かんがえかたは たくさんあって
灰色の空ばかりを見てきた。
きっと、他の場所では。他の生き方のヒトたちは、空はもっと別の色で見えているのだろう。
「……んあ……」
目蓋を照らす陽の光の熱さに目を覚ました。薄く開ければ入り込む光が痛くて、ごろりと転がる。
いつもの冷たすぎる木の寝床ではない。むせてしまうほどの臭気もない。
体を包むのは温かい毛皮だった。
「まだ寝ぼけてるだろうが……さすがに起きてくれ、腹も減っただろう」
この、やさしい声は誰だったろう。今まで起こしてくれたたくさんのヒトがぼんやりと浮かぶ。
あぁ、そうだ。そうだった。今の自分はゴブリンに転生して、奴隷にされて、妹と……。
「うにゃ……」
キュゥゥクルル。
今の音はなんだ。分かる、分かるけど、そんなに大きな音じゃないはず。
はっきり覚醒した意識は全てを思い出させた。転生したあとのこと、ここへ辿り着いたこと、助けてくれたあのヒトのこと。
今の音が、自分の腹の音だということも。
「は、はわっ!?」
「……ふ、ふふっ、顔を洗ってメシにしよう。もう昼だけどな」
仮面で笑った顔かも分からないけど、肩を震わせながらアラシは寝ぐせのついたジェイコブの髪を一撫でして去って行った。
恥ずかしさで顔が熱い。こんなに自分の体温が高くなるなんて知らなかった。
隣には未だ眠り続ける妹と、足だけをもぞもぞ動かしている赤ん坊がいる。すべて、現実だった。夢じゃない。
城の広間ではベネットや赤い狼たちが走り回っていた。手伝いにと駆け付けた多くの住民も、せっせと昼餉の支度に取り掛かっている。
その中には、昨日救出したばかりのものも混じっていた。
昨夜まで姿を見せなかった者も。
「ベネット様……」
「……トーマさん」
その後ろにはいつもより元気のないドレアスとジェイソンも控えていた。いつも明るい振る舞いでいる彼らがそのように落ち込みきっている姿など、ここ数十年見ていなかったものだからベネットもかける言葉を見失う。
「あの、彼らの調子はどうですか……?」
「……何もしないでいる、というのがとても怖いのだそうです」
ベネットの視線の先には皿を運ぶ御者の男の姿が。明るい日差しを受けるとより一層、こけた頬や骨の浮かぶ首回りや腕に目が移ってしまう。
「眠ることにすら怯える方もいらっしゃいました……でも、アラシさんがよく眠れる薬草を焚いてくださって、みんな朝までぐっすりです」
「あたしが寝坊したのはそれのせいか……」
「ドレアスはいつもお寝坊だよ」
いつもの軽口にベネットはふわりと微笑んだ。しかしそのやさしい笑みを素直に受け入れがたくて、ドレアスは目を逸らしてしまう。
「おい……お前ら、さっさと交替でメシにしろ。全員が食ったら軍議をするぞ」
突如として投げかけられた鋭い言葉。のっそりと現れたのはフリードリヒだった。いつも機嫌が悪そうなのに、今はさらに虫の居所が悪そうだった。小鳥だったら一瞬で失神する、そんな視線で睨まれる。
「……ぐん、ぎ」
「忘れたのか、ここはいつ戦禍に巻き込まれてもおかしくねぇ立場にある。黒い方のエルフに恩を売りつけてドワーフや獅子野郎にも貸しを作る。ここに足りねぇのは交易だ。その口実にもなるからな」
ベネットは軍議という言葉に顔を顰める。せっかく一難去っても、はるかに大きな難題を抱えたまま現状は変わっていないのだ。
「おい、あんたなぁ」
「フリードリヒの言う通りだ! 一気に民が増えてしまったからな……イグテラ様から施される木材だけではまかないきれない、資源もあっという間に底をつくだろう。同盟を切出すいい機会だ!」
今にも噛み付きそうなドレアスを下からひょいと出てきたユリウスが制する。
確かに、ここは砂漠のど真ん中。イグテラやデントロータスのお陰で緑に囲まれているように見えるだけで、一歩外側に出れば周りは見渡す限りの砂の海。
徐々に住民が増えたことで家も増やさなければならない、食糧の調達も間に合っているというわけではなかった。かと言って森に行くにはベネットやアオイの移動魔術が必要不可欠。
今は保存食を切り崩して回している状態だが、木材は家造りに使うばかりではない。戦いに備えて武器の用意もしなければならないのだ。
「……それで、なぜベネット様を部屋に入れなかったのですか」
今や広間が食堂のようになってしまったものだから、本来の食堂は会議室として使用している。集まる顔ぶれも大体は決まっていた。それぞれの管轄を取り仕切るリーダーや戦闘経験のあるもの、そこに黒い狼のファミも混ざっている。
ただ、いつもの集まりには絶対にいるはずのベネットがいないのだ。
否、正しくは三人が欠けている。
「戦争を望まない者が軍議に混ざってなんの意味がある。だったら、外で民のために走り回ってる方がマシだ」
「ベネット様はここの王になる方ですよ」
「お前らは王だの側近だの……ここは今、国として機能していると思うか? 俺には難民キャンプにしか思えん」
「貴様!!」
話し合いをするために集まったはずであったのに、出だしは言い合いになってしまったことで会議室の空気は最悪と言ってもいい。狩猟や作物管理の管轄のリーダーは『早く持ち場に戻りたい』と顔に出ている。
「喧嘩をするために集まったんじゃないだろう!」
誰も間に入りたがらない雰囲気を察してか、ユリウスがトーマとフリードリヒの仲裁に入った。子供の姿でも迫力は十分だし、あと声がやたらと大きい。
「トーマ……ベネットは自分が未熟であり弱いということを自覚している。戦いを先導する存在は確かに必要だ。だがそれすらもベネットに押し付けたいか? 民の近くに、心のそばに寄り添う領主……心優しい王がいても、いいだろう」
民たちは確かにベネットに感謝しているだろう。しかし誰が率いているかと問われればどのくらいの割合がベネットであると答えるか。アオイやフリードリヒ、アラシや自分たちの名前が挙がってもおかしくはない。
ベネットは決して目立とうとはしないのだ。口では自分が領主であることを認め、いつかはよき魔王になるとまで言ってくれている。けれど、それにかなう行いとしているかと問われれば頷くことはできなかった。
「……すみません」
「素直になったな! よいことだ! では、軍議を始める」
ベネットのいない空席を見つめる。確かに、前世の自分たちの王は政治を豪族や貴族に預け、戦争など良い結果だけ分かれば良いという様だった。
それを思えばベネットは本当によくやっている。民を思い、良き暮らしになるよう毎日考え、他者には休むように言っているのに自身は休むことをしない。そんな彼女に、戦争の責任まで押し付けようとするのは、あまりに身勝手ではないのか。
フリードリヒが、そこまで考えているとは思いたくはないが、明らかにベネットに対して考え無しだったのは自分かもしれないとトーマは奥歯を噛みしめる。
「どばん!! しつれーぃしまぁす!」
「自分でドア開ける音言った……」
勢いよく開かれた扉に立っていたのは不在のうちの一人、アオイだった。
「偵察に行ってた俺を抜いて軍議始めちゃうとかひどくない?」






