
ですから、これからはもっと多くの方と触れ合って、私を理解していただけるようにしたいのです。
それで、あの、サーシャ様に一番初めにご友人になって戴きたいと思いましたの! 」
ポカーンとしていたサーシャ様が、再びカテーシーをしようとする私を、慌てて止めた。
「本当にお勉強しかされてなかったのねぇ」
深い溜め息をついたサーシャ様に、やはりもう一度、カテーシーをと思ったら、睨まれてしまった。
「こんな風にいきなり押し掛けて来て、友人になれなんて仰った方は初めてですわ」
「それで、いかがでしょう?」
「先ほども申し上げましたがっ マリア様は公爵家のご令嬢でしょう? もう少しシャンとして、偉そうになさい」
「ふふ」
「何ですの? 気持ち悪いですわ」
「サーシャ様は親切でお優しいのだなと」
「き、気持ち悪い! 」
翌日から、学園でサーシャ様が側にいてくれるようになった。もちろん学年が違うので、常にというわけではなかったけれど。
サーシャ様は、公明正大だと同学年のご令嬢達に人気があるらしく、彼女の周囲にいた令嬢達も、『サーシャ様がご友人に選ばれるなら』と、少しずつ近づいてくれるようになった。
以前、その令嬢達をサーシャ様の『取り巻き』と貶めていたことを反省して、心の中で謝罪する。
ある日、学園の中庭で他の令嬢達を待っているときに、サーシャ様に聞いてみた。
「サーシャ様、どうして友人になることを承知してくださったの? 」
「あら、簡単なことですわ。私、あそこまでされて友人に望まれるなんて、人として誉れだと思いましたの」
「え?」
「おわかりにならない? マリア様でしたらどうですの? 嬉しくありませんの? 」
「サーシャ様は嬉しかったと仰ってるのね」
「ほんとにもう、お勉強しかしてないお馬鹿さんは。そういうことはわかってもお口になさらないで! 」
薄く顔を赤くしたサーシャ様が憎まれ口をきいた。
「でも、今更、私が言うのもおかしいけれど、サーシャ様はステファンをお好きだったのでしょう? …………私がお嫌いではないの? 」
「まったくもう、ほんとうにもう、そういうことは面と向かって仰っては駄目でしょうが!
大体、私は、遣り口が汚ない何処かの伯爵令嬢より、鈍ちんだけど、根性が曲がっていないマリア様の方がましだからですわ」
「遣り口が汚ないって、シェリル様? 」
「マリア様、皆が皆、マリア様を悪く仰っているわけではありませんの。でも、お立場上、高位の貴族の問題に関われない方も多いのですわ。実は、そういう方々にも私を頼って色々教えてくださる方がいらっしゃるのです」
過日、アイリス殿下が仰った、
“自分を理解して信じてくれる人を作れ”という意味がわかった。
「アイリス殿下、お手本がここに……」
思わず、サーシャ様の手を握ると意味不明だと振り払われた。
「マリア様、私はステファン様が本当に好きでした。でも彼は私を望んではくださらなかった。とても哀しかったですけれど、それが彼の意思ならと私はそれを受け入れました。その覚悟でぶつかったのですから。だからもう、私のことはお気になさらないで。
───ふふ、こんなときにいらっしゃるなんて、やっぱりステファン様とはご縁がなかったのね」
哀しみを含んだ微笑みを浮かべた彼女の視線の先には、長期で学園を休んでいたはずのステファンがいた。
こちらの方向に歩いてくるステファンの隣にはシェリル嬢がいる。
「マリア様、まだ私のことをお疑いでしょう? どうぞご覧になっていてくださいませ」
そう言って、サーシャ様はすぐ側まで来ていたステファンの前に立った。
「ステファン様、私は5歳の頃からステファン様をお慕いしてまいりました。あなたに見合うように懸命に努力も重ねて参りました。
今の私を作ったのは、ステファン様への想いです。それなのにステファン様は私をお望みにはならなかった。つらくて堪らなかったですわ。
ですがもう、ステファン様のことは諦めました。
私は伴侶に誠実でいたいと思っておりますの。ですから婚約者の方と真っ直ぐに向き合って、まっさらな関係から始めると決めました。婚約者もそれでいいと受け入れてくれております。
ステファン様、これが最後ですわ。
私はあなたが大好きでした!
今までありがとうございました!」
ステファンはサーシャ様の告白を真剣に聞いていた。そして、こちらを向いて、じっと私を見た。
「この方おかしいですわ。突然何なのでしょう、ステファン様、あちらへ参りましょ」
顔を上気させて言い切ってみせたサーシャ嬢が、ステファンの言葉も待たずに戻ってくる。
「マリア様、これで信じていただけて?」
吹っ切ったとわかる笑顔のサーシャ様が聞く。
「それに私の家の為にも、王室と親密なゼノア公爵家のマリア様と敵対するより、友人でいた方がいいのですわ」
「ちゃっかりしてるのね?」
「私、転んでも、ただでは起き上がらない主義ですの」
「あはは、サーシャ様が友人になってくれて本当に良かった。本当に得難い方だわ」
「ま、また面と向かって、そんなことを」
ふと、シェリルと一緒にいるステファンが遠目に見えた…………とても胸が痛い。
「マリア様、健気な私の為にもステファン様を取り戻してくださいませ!」
また顔に出てしまったらしい。
でも、サーシャ様は怒らなかった。
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