12.レイヴァン伯爵令嬢シェリル
お兄様と話してから数日経っても、ステファンに何も伝えられずにいる。
時々、サーシャ様が何か言いたげに此方を見てくることがあったけれど、近づいては来なかった。
そんなとき、季節外れの編入生が侍女と2人で入学してきた。皆がこの美しい編入生を取り巻いて浮き足立っている。
今の暗澹とした気持ちでは仲間に加わる気にもなれなかったけれど、彼女が自己紹介した時、嫌な予感がした。
「私、レイバン伯爵家のシェリルと申します。皆さま、よろしくお願いいたしますわね」
レイバン家は、取り潰された元ロイド侯爵領を治めている伯爵家だったのだ。
「ゼノア公爵令嬢、マリア様でいらっしゃいますね。ご挨拶させていただきます。
私、シェリル・レイバンと申します。
両親からゼノア家の皆さまのお話は、よく伺っておりました。どうぞお見知りおきくださいませ」
「レイバン嬢、こちらこそ、よろしくお願いいたします」
シェリル嬢は完璧な美しい礼をしてくれたけれど、笑顔で礼を返すだけで精一杯だった。
シェリル様が何をしたわけでもないのに、なぜかしら?
お母様のお姉様が、罰を受けていらっしゃる場所だからといって、シェリル様に失礼だわ。お父様達から話を聞いて間もないからそう感じてしまうだけよ。
でも、シェリル様もロイド侯爵家のことはご存知のはず。
そう思うとなおさら、どう接していいのかわからず、挨拶を交わしてからは特に言葉を交わすこともなかった。
翌週、シェリル嬢がステファンを囲む令嬢達の中心にいることに気がつく。
その淡い柔らかな金髪と優しげな薄青の瞳が、彼女の美しさを際立たせている。
そして彼女の令嬢のお手本のような立ち振舞いと、話題の豊富な洗練された会話に、男女問わず魅了される者も多かった。
いつの間にか、ステファンを囲む集団も、ステファンとシェリル様の2人を取り巻くような形になっている。
「どなたかとご一緒だった頃より、ステファン様もお幸せそうだとお思いにならない? 」
「あら、あなたもそう思われまして?」
あちこちで、当て擦るような会話が聞こえる。公爵家の令嬢である自分に、直接何か言ってくる者はいない。だけどそれが余計に苦しかった。
ゼノア公爵家の令嬢とはいえ、ずっと図書館で埋もれていた私に、シェリル様のような魅力はないわ
皆の言う通り、ステファンにはシェリル様のような方がお似合いなのよ
少しずつ芽生えていた勇気も、萎れて枯れてしまい、ステファンとはもう一月以上、話していない。
これまでそんなことは一度もなかった。
ますます図書館に通いつめるようになって、ステファンと会わない日が多くなったかわりに、ギール殿下と過ごす時間が増えていった。
今日も図書館で、ギール殿下と気象と治水について話し込み、楽しい時間を過ごしていた。
最近では、ギール殿下と夢の話をしている時だけが、束の間、ステファンを忘れていられる時間だった。
せっかく、楽しかったのに……
図書館の入り口に、ステファンとシェリル様がいた。私とギール殿下を見ると足早にこちらにやって来る。
ステファンの腕には、シェリル様の手が。
こんなに近くで見たくなかったな……
「第二王子殿下、此方で何を?」
「ギール殿下……」
礼もそこそこに、殿下に対して詰問するかのようなステファンの振る舞いに焦ってしまう。
そんな私に、ギール殿下が微笑んで頷いてくれた。
「何故だい? 君に言わなくてはならない理由はないはずだよ」
「……申し訳ございません。思いもかけない組み合わせでしたので」
そう言って、ステファンが私を見る。
「ああ、マリア嬢とは少し前から親しくしていてね。お互いの夢について語り合う仲なんだ」
「お互いの夢ですか……」
ステファンがショックを受けたように呟いた。
「ああそうだ。それで君達はどうしてここに? 」
「……此方のレイバン嬢が読みたい本があるというので、案内をしておりました」
ステファンが控えていたシェリル様を指し示す。
「ご挨拶申し上げます。シェリル・レイバンと申します。どうぞお見知りおきを」
「そうか、中等部の編入生というのは貴女のことだね。ギール・ルオン・ジェダイトだ。レイバン嬢、よろしく頼む」
「恐れいります」
「では、私達はこれで失礼いたします」
「ああ、構わないよ」
シェリル様が完璧な礼を終えると、すぐに立ち去ろうとしたステファンが、急に立ち止まり私を見る。
「夢は誰にも教えないんじゃなかったのか?」
「え?」
誰にも、そんなことを言った覚えはない。
突然、そんなことを言われて戸惑っていると、ステファンの腕にあるシェリル様の手が私の目に映る。
「スティーには関係ないでしょう? 」
「……そう言いながら、そう呼ぶのか……」
と言って暫く私を睨んでいたけれど、
「マリア様と第二王子殿下はお名前で呼び合うくらい、とても仲がよろしいのね。羨ましいほどですわ」
シェリル様がそう話しかけると「ああ、そうだな」と言い捨てて、ふたりで去っていった。
「マリア嬢、君とステファンは……いや、大丈夫かい? 」
「はい。何でもありません」
心配してくださった殿下がお開きにしてくれ、馬車まで送ってくれる。そうでなければ、また泣いていたに違いない。
翌朝、学園に来ると席に手紙が置かれていた。
たった一言、
「あなたには幸せになる資格なんかない」
と、そう書かれていた。
すぐに周囲を見回してもそれらしい人はいない。ただ相変わらず、ひそひそとこちらを盗み見ているだけで。
ただ、じっと此方を見ているシェリル様が気になった。
公爵令嬢のくせにと思います。
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