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「いや、ちょっと待ってよ芽依……」
芽依のその告白には、さすがに呆然として私は言葉を失ってしまった。でも本気でうなだれてへこんでいる芽依を責めるのは、なんだか人としてできない……。
「なぜに、そんな……」
「会いたいって言われたのも断ったから……なんだかそれ以上拒絶するのが怖くて」
芽依のやったことは、当然私からしてみれば糾弾するに価する身勝手な行動なんだけど、私はその気持ちがなんとなくわかってしまった。
私だって、鉄治のあの横暴になんだかんだで付き合っているのは、結局鉄治に嫌われたくないからっていうそれに尽きる。誰だって好きな相手に悪く思われたくはない。年齢だけならともかく、写真も嘘だって今更言うことができない芽依の気持ちが身に沁みてわかる……。
!!!!!!
「芽依!バニラって男の人なんだよね」
「う、うん」
「芽依は……その人のこと、好きなの?」
私のその質問。芽依は思わぬことを指摘された顔だった。一瞬の間のあと、彼女は口を押さえた。
「あ……そうなのね……これが好きって言うんだ……」
教えられるまで、自覚がなかったとは……。
そういえば、芽依は高校は女子校だし、中学は休みがちだった。周りにいる異性といえば、兄くらい。兄は真性のド変態だけど、それは一応隠しているから、芽依が好意を持つ相手も持たれる相手もいなかったんだなあ。
兄はミノカサゴ級に毒々しさ全開なのに、横にいた芽依は生まれたてのアオリイカくらいピュアだという事実。
兄妹間の人格って浸透圧とかどうなっているんだろう。
「そっか、だから、バニラと会話するのがこんなに楽しかったんだ。私、男の人を好きになったのってはじめて」
芽依は目をきらきらさせている。
「お兄ちゃんに言ったほうがいいかな!?」
「却下」
鉄治がどんな反応見せるのか予想はできないけど、私がなにかしらとばっちり受けるということだけは、太陽が東から昇るのと同じくらいの常識だ。
「そんなことよりどんな人なの、バニラって」
芽依の驚愕のほうが強く見えていた顔が、一瞬で柔らかく緩んだ。
「あのね、今、二十五歳なの。仕事はね、普通の会社員って言ってた。優しくてね、人の話をすごくよく聞いてくれて、いっぱい励ましてくれたんだ。私も病気のこととか一杯愚痴ばかり言っていたんだけど、でもいやがらずにいつも相談にのってくれた。あのね、写真ももっているの!すごくカッコいいの」
見てみて、と芽依は携帯を開いた。手馴れた動作で、データを探す。あっという間に引き出されたそれは、芽依がいかに何度もみているかという証拠みたいだった。
差し出されたのは青年が写った一枚だった。
かっこいい……のか?
とりあえず、画像、超荒い。
ピクセルどころかモザイクみたいだ。
なんかよくわからん。しかし芽依がカッコいいと言っているのならそうなのだろう。「えー、あんたの彼氏、そんなに大した男じゃないし」と言い放って、友情が深まった事例はいままで聞いたことがない、多分皆無。たとえその男が、ブ男で、借金もちのぷー、DVの三冠王でも、当の女がカッコいいと思っているのなら、それを覆すのは至難の技なのだ。片足で富士山に登るくらいだろうか、微妙にやったらやれそうな気がするのが罠だな。
しかし。
なんていうのかなあ、私が疑い深いだけかもしれないけど、性格が良くて顔もいいなんてどうにもこうにも信じられない。
なんだ、なに隠し玉持っているんだろう。実はゲイ、くらいなら予測の範囲内だ。性的方向性も人に迷惑かけなければなんだって良い。大体、超知人に近親相姦野郎がいるから、ちょっとやそっとじゃ驚かない。ただし動物虐待の視点から獣姦は反対。
「ねえ、芽依」
私は嬉々としてバニラの優しさを語っている芽依をとりあえず止めた。
「そんなに好きならやっぱり、自分でじかに会った方がいいんじゃないかなあ……」
「……できないよ……」
「でもいつかは本当のこといわなきゃいけないんだよ」
「本当のことなんて言わない」
芽依のその言葉の思わぬ強さに私は言葉を失ってしまった。
「多分千代子ちゃんが言うように、私はバニラを好きなんだと思うの。だけど、別につきあってほしいとかそんなこと思ってないもん」
「え?」
「だって、歳だって違うし、もうついちゃった嘘はごまかせないし。バニラだって優しいのはきっと私本人に会ったことないからだろうし。本当にあったらバニラは私のことなんてなんとも思わない。私も実際のバニラに上手く話すことなんて出来ない」
「そんなことないよ、だって芽依、もの凄く可愛いじゃん。会えば」
「……いいから」
芽依は首を激しく横に振った。
「私会って話す自信ない。だから、千代子ちゃん、お願い」
「お願いって……」
「バニラに会って、どんな人だったか私に教えて。ね?」
芽依はすがりつかんばかりだ。
これが私のよくないところなんだろうけど、なんとなく昔から芽依の頼みごとを断るのが苦手だった。なまじ仲が良いから、芽依がその脆弱な体で苦労しているのを知っている。だから私にできることならしてあげたいというか。
しかし、それとこれとは話が別だ!
熊井兄妹め。
私は内心で、罵ってみた。
両方とも、なぜに私に無理難題を突きつける。
けれど、やはり芽依の恋を応援したいという気持ちもあって。
そうだ、私が芽依=サツキとして会っても、芽依と上手くいかないときまったわけじゃない。とりあえずあってみたら、次の時には芽依を連れて行けばいいんだ。友達だからとでも言えばなんとでもなる。
芽依だって、何回かあればリアルのバニラに慣れるだろう。
それで私がフェィドアウトすればいい。ついでにサツキも消えてなくなればいいんだ。そうすれば芽依は芽依としてバニラと最初から始められる。
とても臆病だけど、芽依は芽依でものすごく優しい良い奴だ。バニラだってちゃんと話をすれば芽依のいいところがわかるはずだ。
わからない奴だったら、私が許さん。
ああ、でも。
ふとよぎったのは鉄治のことだった。
もし芽依がバニラと上手くいったらどうしよう。
そうしたら鉄治はなんて思うんだろう。
妹の恋愛を喜んでくれるのか。
それはない。
ていうかうっかりするとバニラを殺りかねない。本物の完全犯罪を見ることさえ可能かもしれない……。いつも爽やかな笑顔とともにある鉄治だけど、中身真っ黒だからなあ。大丈夫かな、バニラ。さすがに東京湾にコンクリ詰めの何かを沈める作業は手伝いたくない。
私が芽依の恋愛に一枚かんでいるとばれれば、こっちにも火の粉が……いやたいまつが降りかかりかねない。意図的に投げつけてきそうだ。
芽依の悲しい顔と鉄治の静かな激怒。
今、ものすごい勢いで天秤に載せてます。いやもう結論はでているんだけど。熊井兄妹には関わらない方がいいって言う結論。もう五年も前に確定済み。
わかっているのにこの一件に関わろうとするのは、私の打算だ。
芽依に彼氏が出来れば、結果として鉄治も諦めるかもしれないっていう打算。ハイパー打算。
でも、それくらい考えたっていいじゃないですか。
好きな人はうっかり同情しそうに選択ミスな相手を好きで、その恋敵は親友。私だっていろいろストレスなわけだ。それだって、いつかもしかしたら、なんて思わなければやってられないことなんだ。
だから私は芽依の問題に関わっていく。
いずれこんなことに関わらなければよかったと後悔することがわかっていても。
「いつ会うの?」
私はそんなふうに聞いていた。