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もう転生しませんから!  作者: さかなの
魔王と勇者 編【L.A 2034】
20/53

せかいで、たったひとりの(挿絵有)


「アオイ!!」

「やっと来たんですか、自称魔導師」


 ジェイソンは無邪気に微笑んで、喜んだ。優劣でいえば、こちらが圧倒的に勝っている状況に見えている。ただ、ジェロシアの黒魔術はあまりに得体がしれない。かすっただけであの兵士のように息が止まってしまう呪術以外にも残虐非道なものがあるのだろう。だからといって、アオイがなにをどうこうできるのかは分からないが。


「あいつ……がぁ?」


 あの異質が、ユリウスのいう天才だというのか、と怯えるだけだった顔はみるみるうちに憎しみで満ちていく。


「あのね、俺は天才でもなんでもないよ。長く生きてただけで、することが学ぶくらいしかなかったから……ただ、魔術に魔術を重ね掛けして、解除するのはできると思う、ううん、できるはずだよ」

「んだとぉ!?」


 アオイは語りながらベネットの頭を撫でていた。その手は肩へと下り、もう片方の手は黒魔術を食らってしまった兵士を指差す。


「ベネット、魔術は生き物だ。中心には核、そして骨があって、肉がついてて皮がある。魔術も元の大元素、付加する要素、条件、結果として目に見えるもの。それを理解して重ね合わせるんだ」

「なに簡単そうに言ってんだ……頭悪ぃのか?」


 むっと睨みつけているのはジェイソンだけで、先ほどの言葉を呑み込めていないのはトーマたちも同様であった。何を言ってるんだ、と言いそうになった言葉はなんとか喉の奥でせき止められる。


「大体、魔術と黒魔術は違う! 魔術は火やら風やらをただおこしてるだけだ! 黒魔術は毒の調合さ……それには材料がいる、それが生贄だ。魔王様よぉ、あんたは何を生贄にすんだァ?」


 トーマはうっかり頷いているが、大きく変化している些細な現象に気付いていない。ただ、ドレアスだけは気付いていた。消えた音が、蘇ったことに。


「ぶはっ!! は、はぁっ、ヒッ、はヒ、はァ」


 泡を吹いて死んだものと思っていた兵士が、息をしている。紫色に変わっていた顔には赤みがさし、必死に呼吸を繰り返していた。周囲にいた兵士たちは勿論、トーマたちも驚き目を丸くする。


「聞いちゃだめだよベネット、俺の声だけを聞くんだ。大元素は心臓、術式は骨、要素は肉、条件は皮。いらないものを捨てて、新しいものをはめ込む。いいかいベネット、魔術は生き物だよ。そして魔術は……後から変えられる」

「ふざけんなぁ!!」


 黒いもやをまとう魔術陣から一閃が放たれても、それはアオイに届かず羽虫のように叩かれ、消え失せた。

 ベネットとユリウスを同じ光が包み込む。秋の陽射しのように、夏の夕暮れのように、あたたかな金色がやさしく揺蕩っている。息を吐くということも忘れ、誰もが目を奪われるその光景は美しいの一言では足りなかった。

 あれが本当に、人々を陥れる残虐な魔王だというのか。ならば、多くのものたちを殺し、贄として力を蓄え続けたこの呪術師はなんなのか。


「それができるなら……あんたはなんで俺にそれをやってくれなかったんだ」

「俺は君のことを知らないからね、君に情がなかった。だからできない」


 ぼんやりと聞こえるやりとりは、ただ鼓膜を掠めただけで脳に伝わらない。ただ、顔見知りだったのかと感じるだけ。


「呪いだけうまいこと消したとしてもそいつの体はもうボロボロだ! 日が落ちるまでにもつかどうかの命を今更どうするってんだ!?」

「ジェロシア……俺はな、今の体を治したいわけじゃない。死んだっていい。いや、死期が限界ギリギリになるまで待って……ここへ来た。次に転生しても、お前に付きまとわれないようにな」


 ベネットは固く閉ざしていた瞼を開く。手は震え始め、光は失われていった。

 ユリウスは呪いを解いて生きるためにきたのではない。呪われた体から解放されるために、ここへきたのだ。おそらく、刺し違えてでもジェロシアを殺すために。


「……おわった。ひとりも……殺せなかった……ベネットの前で、殺したく、なかった。こわくなったんだ」

「全く手ごたえがねーったら、軍の教育はどうなってんだ?」

「手加減をするのも疲れるのだよ」

「さて、そちらはどうなりましたか」


 静まり返った背後には、のびきった兵士たちが地面に転がり、一部では積み上げられ山を成していた。


「なんでだよ……なにが、精鋭部隊だよぉ! クソ雑魚じゃねぇか!!」

「彼らは彼らなりに鍛錬を重ね、兵士として強さを磨いたのです。それを侮辱しないでください」


 剣を向けられてもジェロシアは尻込みしない。舌打ちを鳴らし悔しそうに眉間に皺を寄せるが、口元はニッと吊り上がる。


「ふん……ま、材料が増えたと思えば」


 背後に隠した手に黒いもやが集まり、兵士たちを呑み込みそうなほど巨大な魔術陣が現れた。トーマが剣を振りかぶっても、後ろへ飛び跳ねたジェロシアには切っ先があとほんの少し足りない。魔術の攻撃も間に合わない。兵士たちという犠牲ではなく、その犠牲によって引き起こされる事態を予想し背中が凍っているのかと錯覚するくらいに冷たくなる。


「う゛ェッ!?」


 視界を闇が覆う。後ろの毛皮と外套の隙間から見えたのは、一体なんなのだ。ベネットとユリウスを包んでいたあの光が集まったような、闇の中の一点のきらめき。あれは、紛れもなくアオイ『自身』の一部だ。

 カエルが潰されたような音を出して地面に押し付けられているジェロシアは、目を血走らせて自分の頭上にいるアオイを睨みつけるが全く効果は無い。


「……さぁ、ベネット、やれそうか?」

「で……きま、せん。どうして、死ななきゃだめなんですか、死が救いなんて……悲しすぎます……っ、私、わた、し、お兄ちゃんが勇者だったなんてこと、知らなかった」


 ぼろぼろと零れるばかりの涙は瞬きをするほど溢れ落ちていく。


「お前のような魔族の村を焼き払って、魔王を狩っていた……勇者は、魔王と敵対し、そして倒すことがさだめられているからな……俺を、軽蔑するか?」

「勇者は、絶対にそうしなきゃならないんですか?そう誰が、決めたんですか? 魔王でも、勇者でも、仲良くしちゃ、いけないんですか……っ、お兄ちゃんは、私だから何もしなかったの?魔王が私じゃなかったら、倒したの?」


 多くの問いばかりを投げかけてしまう。十九年、一緒にいたのに何も知らなかった、知ろうとしなかった。どこで仕事をして、どこから帰ってきているのかさえ。だから、ただ毎朝『いってらっしゃい』と送り出して、『おかえりなさい』と迎えるしかなかった。たとえ、勇者として魔族を倒しているということを前世のうちに知っていても他人事のように感じたかもしれない。だって、魔族なんてものを見たことがなかったから。

 ユリウスはずっと申し訳なさそうに眉を垂れて笑いかけるばかりだった。


「倒さなければならないと……思っていた。何度転生しても、ずっとずっと……そうしてきた。でも今更になって気付いたよ、転生者でも魔族に生まれ変わる、魔王になることもある。倒すべきはただ、魔族や魔王と呼ばれる存在じゃないものだった……」


 笑いかける顔を崩さずにいるのだろうけれど、もうその膝が地面から離れられないことを分かっていた。湿った咳と共にせり上がる血塊を必死に喉で抑えていることも、知っていた。


「俺を嫌いになったら、このまま死なせてくれ。呪われ続けるなら、それが俺の自己満足の贖いになる」


 今の苦しさだけを、ほんの束の間であっても止めることが出来る。転生者を、死を恐れるものと恐れないもので二分するならば、ユリウスは恐れないものの方だ。恐れるのは、死を引き寄せるほどの痛み、虚脱感に怯えるもの。そして―――。


「転生するからって、命を軽く見ないで! 世界は、転生者じゃない人も多くいる。私たちは、なぜか転生者で何度も生まれ変わってる……でもそれは、ただ記憶を引き継いでるだけ。そのときで生まれた地が違って、お母さんとお父さんが違って、友達になる子が前世と違って、職業が違って……新しい人生を歩んでいるの。その人生で、たくさん愛した人たちとお別れしてるの……!」


 そして、別れを恐れるものだ。


「生まれ変わるから死んでも呪われてもいいなんて……私は、今でおわり、今生きてる人生でおわりって思いながら生きてる。もう転生しないかもって考えながら」

「……ベネット」


 そんなことを考えたことはなかった。転生者があり、転生局がある。再会したいものが転生者ならば、転生局へ問い合わせることだってできるのだ。だが……転生者でないものは、二度と会うことはかなわない。

 この長い転生が終わるという発想も初めてのものだった。自分たちに、終わりなどあるのだろうか。

 ……始まりがなんだったかも、もはや覚えていないのに。


「……お兄ちゃんが……死んじゃって、もう会えなくなったらって……こわいの……」


 小刻みに震える肩は、ユリウスにとってもう届かない場所にある。伸ばした手もかすむほどに、もう目も見えていないのだから。しかし、まだ耳と口が残っている。まだ、ベネットの声を聞いていられる。


「ベネット……俺は、お前にたくさん隠し事をしていた。だが嘘はつかなかった。約束も、守った。俺の人生で、愛した妹はお前だけだと……二度は、もう来ないと思って……だからお前を失ったとき、死を切望したよ。生まれ変わりたいからじゃない、終わらせたいって思った」


 ベネットも、ユリウスも、互いが大事だった。それは、二人が今まで歩んだ転生の道のりにおいて、家族というものを幼少期に失うという『さだめ』があったから。お互いが、初めての兄弟だったのだ。


「なぁ、俺の知ってるやつはさ、自分は転生し続けるけど転生しない相手を愛したんだ。きっとまた会えるって……どうやって分かるんだ、相手も覚えてないし全然違う種族や見た目、性別だって違うかもしれないのにって言ったらそいつ……絶対に分かるって言うんだぜ。転生者は、ただ生きてるヒトに乗り移った記憶みたいなもんだ。だから、転生者じゃない存在は、きっと同じ魂だけど乗り移った記憶がないだけなんだ。魂に刻まれたものは、記憶よりずっと強い。俺は、記憶が戻る前から自分には妹がいるって思い込んでいたらしいんだよ。ユリウスの記憶がなくたって……魂が俺なら、ベネットを覚えているさ、ずっと」


「どうして……そんなに私のこと……」


 ふ、と零れたのは微笑みだけではない。口の端を、赤黒く変色した血が細く線を作る。


「言ったろ、俺にとってベネットだけが唯一傍にいた家族なんだ。俺は、転生し続けても孤独になる……そう、世界が回ってるんだ。ベネット……お前が、俺に家族を与えてくれたんだよ」

「私だって、ずっと独りぼっちだった。だから、お兄ちゃんがいた前世は、すごく……すごく、幸せだった。だから……死なせるための魔術なんて……使いたくなかった……っ使いたく、ないよぉ」

「……約束する、記憶がなくたってここへ戻ってくるよ」


 ふたたび、あの金色の光が広がる。ベネットの涙まで同じ色に見えるようだった。ユリウスにはもう、視界が金色だということしか分からないのだけれど。


「血は繋がっていなくても……また、兄と妹になってくれないか?」

「……っ、ご、めん……なさいっ、ごめんね、お兄ちゃん……私が、もっと勉強してれば……このまま、一緒にいられたのに」

「油断してジェロシアに呪いを受けた俺が悪い……今のお前ならできるはずだ……俺に、呪いをかけてくれ」

「―――ッ!!」


 己の無力さが、無知が、あまりにも悔しい。勇気を出して転生局に行っていれば、あの日自分の隣にはもう一人いたのだと、かつての仲間だった彼らに伝えていれば、何か変わっただろうか。だけど過去は過去。もう変えられない。目の前のこの光景が、過去を積み上げた現在という形なのだから。


「できるもんか、脳みそ小せぇ無能どもが! いくら魔王でもてめぇは弱い! 最弱の魔王……いや雑魚魔族だ!!」

「……ね、お前は、黙ってようね」

「ヒイ゛ッ……!?」


 額を鷲掴む手は、無機物のように冷たかった。このまま、首をへし折ることも容易い、と。視界に影を落とす獣の頭蓋骨がそう言っているように思える。


「ベネット、大丈夫、呪いなんかじゃないよ。君が彼にかけるのは願いだ、魂のお守りだ。大丈夫だよ、君の想いの方がずっとずっと強いんだから」


 同じ声なのに、気味が悪いほど違って聞こえる。やさしく話しかけているその言葉すら、ジェロシアは震え上がり恐怖した。

 アオイの言葉に、ベネットは一歩、また一歩と踏み出す。ユリウスの伸ばしたままだった手を握り、もう自分で動かすことのできない指に自分の手を握らせた。


「う……うぅっ、わた、私っ、ごめんなさい……大好きなの、お兄ちゃん。私が死んじゃったから、こんなに苦しんだのよね……ごめん、ねぇ」

「俺も、大好きだよ……愛してる、ベネット。生まれたときに、小さなお前が……俺の手を握った日を、ずっと覚えてる」


 あの日も、こんな風に空が、雲が金色に染まる日だった。嬉しくて、嬉しくてたまらなくて、生まれたばかりのベネットを抱きかかえたまま泣きじゃくったことも覚えてる。初めて「いーちゃ」と呼んだときも、自分の足でよたよた歩いてきてくれたことも、両親が死んだとき、俺が泣いてもいいようにお前が泣くのを我慢してたことも。結局わんわん泣いていたのはベネットだったけれど。

 ―――ずっと……ずっと昔から、泣き虫のままだなぁ。


「ベネット、俺の妹に生まれてくれてありがとう……俺を、兄と呼んでくれてありがとう……救ってくれて……あ…………」


 その目は最期にベネットを見ていた。その手は最期に、涙を拭おうと頬に伸ばされていた。その顔は、最期でもやはり微笑んでいた。

 力を失った体は倒れ、ベネットはがらんどうの器を抱きしめる。

 言いたいことはもっとたくさんあった。自分だって言いたかった。いっぱい、ありがとうって伝えたいことがあったのに。


「うっ、えっ……やだ、やだぁ……ど、して……どうしてぇ……死ななくたって、他の、っ道は……なかったの」

挿絵(By みてみん)

 光は粒となって、ユリウスの体に染み込むように消えていった。ベネットの涙も、彼の髪に落ちては滑り落ちるか染み込んで消えていく。子供のように駄々を捏ねて嫌がったって、もうユリウスはいない。遺ったのは、空っぽの器だけだ。


「……は、ハハッ、呪いが間に合わなかった……ユリウスの魂はボクのもののままだ!!」

「……首でも刎ねますか」

「術者がいなくなれば、魔術も消えるって誰かがゆってた」


 ジェロシアを抑え込んでいたはずのアオイはいつの間にかベネットのそばに移動していて、代わりに未だに吠え続ける首に剣を押しあてていたのはトーマだった。しかしジェロシアは二人をアオイほど脅威と見なさず、不敵な笑みを浮かべる。


「……ちがう」

「ベネット様……どうしたんだ?」


 空気が震えていた。地面の小石は小刻みに揺れている。徐々に振動は大きく、強くなっている。地震が起きているというならば、この空気の威圧感はおかしい。


「お兄ちゃんは……ユリウスは、私のものよ。私の、兄なの、今までも……これからも」


「お嬢様!!」


 顔を上げたベネットの目は、トーマたちが知らないものだった。恐れと畏敬がせり上がり震えを無理矢理に引き出される。魔力とは、検知することが不可能なものだがまるでそれが目に見えているかのように、ベネットの周囲の空気が揺れている。波は膨れ上がるばかりだ。

 サイロンが叫んだ時にはもう地面に亀裂が走り、石畳が隆起しうねりを打つ。立っていることもできない。


「なんですか、これは!!」


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