まぁわかるよ
朝日は昇る。繰り返し繰り返し、その日の始まりを告げるのだ。
「朝なのです! 起きるのです!! いつまで寝ているのですか!」
始まりを告げるのは朝日だけではないようだった。
「うっ……うるせぇ……」
「なんて汚い言葉遣いなのですか!」
掛け布を顔のほうに手繰り寄せて、ドレアスは日の光の眩しさから逃れようとしている。追い打ちをかけるように、マテウスはそれを許すまいと掛け布の反対側を引っ張っていた。
「元気だなぁお前……はぁ~あ、やっぱり気を張ってた分、疲れてたんだなぁ」
しまいには布全部を持っていかれ、丸まった布を抱えているマテウスの顔を見上げた。怯えと警戒で線のように細くなっていた瞳孔はまんまるとして、随分と顔つきが変わったように見えた。
そういえば今日までまともに眠った覚えがない。誰が裏切るかも分からない、寝込みを襲われるかもしれない。眠っているときでさえ精神を研ぎ澄まさなければならなかった。加えてアオイが起こしたアラルの大量殺害未遂及び、おそらく商人か貴族を殺して娼婦たちを連れてきたこと。
そして赤い狼の一件。自分たちの強さに驕りがあったこともあって、赤い狼たちの訪れは命の危機というものを叩き込まれた。自分たちは、まだ弱すぎると。
「ようやく起きたか! 踏むところだったぞ、だっははは!」
「マテウスの目覚ましよりはマシかもな」
「なにを言っているのです!?」
体を起こせば多くのものたちは既に動き始めている。そして鼻孔をくすぐるのは肉が焼ける匂いとパンのかおり。意外にも、赤い狼たちは朝食の配給をしている場所に列を作って待っていた。それにならって他の民たちも一列に並んでいる。今までならば、配給場所をぐるりと囲んで近くにいたものから渡していたものを。
さらに驚くことに、狼たちは受け取った朝食をすぐ食べるわけでもなく、立ち上がれない老人や酷使されて動きのおぼつかない女性に配っているのだ。あまりに……あまりにも、想像と違いすぎる。噂だけを鵜呑みにしていたことに気付いて、ドレアスは己を恥じた。
「あっ、筆頭おはよーございやす、心配したんです……よ?」
一人の狼が「筆頭」と声を上げたことで周囲にいた他の狼たちもパッと口を開けてその方向を見る。しかし。
「うん?? ありがとぉ」
「ギャア!?」
それは筆頭じゃない。アオイだ。どうして間違えたんだ。
「アオイ様!おはようござい、ま……!? 無臭のアオイ様から……け、獣のにおいが!!」
「おめーも獣だろーが」
ピクピクと小ぶりな鼻を膨らませてマテウスは飛びのいた。確かにアオイは無臭だ。嗅覚が優れている獣人では後ろに立たれても音がしなければ気付きはしない。それに気付いた……ということは、アオイがなんらかのにおいを発していたことで間違いないだろう。
「そういうことじゃないのです! よいですか! 獣人は鼻がきくし、好いていればなおのことよく覚えるものなのです!」
「まぁ分かるよ……」
うんうん、と頷きながらマテウスの話を半分聞き流す。ドレアスはある程度の察しはついていたのだから驚くことじゃない、と言い出さないように口を噤んだ。
「ま、魔術師の兄ちゃんよお……その、筆頭は、どうしたんだ?」
「まだ寝てるんじゃないかな」
徐々に群がっていた赤い狼たちが揃って、ただでさえ大きな口を戻るか心配になるくらいに広げてしまっている。顎が外れないか心配だ。
「あの早起きの筆頭が!?」
「誰よりも早く起きてメシ作って洗濯済ませてる筆頭が!? 寝坊!?」
「あいつそんなことしてたの……」
子だくさんの家の母親みたいだな……とドレアスは一人、記憶に想いを馳せる。前前前世くらいは小さな村で生まれた。そのときの村長の家がこれまた大家族で、子供が12人、村長とその妻、そして祖父母とさらに曾祖父母もいたから随分賑やかな家だった記憶がある。そこの女たちの朝は早かった……。
「まぁ、長年の疲れが出たんじゃない?」
「いやちげぇ……そんなことを聞きたいんじゃねぇ……いいか、そもそも狼の嗅覚ってのはなあ、残り香くらいで本物がいると勘違いするこたねぇんだよ」
「一晩一緒に居ればうつるんじゃない? あ、半日か」
野暮なやつらだな、とドレアスは腕組みしてその様子を見続けた。なかなか面白い光景なのだ。悲嘆の声を上げながらも狼たちは皿の上に朝食をせっせと運んでいる。アオイの分ではなく筆頭と呼ばれる小柄な狼が食べる分だろう。しかしちょっと多すぎないだろうか。
「一緒にいたくらいでうつるか!! うっ、ううっ、俺らの筆頭が……」
「やっぱり頭目を振り切ってでも様子を見に行くんだった……筆頭が長年探してた相手だと思って大目に見てたが……それが、それが! こんなやつなんて!」
「アオイ様を侮辱するのは許さないのです!」
「朝っぱらから怒んなよ」
混ざるんじゃない、と制止しながらアオイと狼の間に入りかけたマテウスを引き戻す。軽い体は脇に手を突っ込めば難なく持ち上がってしまった。
「何やってんだ、お前たち……」
「筆頭ぉ!!」
軽い騒ぎになりかけていたものだから、筆頭の隣にはベネットが苦笑いで寄り添っていた。
「よかった! 無事だったんすね!」
「なんの話だ」
おいおいと泣きじゃくる大男たちをかき分けて話題の中心人物がようやくお出ましだ。ドレアスは筆頭の姿をほんの少ししか見ていなかったが、その線の細さに目を丸くする。やはり、子供と変わらないじゃないか。そして何よりも目を奪ったものがあった。
「起こしていかなかったな、アオイ」
「どうせ部屋で食べるでしょ? 持ってってあげようと思って」
「まぁ、そうだが……突然いなくなるな」
皿に溢れるほどに盛られた朝食をアオイから取り上げ、片手の行く先はアオイの片手だった。そのまま手を引っ張られて二人は足早に城へ戻っていく。その姿を目の端にでも留めてしまったものはやはり動きが停止してしまうだろう。
ドレアスは、その二人の様子を見て動けなくなったのではない。ベネットも隣に居て、その視線は一ヵ所しか見ていなかった。
筆頭と呼ばれる、小柄な赤い狼の首には『枷』が嵌められていたのだ。それもただの奴隷につけるようなものではない、あんな頑丈なもの初めて見た。奴隷という存在を許さないと言っていたアオイが、あの状態を放置するはずがない。アオイが嵌めたわけでもないだろうと、信じたい。昨日見た時、あの首が布で覆われていたのはきっと首枷を隠すためなのだと。






