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「まーくん。面白そうなクソゲーを見つけたんだ。一緒にやろうよ」
連日のデスマーチが終わり、久しぶりの睡眠を貪っている時のことだった。
朝っぱらから、なんの断りも無く部屋に上がりこんできた先輩は、掛け布団を引っぺがすなり、爽やかな笑顔でそんな事をのたまった。
ちなみに、まーくんというのは、俺の名前の頭文字から取って先輩が勝手につけた渾名なんだけど、先輩以外に俺をそんな呼称で呼ぶ奴はいない。
「何してるんだい、まーくん。さっさと起きてアカウントを作りなよ」
持ちこんだ自身のノートPCを操作しながら、先輩は咎めるような視線をこちらに送ってきた。
なぜ、俺が文句を言われなければならないんだ。今朝だって、ようやく帰り着いたのは空が明るくなってからだっていうのに。こっちはまだ、ほんの数時間しか眠っていないんだ。
だいたい、面白そうなクソゲーってなんだよ。日本語としておかしいだろう。
「先輩。お願いですから、今は寝かせてください。午後から……午後からなら、付き合いますから」
せいぜい哀れっぽく懇願してみたところ、先輩は不満げながらも仕方が無いねと鷹揚に頷いてくれた。
「じゃあ、私が君のぶんのアカウントとキャラクターを作っておこう。君のノートPCを借りていくよ」
言うや否や、俺のノートPCを抱えると、やって来た時と同様の慌しさで去っていってしまった。
「ちゃんと鍵閉めていってくださいよ~」
去っていく先輩の背にそう呼びかけた後、俺は頭から布団を引っかぶった。
大学のサークルに在籍していた頃からそうだったが、この先輩はとにかく強引で横暴だった。
外見だけなら、今時珍しい、和服の似合いそうな純和風の髪の長い清楚な美女なんだけど、いかんせん中身が見た目とは全く正反対だ。
更にタチの悪いことに、実家が資産家で、親からたんまりと小遣いを貰っていて、札束で人の頬を引っぱたく行為に何の疑問も抱かず躊躇もしない性格だった。
サークルの活動費の殆どが彼女自身のポケットマネーで賄われていたこともあり、どれだけ悪の限りを尽くそうとも、誰も文句をつけることは出来ないでいた。
何がきっかけだったのかはもう覚えてないが、そんな先輩にパシリとして目を付けられてしまった俺は、陰に日向に彼女に振り回されまくった。
やがて、被害を被るのがほぼ俺一人になったことと、先輩が財源の潤沢な資金を、活動費として流用できるようになってからは、先輩の暴走を止める者は皆無になってしまった。
そんな感じで、学生時代から振り回されていたのだが、社会人となった今でも、実はあまり状況が変わっていない。
通勤の為にと職場の近くに借りたマンションの大家兼管理人が、なんと先輩だったからだ。
なんでも、このマンションが実家の資産の一つらしく、大学を卒業した先輩は、ろくに職にも就かず、名ばかりの管理人として悠々自適のニート生活を送っていたのだ。
もっとも、学生時代のよしみで、敷金礼金無料のうえ、賃貸料を半額以下にまけて貰っているのだから、こちらとしてもあまり文句は言えない。
とはいえ、合鍵で勝手に上がりこんできたり、今日みたいに夜勤明けで寝ているときに強襲してくるのは、正直勘弁して欲しい。
そんな埒も無い事を考えながら、ようやく訪れた静寂に身を委ね眠りに落ちていった。
その時の俺は、とにかく一刻でも早く眠りたかったので、PCを他人に勝手に持っていかれたという、事の重大さに気付くのは、目を覚ました後だった。
「起きろ、まーくん! 約束の午後の時間だぞ!」
数時間後。再び来襲した先輩によって、俺の安眠は打ち砕かれた。時計に目をやると、正午12時ちょうどだった。
確かに午後になったらとは言ったが、何も12時になったとたんに来なくても良いと思う。
こっちは、まだまだ寝足りないというのに。
「何か文句があるのかい? 午後には違いないだろう」
先輩はそんな俺を一瞥すると、ふんと鼻を鳴らした。
「さあ、起きて。約束どおり付き合ってもらうよ」
「わ、分りました。分りましたから、引っ張らないでください……」
俺はしぶしぶ身体を起こすと、テーブル越しに先輩と向かい合う形で腰を降ろした。
「おいおい、まーくん。仮にも女性が目の前に居るのだよ。顔ぐらい洗ってきたらどうだい?」
こっちの都合も考えず、好き勝手に押し掛けて来たくせに、いまさら何を常識人ぶっているのか。
そんな文句が喉元まで込み上げてきたが、下手に口答えすると何倍にもなって返って来るので、俺は黙って洗面所に向かった。
顔を洗い適当に髪を整えて戻ってきた俺を、先輩は妙に生暖かい笑顔で迎えた。
「まーくんってば、結構マニアックな趣味をしておいでのようだねえ」
寝起きでボーっとしていた俺は、その言葉でハッとした。
今更ながら、自分のPCを先輩に強奪されていたことに気が付いたからだ。
「か、返してください!」
慌てて、先輩から強奪されたPCを取り戻すが、彼女の表情から、全て手遅れであることが理解できた。
「まさか、まーくんが幼女愛好者だったとはね。以外だったよ」
先輩は形の良い頤を上げ、蔑むように嗤った。
震える手で、恐る恐るノートPCの蓋を開け、俺は声にならない悲鳴を上げた。
デスクトップ画面には、所狭しと、俺の秘蔵コレクションのお宝画像や、動画のアイコンがずらりと整列していたからだ。
多重に暗号化して、ハードディスクの奥深くに厳重に保管していたはずなのに、ものの見事にクラックされていた。
「迂闊だねえ、まーくん。この手のアレなデータをローカルのハードディスクに保存するなんてさ。きちんとリムーバブルメディアに保存して、物理的に隔離しておかないと」
「……肝に銘じておきます」
呻くようにそう答えるのが精一杯だった。
「私のような美女が、常日頃から傍にいるにも関わらず、欲情しないのは、そういうわけだったんだな」
したり顔でうんうんと頷くその仕草が非常に癪に障る。
「人の性癖をとやかく言うつもりは無いけどね、まーくん」
さっきまでのニヤニヤ笑いから一転して、今度は若干の哀れみを含んだ複雑そうな表情になっている。
「ロリ巫女やロリスク水やロリケモミミぐらいなら、まあ、わかる。でもね、ロリ触手とかロリ獣姦とかロリ輪姦とかロリ妊婦なんてのは、さすがの私でもちょっと引いたよ? 某ボランティア詐欺師もびっくりだ」
「わーわーわー!」
俺は慌てて先輩を遮った。
「と、ところで! どういうゲームなんですか? タイトルすら聞いていないんですけど!」
上ずった声で、俺は強引に話を変えた。
「ああ、そういえば説明していなかったね」
幸いなことに、先輩はそれ以上の追求はしてこなかった。
内心で安堵の息を吐きつつ、これでまた一つ逆らえない理由が出来てしまったことに、暗澹たる気分になってしまう。
「ゲームのタイトルは『チートオンライン!』って言うんだ。最後の『!』もタイトルだよ」
「はあ、そうなんですか」
「とりあえず、公式サイトを見てごらんよ」
URLを教えてもらい、公式運営サイトにアクセスしてみる。
『キミのチートで世界を席巻しろ!!!!』『基本プレイ料金永久無料!!!』などという、頭の悪いキャッチコピーが、やたらと露出度の高い萌豚系美少女のイラストと共に、下品な色使いで踊っている。
「どうだい? 地雷臭がぷんぷんするだろう?」
地雷だと分っていながら、なぜ敢えて踏みに行こうとするのだろうか。
先輩の言葉を右から左に聞き流しつつ、ざっとサイトを流し読みしてみたところによると、このゲームのプレーヤーキャラは、何かしらのチート能力を保有しており、そのチートを駆使してゲームの世界で無双するのが目的らしい。
ゲーム画面自体は、サイトに掲載されているスクリーンショットを見る限りでは、オーソドックスな三人称視点に見える。
別段、真新しいものではない。似たようなゲームは、掃いて捨てるほど転がっているだろう。
ちなみに、チート能力はキャラを作成した時点でランダムに一つ付与されるらしく、課金することで更に付与するチートを増やせるらしい。
当然のことながら、課金で付与されるチートはランダム。典型的な課金ガチャだ。
これも、昨今のネットゲームにありがちな、あからさまな集金システムだ。
「よくある、重課金者が超有利なゲームみたいですね」
「そうなるね。資本主義万歳」
まあ、俺は先輩に付き合う程度にしかプレイするつもりは無いし、課金する気は無いから別に構わない。
「……そういや先輩、俺のキャラも作ってくれたんですよね」
「うん。デスクトップにクライアントのアイコンがあるから、起動して確認してくれ。はい、これ。君のぶんのアカウントIDとパスワードね」
無断でおかしなソフトをインストールしないで欲しいんだけどなぁ、とか考えながら、クライアントを起動して、IDとパスワードを入力してログインしてみた。
「なんすか、これは」
キャラクター選択画面に表示されているキャラの外見を見て、俺は思わず絶句した。
そこに表示されていたのは、おかっぱというか、ボブカットの黒髪の幼女だった。
しかも、何故か巫女装束。ご丁寧に、千早まで羽織っている。
地味に感心したのは、意味も無く袴の丈が短かったりとか、脇が丸出しだったりとかいった、サブカルチャー的なインチキ巫女服ではなく、神社の巫女さんが着ているような、ちゃんとした巫女装束だったことだ。
まあ、千早は普段から着たりはしないだろうけど。
「君の性癖に合わせて、ロリ巫女キャラを作ってあげたのだよ。日本人形みたいで可愛らしいだろう。感謝感激して欲しいな」
恩着せがましく、先輩は言った。
確かに先輩の言うとおり、俺好みの人形みたいに可愛らしい素晴らしい幼女ではある。
いや、はっきり言ってドストライクだ。
若干垂れ目気味で、どことなく世間知らずっぽいぼんやりとした表情がいい。
瞳のハイライトが殆どなく、所謂レイプ目なのもポイントが高い。
キャラクターの名前を確認してみたところ、秋月 摩耶という名前だった。
「どうだい。中々の力作だろう? リアルと同じまーくんにしてみたよ」
何のことを言っているのかと思ったが、名前の頭文字が俺の本名と同じだと言いたかったのだろう。
まあ、別にどうでもいいや。
俺のキャラ――今風に言うとアバターと呼称するのだろうが、この呼び方はあまり好きじゃない――摩耶のステータスを見てみると、知力や精神と言ったパラメーターが高めの後衛タイプになっていた。
おそらく、狩りの相方の回復役にでもする気なのだろうな。
種族は人間となっている。まあ、見ただけで分るけど。
MMORPGの基本的な項目のほかに、ステータスウインドウの中に保有チートという項目があった。
これが、キャラ作成時に付与されるというチートなのだろう。
そこには、『生命感知』『超回復』という2つのチートが記載されている。
生命感知というのは良く分らないが、超回復というのは、どんなものなのか何となくわかる。
おそらく、瀕死の重傷などを負っても、瞬時にHPを満タンまで回復するとか、そんな感じのスキルなのだろう。
「先輩。俺のキャラ、チートが二つありますよ?」
公式サイトの説明では、キャラ作成時に保有できるチートは1つだけで、2つ目以降は課金が必要だったはずだ。
わざわざ、俺用のアカウントに課金してまで、チートを増やしてくれたのだろうか。
「ああ、それか。まあいずれ分るよ。それより、私のキャラを見てくれ」
はぐらかすように言うと、先輩は自分のノートPCを、俺の見える位置に移動させた。
画面を覗き込むと、そこに表示されたのは精悍な表情の狼男のようなキャラクターだった。
カラスのような濡れ羽色の黒一色の体毛で、侍のような格好をしており、腰には太刀のような武器を二本佩いている。
キャラの性別は男で、名前は東郷 三笠。俺のロリ巫女同様、和風な名前だ。
「なんか、やたらと見た目が格好いいですね」
「だろう? ケモナーである私が気合を入れて作ったキャラだからな」
鼻息を荒くする先輩を横目に、俺は他の情報にも目を通した。
ローニンというのが、この狼人間の種族らしい。このゲームオリジナルの種族で、二足歩行する狼のような風貌の種族だ。狼人間だから狼人ということなんだろうか。わかりやすい。
先輩のキャラは、俺のキャラとは対照的に、ステータスの初期値は体力や筋力、敏捷力などに比重が置かれた前衛特化タイプだ。
しかし、何より俺の目を引いたのは、保有チートの数の多さだった。
俺のキャラの2つに対して、このキャラは、10以上ものチートを保有していた。
『状態異常無効』『魔法無効』『防御無視攻撃』『回避不可攻撃』やら、見るからに卑怯そうなチートが羅列している。
「せっかくだから、数万円程度課金して、チートを増やしてみたんだ。強そうだろう?」
未プレイのネットゲームに、そんな大量の課金をするなんて、正気の沙汰ではない。
普通、この手のオプション課金は、とりあえずプレイしてみて、必要性を感じたら課金するもんじゃないのだろうか。
別に、先輩の金なんだから、どうしようと先輩の自由だけど。
ちなみにこのゲーム、さっき先輩が「気合を入れて作った」と言っていたように、キャラクターの作成について非常に凝ったつくりになっている。
髪型や目のパーツ、体型を選ぶぐらいなら珍しくも無いが、このゲームの場合、選択できるパーツ数が何万種類と膨大な数に及ぶ。
目のパーツ一つとっても、形はもちろん、睫毛や虹彩、瞳孔の大きさなど、幾つもの組み合わせが存在する。
服装はもちろん、人体を構成するパーツを膨大な種類から選んで組み合わせることが出来、ほぼ自分だけのオリジナルキャラクターを作ることが可能だ。
選んだ種族によって、ある程度の制限はあるものの(例えば、エルフなら必ず耳のパーツは尖っているなど)このシステムは中々すごいと思う。
むしろ、この機能だけに特化して、簡易CG作成ソフトとして売り出したほうが良いんじゃないだろうかと思ったくらいだ。
もちろん、そこまで拘らない人の為に、システム任せで作成することも可能だ。
先輩は、この機能を駆使して、俺のロリ巫女と自分の狼男のキャラを作成したようなのだが、あの短時間で、こんなマニアックなキャラクターを2体作成したのだから、そこは素直に大したものだと思う。
「では、さっそくプレイしてみようか」
「はいはい」
正直乗り気ではなかったが、先輩には色々と世話になっていたり、弱みを握られたりしているので、おとなしく付き合うことにした。
どうせ、すぐに飽きるだろうし、それまでの辛抱だと、自分に言い聞かせながら。
「安心したまえ。面倒臭がり屋さんの君の為に、wikiで事前に情報は収集済みだ」
「それはそれは有り難いことで」
おざなりに返事をしつつ、俺は先輩の作ってくれたロリ巫女―秋月 摩耶で、ゲームにログインするのだった。




