いがいなじじつ
「みなさーん!ちゃんと売ってこられました!」
市場には三人とも、大きめのマントを被って向かった。枷がないとはいえ、みすぼらしい姿では奴隷だと分かってしまうのだ。ベネットに向かわせた質屋はちょうど死角になってしまい見守ることはできなかった。別の質屋に行こうにも、よそは留守にしていたし時間もなかったから仕方がない。
合流場所に幻術を解いたベネットが小走りで駆け寄る。
「お疲れ様です」
「どれどれ……」
ベネットはこれほどの大金を一度に手にしたことがないためずっと緊張していた。だが、開いて見せた袋を見た三人は揃って同じ表情をしている。
「……まぁ、こんなもんだよね……」
「浅いとこだったしなぁ」
ベネットにとっては一ヵ月暮らしていけるくらいの大金だというのに、彼らにとっては「こんなもん」のはした金だったというのか。
「……ちょっと、この金貨どこのですか」
「ん、ほんとだ」
さらに追い打ちをかけるように違う金貨まで混ざっているときた。持ったことのない金貨の重みへの緊張と、そんなに大金じゃなかったというのに浮かれていた自分への恥ずかしさですでに手は冷や汗でびっしょりだったのに、また手がじんわり汗をかいている。
「見たことねぇな。カジノの金貨か?」
「すごい錆びてる……製造年も、国名も読めない……」
「たぶん、ここだと思いますよ。でも三桁とは……国名も読めませんし」
今はルーア歴2030年代であることは確かなのだ。カジノの金貨に年号などは入れていないことを考えればかろうじて読める数字を見るに、これが千年以上前のものということになってしまう。
「換金のときちゃんと私が確認していれば……ごめんなさい」
ベネットの声が震えていることにトーマたちはようやく気付いたが、その理由がぴんとこないものだからしばらく固まってしまった。言葉のとおり、別の金貨が混ざっていることに気付かなかったことを猛省しているのだろうか、と。
「いいのです、ベネット様は悪くありません」
どさくさに紛れてトーマがベネットの手ごと金貨の袋を包んだのをドレアスは見逃さず、軽蔑の視線を向けていた。ジェイソンは良くても、トーマだと変わるのは、下心が見え見えだからである。
「これ……もらってもいいですか?」
「?かまいませんよ。さて、次は買い物ですが……」
「そのことなんですが……反物なら安いものもありますし、安価のミシンで縫えばたくさん服も作れますし……その……」
ベネットは歯切れの悪い様子で語る。三人は、この際古着で適当にまかなおうと考えていたからだ。実際、安価のミシンと反物を買うよりは安上がりだろう。
「ベネット、前世は服屋だもんね」
「まぁ中古のミシンを1万ルガーで抑えて反物や小物はバザールでなら小銭か銀貨で済みそうだしな。俺たちはこのとおり子供だし、服を何度も買い替えなきゃいけねぇ」
何か役に立ちたいというベネットの気持ちも察しているし、その厚意があたたかなもので、今までになかったものであったから無下にすることはできなかった。ドレアスが言ったように、体の大きさが変わるごとに新たな服を買い揃えていては資金が減る一方である。反物だって上等な絹とかでなければ500から1000ルガー程度で購入できるのだ。
「すべてベネット様のご希望のままに……えぇ、全て……それならば私たちは水場で体を清めなければなりませんね」
しかしトーマだけが匂わす空気が全く違う。あれは何か下心からきている言葉が滲み出ている。
「新しい服、たのしみ」
「服を着る前に!!採寸が!!あるでしょう!!」
「うわっ、でけぇ声出すなよ」
別にベネットは採寸が水浴び前でも気にしないのだが、新しい服を綺麗にした体で着たいという気持ちは分かる、と心の中で納得していた。
「それでは、行ってきますね!」
必要そうな分だけの金貨を袋から取り出してベネットに渡す。移動魔術でトーマたちは森へ足を踏み入れた。
「いってらっしゃいませ」
「気をつけてな」
「早く帰ってきてね」
離れることに一抹の不安はあったが、幻術に加えて空間を振動させて音程を変える魔術まで使用できるとなると買い物くらいなら、と背中を押すだけだった。
買い物を終えて森へ移動したベネットは、三人がまだ水浴びしているのを確認して一度城に戻る。寝間着として使えるようにとりあえず簡易な服を作って、その後に丈夫な服を作ろう。値切って値切って、2000ルガーを半分にまで下げた木綿の反物と、麻の端切れを束ねて積んであったものを購入してきた。もう少し余裕ができたら、今度は革製の素材を買ってこよう。
そんなことを考えながらミシンの懐かしい感触を手の平で確かめ、油をさして、手際よく糸を通していく。持ち運びのできる小さめの手回しミシンを選んだけれど、本当は足踏みミシンが欲しかった。でも、持ち帰るのも難しいし……と諦めたが、これはこれでいい買い物をしたと思う。ハンドルを回して動き始める針と、ゆっくりカタカタと響く音がやさしく耳に入り込む。
もっと縫っていたいけど、みんなが風邪を引いてしまうとベネットは四着目に入る前に、ようやく我に返った。
森へ戻り、大木の根元に服を置いた。ジェイソンの喜ぶ声を聞いて、少し待って振り向くが。
「お待たせしまし……た……?」
なぜか、一人だけ怒っているというか、むくれているのだ。
「随分早かったな、ありがとな」
「ベネット、ありがとお」
「……ありがとうございます、ベネット様」
今の間で、トーマはドレアスかジェイソン、どちらかを一睨みしているのだが二人とも同じ位置にいるものだから分からない。
「ドレアス、君、なにか言う事は?」
「あ?まだ怒ってんのかよ。つーかなんで俺が怒られてんだよ」
ジェイソンに対して二人が怒ることはしばしばあっても、トーマがドレアスにこれほど明確に怒りを示しているのは見なかった。しかし互いに怒りを向けているわけではなく、ドレアスに至ってはいつも通りなのだ。
「どうしたんですか?」
「わかんない」
このまま喧嘩になってはいけない、と意を決して訊ねてみたが無駄に終わった。流れを見守るしかないのだろうか、と拳を握りしめる。
「そもそも市場ですっ裸にされてただろうが」
「お黙りなさい!そもそも!奴隷落ちしたことが衝撃すぎでしたし、ジェイソンまでいると思わなかった私が周囲に目を向けられると思いますか!」
「あーあー、冷静沈着、王国最強の魔術師が聞いて呆れるよ……おっと、もと、だったかい?」
明らかな挑発をするドレアスの目に敵意が灯る。釣り上げた口角からは鋭い犬歯が覗いていた。しかし聞いてみてもトーマが何に怒っているのかが分からない。止めに入りたいが、理由も分からず飛び出すのも気が引ける。
「ベネットの前で、けんか禁止」
ジェイソンは言葉と同時に二人の頭を殴った。拳で。
ベネットは「ひゃ」と消え入りそうな声を出して固まる。
「ドレアス!ちゃんと教えないままベネット様に服を繕ってもらうつもりですか!」
「いてぇぞジェイソン!子供の体型なんて男も女も大して変わんねぇだろうが、ったく」
ドレアスはしっかりジェイソンを殴り返し、殴られた本人は涙目で口の先を尖がらせていた。そしてようやく、ベネットはトーマが何を言いたいのかを察する。
「ド、ドレアスさんって……女の子なんですか!?」
「…………エッ!?そうなの!?」
「君、さっきまで水場に一緒に入ってて気付かなかったんですか」
トーマがそこまで怒る理由とも思えなかったが、知らずにいれば男の子用の服を作るつもりでいた。たしかに今のうちは体型を意識することもないだろうが、下着の構造がまず違う。
「ベネット様、ドレアスの服はスカートにしましょう」
「あんなヒラヒラしたもん着てられっか」
何を作ろうか考えていた頭が一瞬で女の子用に切り替わって、そしてまた一瞬で崩壊する。たしかに、女性用の衣類を好まない女性も今まで出会ったことがないわけではない。そういう人がどんなものを着ていたかを思い出そうとする。
「今後、水浴びは、絶対に、被らないでくださいよ」
「……なんだなんだ?お前、転生が男ばっかだったクチで、女の裸もあんまり見たことないってやつかぁ!?あっはははは!!」
「ベネット様に悪い影響だと言いたいんです!」
なるほど、と思わず手の平に反対の手の拳を叩いた。トーマはドレアスが性別をベネットに告げないことを怒っていたのではなく、単純に照れていたのか、と。自分も男だった前世が何度かあった。その時は自分の体だったから気にもしなかったし、同性の裸を見ても動揺することはなかった。しかし性別が変わって転生すると、異性の裸に抵抗が出るのだ。うんうん、分かります、とベネットは一人こころの中でトーマに賛同する。悪影響ではないけれど。
「服はこいつらと同じようなので大丈夫だからな」
「は、はい……」
「ベネット、しょんぼり……」
女の子用の服を作るのは楽しい、アレンジの仕方が自由自在だから。装飾も材料が許す限りたくさんつけたい。可愛く仕立てたくなってしまうのだ。だからジェイソンの言う通り……残念であった。