だって、きになっちゃう
「……なーんか……うまく言いくるめられた気がするぜ」
ふて腐れながら、ドレアスは眉間に力を込めて唸っていた。
「いいことゆってた……」
「えぇ……胡散くさいほどいいことです。言葉が巧みというか……」
ベネットはすっかり心を開いてしまっているが、自分たちはそうもいかない。解明できていない部分が多すぎる。たとえば、あの頭蓋骨を被っているのは何故なのか、種族はなんなのか、どこから来たのか……そして目的。
言葉のままならば、アオイはベネットのためと言っていた。しかしそれは本当にベネットのためなのか。ベネットを利用して、自分が上手く立ち回るようにとか……。そこを言ってしまえば、自分たちはどうなのだ、ということになってしまうのだが。
「話していたことが本当かも分からない……あれは何かを隠している気がしてならないよ」
「……ね、なんでアオイのことあれとかこれとか言うの?」
ぷすぅ、とリスみたいに頬を膨らませて恐れもなにもない睨みをきかせる。トーマは思わずひっぱたきたくなっていた右手をなんとか下ろした。
ベネットだけではなく……ジェイソンまでも、あの男に危機感を感じていない。確かに最初こそは何かを感じ取ったのだろうが、自ら攻撃しないことと口の旨さに乗せられている。
「確かに言いたくなるな、生き物の匂いがしねーんだよ。石像と向かい合ってるみたいだった」
「気配を断つ魔術でも使っているのか……そんなものが存在するかは分かりませんがね。たしかに、魔術の腕は一流……いえ、どこかの国が彼を手に入れていたら勢力図が一気に変わります。そうなってしまえば私たちの未来もどうなっていたか……」
ベネットは未熟だ。未知の魔術を使えるとしても。それを上回る存在といざ対峙してみれば、これほどの脅威がよくも今まで国に捕らえられなかったものだと寒気すら感じる。
「……本気で戦ったんだぞ」
歯を食いしばる音まで聞こえそうだった。トーマもサイロンも鍛えているが、ドレアスには敵わない。彼女は先天性ともいうべきか、見た目でも普通の女性より筋肉質だがそれに似合わない筋力を備えている。そして素早さ、反応速度、肉体の柔軟性。肉弾戦ならば間違いなく、全員ドレアスには負ける。
そのドレアスと、剣技を磨いたトーマ、筋肉を鍛え上げ威力を上げたサイロン……それを、同時に受けて傷一つ、いや拳が布にすらかすることもできなかった。悔しさは同じである。
「サイロンは一撃で仕留める気だったはずですよ」
「……ベネットの前だったから手を抜いた?」
「はっは、まさか」
険しい顔が一度綻び、綺麗に並ぶ歯が二列になって煌めく。しかし、それはほんの一瞬だった。
「……味方でいるうちはいい、だが、敵に回るというなら今のままでは僕たちの方が圧倒的に不利なのだよ」
「私の思っていた魔術は間違っていると言われたようなものです。つまり魔術とは同時に複数を発動でき、威力もおそらく格段に跳ね上がるはず」
負けたことの悔しさ、今までの自分を築き上げた絶対的なる魔術の法則。それを一度に崩されたのだ。
「今度は……私たちが吸収する番ですよ」
自分たちは国で一番強いと高を括っていた。驕慢にのさばっていた。それが今になって分かったのだ。
世界には、さらなる脅威があるということを忘れて、考えないようにして。ならば、矜持と慢心を捨て向き合わなければ。己の弱さに。敵となり得るものに、跪くことだとしても。
「……と言ったのに!!」
くだんの事件から大分ひにちが経ってからのことだ。
「あの!自称魔導師は!!毎日毎日書庫にこもって!!」
「トーマうるさい」
何も……何一つ、変わらない日常だった。ただ、アオイの使う部屋がひとつ増えただけで。
狩りへ行くにも同じ面子、食事も変わらない顔ぶれ……。
「拍子抜けだぜ……早々に動き出すと思えばここ十日くらいずっと書庫か部屋にこもるかプラーッと外に出てしれっと戻ってきやがる」
始めの三日くらいはアオイを尾行したこともあった。だが、無駄足に終わったため三日で諦めた。一日のほとんどを書庫で過ごし、昼間に外へ出たと思えば城から見える範囲をただ歩いて戻ってくる。特別な魔術で移動するわけでもなく、作戦会議を持ちかけるわけでもなく。
「君たち……あれ……彼が食事をとっているのを見たかい?」
「ないない、ついでに言えばあの被り物とったとこも見てねぇな」
「暑くないのかな……」
「食事をとらないところでいえばベネット様も同様ですがね」
疑問も多くは存在したが、頭の隅に追いやり考えないようにしていたことの方が多い。しかし、その一点を深く考えているサイロンにトーマは疑問を抱く。
「……サイロン、何が言いたいんです」
「その昔、魔族の中で最も秀でた種族があるという言い伝えを聞いたことはあるかい」
「んなおとぎ話…………いやいやいや」
「なになに」
ジェイソンは身を乗り出してきたが、サイロンの手におでこを押されて元の位置に引っ込んでいった。
「未だ見つけることもできていない滅びた都市に栄えた……血を主食とする魔族」
「えっこわい」
顔を険しくしているのはジェイソン以外で、当の本人はその話が初耳とでも言うように反応をコロコロ変えている。
「結局は伝説上の存在だろ。しかも日光に弱いっていう最悪の欠点があるのに秀でていたなんて、おかしいじゃねぇか」
「その見目は美しく、他種族を魅了し……そして『魔法』を扱える」
空気に衝撃が走った。その存在を真正面から否定したいが、アオイという存在が脳裏にちらついて拒絶しきれない。そしてますます、その架空の存在を縁取っていく。
「はあ!?んなこと聞いたことねぇぞ!」
「私も初耳です」
「つよすぎ……こわい……」
伝説だが架空ではない、それが『魔法』だ。
魔術と魔法には大きな違いがある。何より、今現在において『魔法』とは存在しないもの、だからこそ伝説として語られている。魔術は決められた法則があり、個人の魔力によって威力を変動させる。だが『魔法』は違う。火をおこしたり水を操ったり、そんなものではないのだ。天を自在に変え、大地を動かす。天変地異を意志を以って起こす伝説の法。それを『魔法』と呼ぶ。
存在せず、文献も遺っていないそれは口上で語り継がれ伝説として世界に散りばめられているのだ。だから、地域によって内容は異なっているが、どれも総じて『天と大地を動かす』と語っている。
「新たな文献が発見されて情報が増えたのだよ」
「伝説じゃねぇのかよ」
もしかしたら、ベネットの行使できる移動魔術や幻術は『魔法』ではないのか。だが、文字は違えどあの陣は魔術に由来するものだった。様々な憶測をしようにも、決定的な情報が足りない。足りなすぎる。トーマは髪を乱雑に掻くことしかできず舌打ちをしていた。
「食事をとらず、外に出るときもあの全身を覆う姿、そしてあの力……サイロン、君は、あれが『魔法』だと?」
「あくまで可能性さ。やはりただのおとぎ話かもしれないがね」
「……伝説の魔族……架空の種族……『吸血鬼』か……」
その種族には名がつけられていた。血を啜ったものは、そう呼ばれ蔑まれることもある位には、一度や二度、聞いたことのある名称。
「アオイは、吸血鬼なの?」
「あなたそれ本人に聞かないでくださいよ」
ビクビクと、眉の端を下げて小動物のようにジェイソンは震えていた。洞窟にいる肉食の魔獣には恐れないくせに、存在しないものに怯える。これは昔からだった、と思い出していた。
そして、一時間後。
「アオイは、吸血鬼なの?」
「オ゛イ゛ッッッ!!」