いかりと、てきいと、けんおと
かつての仲間……勇者パーティーの一員であったジェイコブの糾弾にトーマたちが動かせずにいたのは体だけではない。表情は胸の内を表すこともできず頬すらぴくりとも動いていなかった。
これがジェイコブ以外であったなら反論もあったかもしれない。『お前だって同じことをしただろう』と。しかしそんなことを言える立場でないことは明らかだった。
勇者パーティーは別名『魔族討伐団』と呼ばれはしていたが、始めはそれこそ魔獣の退治がおもな任務であったはずなのだ。それがいつしか、魔族の村々を焼き討ちするというものが多くなった。もはや、最初に村を焼き払ったときの気持ちもそれに慣れてしまったときの気持ちも思い出せない。ただ今は、悔やむことしかできずにいる。
ジェイコブだけは魔族の村に火を放つと言い出したユリウスに反発していた。しかし語った言葉は聞き入れられることはかなわず、にべもなく一蹴された。魔族の村を焼き払う計画が実行されるそのときだけ、ジェイコブは絶対に手を出さない。遠くで、村から上がる炎を見つめて何も言わずに帰る。
ジェイコブは何度もユリウスに進言していた。しかしミドラスの民衆は魔族の村を焼き払ったユリウスたちを称賛した。ジェイコブに、止める術はもうなかったと言えよう。
だから、ただ見ることしかできなかった。
「何も、できませんでした。少し前までは、アオイのことを残酷な男だと忌避していましたが……それ以上に私達の方が残酷だということを、忘れて……忘れようと、していたんです」
アラルで貴族を大勢殺害したアオイのことを心の内で何度も非難した。自分たちの過去の行いを棚に上げて。箱にしまって、頑丈に蓋を閉めて。
「……ジェイコブ、すごい怒ってた……あんな顔、見たことなかった」
ジェイソンは前世、ジェイコブとはとても仲が良かったのだ。昔話をすれば、何度も名前を出すほどに。会いたかった、会えたらいいと願った。けれどこんな再会を望んだわけではない。それが、ただの子供じみた我儘だとしても。
「ユリウスはすげーな、あの魔族討伐団の団長ってバレて、白い目で見られて追い返されてるのにめげてねぇ」
この場にユリウスとサイロンはいない。トーマとドレアス、ジェイソンの3人だけ。人目をはばかり、暗闇の中に身を縮こまらせて自分たちだけが隠れている。
子供のなりといえど、民はユリウスを許すことはできなかった。乱暴な振る舞いこそしておらずとも、その目は明らかな嫌悪。身振り手振りで何度もユリウスが追い返されているところを見た。
自分たちが同じことをされれば、きっと心が折れてしまう。だから折れてしまう前に逃げたのだ。
「覚悟を……したつもりだったんですが、いざ向き合ってみると恐ろしいものですね。守りたい対象の敵意に満ちた視線というのは」
あまりにも浅はかすぎた。半端すぎた。軽く考えていた。
前世の行いがミドラスにとって褒め讃えられていたことであっても、正義だと信じて進んでいた道だったとしても。それらが他者から見て道理から外れていることなのだと。
いつかは知られることだった。そのときに自分たちが心を改めたと知ってもらえれば。そんな考えで。
許されなくてもいい。そんなのはただの戯言だ。なんて愚かしい。
「アオイも、アラシも、すごい……あの二人は、ヒトを助けられる勇気も自信もある」
「あたしらは奪うばかりだったんだ、今さら助けようったって……」
いつだって明るく、快活である性格のドレアスがこんなに弱気なところを見たことがなかった。
これほどに悔やむなら、どうしてあんなことをしてしまったのか。過去の自分を恨んだって何も変わりはしないのに。
アオイと自分たちのどこが違うのだと。大勢を殺したことは同じじゃないか。アオイも、魔族討伐団も正義のために等しくその対象を粛清しただけなのに。
あぁ、そうか。
自分たちが殺したのは、奪ったのは。何の罪も犯していないものたちだったじゃないか。
魔族は生きているだけで罪深い、昔はそんなことを言っていたくせに。
あぁ。なんて、愚かしい。
「君たちの覚悟というのは、紙より薄っぺらいものだったのだな」
「サイロン……」
暗闇をより濃くする大きな影。ぬぅ、と現れたサイロンの額には包帯が巻かれている。
「おめーも後ろに引っ込んだじゃねーかよ」
「どうしたんですか、その怪我は」
「石を投げられたのだよ。的が大きいから当たってしまったようでね」
冗談めかして言っているようだがその口元はにこりともしていない。的が大きいから、なんてそんなの大嘘だ。サイロンがそんな石なんかをまともに食らうわけがない。わざと、当たったのだろう。
「重湯とやらを作っていた。アオイはそれを作るために、イネを開発しようとしていたのだろう。まったく……どこまで予見していたのやら」
「おもゆ?」
なぜここでイネの話が出るのか。確かに、アラシがアオイのイネ開発を手伝うようになってからは劇的にイネは美味しくなった。イネとは、そのものに味はなく調味料がなければ食欲など湧かない。
それがここ数年のうちで厨房ではイネを常備するようになり、中にはパンよりイネだと言ってその美味さを力説する民もいた。噛むほどに甘く、なにより腹持ちがいい。確かに狩りの携帯食によく要望はしたけれど。
「イネを茹でた時の白い湯のことらしいのだよ」
「えっ?」
白湯といい、重湯といい。彼らは自分たちにない様々な知識を有している。その多くは、理解できないものが占めているとしても。
「飢餓状態の腹に冷たい水や固形のものはだめだというのだよ。栄養のあるものと思ったけれど……確かに、病人に肉の塊を食べさせはしないだろう、その理由と同じだ」
ただイネの色が浮いただけのようなお湯を飲ませることに果たして意味があるのかは分からない。だが言われてみればそうだとも頷ける。
「彼らは冷静に、的確に判断している。ユリウスも邪険にされながらでも救助の流れを止めまいと動き回っている。ジェイコブの妹や赤ん坊のように、命尽きる寸前のものがいるからだ。君たちはどうするんだい」
その言葉がずんと腹の奥に重く落ちる。何か言おうにも喉がぎゅっと絞められているようで声も出せない。
拒絶がおそろしい、非難され、罵声を浴びるのがおそろしい。ベネットに、軽蔑の目で見られるのが、怖い。
「……この手が、奪うだけだと、自分に信じ込ませていました。自信も、勇気もないんです……サイロン。君は、多くを奪った手で、他者を救うことに躊躇いはありませんか」
「あるとも」
その答えが想定外に早く、はっきりとしたものだったから下を見るばかりの頭がようやく動く。
「その命が零れ落ちたならば、また自分が奪ったと思うとも。事実そうだろう、だから、少しでもすくいあげるために僕も動くとするよ」
サイロンも、ユリウスも迷いがなかったとは言い切れないだろう。けれどトーマたちよりも早くその迷いから立ち上がり動く事を決意した。それが、ひどく羨ましい。
身動きがとれないのではない。自分が動こうとしていないだけだ。
動かなければ、立ち上がらなければ何も変わらない。
それが前に進めることか、後ろに下がることなのか、今は分からないけれど。
「アオイ……私たちに、何かできることは」
アオイは固まっていた。さっきまでベネットが愛用しているミシンを壊れるんじゃないかと心配になるくらい、超高速で衣類を縫っていたのに。なんでもできるとは思っていたが、まさかミシンで縫い物ができるとは思っていなかった。
そして、アオイが固まったのは目の前に並ぶ3人がまるで叱られた子供のように見えたせいもある。
「……お風呂そうじ」
「は……?」
聞き間違いかと思ってドレアスは尋ねてしまった。その聞き返し方は、間違っているのだけれど。
「お風呂そーじ。はやく行って」
また訳の分からないことを……。そうは思っても、アオイとアラシは先頭に立って指示を出して自分自身も人手が足りないところを手伝っている。だから、今言い渡された仕事は手が足りていないところであって、必要なことなのだ。
そう、納得させるしかないだろう。






