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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
九幕 辛党グレーテル
45/50

9-5

「おつかれ」

 私は圭之進にコンビニの袋をさしだした。中に入っているのは買ってきたアイスだ。仕事場でパソコンの画面を凝視していた圭之進がこちらを見て微笑んだ。

「いただきます」

「うん。私も食べる」

 私は一つを圭之進に渡してから、アシスタントさん用のデスクに座った。


「二人は?」

「リビングで話をしている。今日は本当に忙しかったのに、つき合わせてごめんね」

「いいえ」

「ちゃんと後でお礼するから」

「いいですよ、友達じゃないですか」

 圭之進はよしてくださいと言うとアイスを食べ始める。なんとなく部屋は無言になりがちだ。なんでだろう。


「一つ聞いてもいいですか?」

 あ、あのことかな、と思った。芽依がサツキではないかという問い。この騒ぎに巻き込まれて芽依をまじまじと見ることになったなら、さすがに気が付くんじゃないかと思って。

「熊井さんと芽依さんは、血のつながってない兄妹なんですか?」

 しかし圭之進が聞いてきたのはそんなことだった。


「……は?」

「でも顔そっくりですもんね、繋がってますよね」

「質問の意図がよくわからんが、ちゃんと実の兄妹だよ?」

「熊井さんって、芽依さんを好きじゃないですか?」

 圭之進の言葉にぎょっとした。

「えっ」

「俺、わりとそういう気配を探るのって得意なんです。教室で居場所がなかったから、そういうのわからないとなおさらいじめられそうで。熊井さんの態度って、妹に対するものとはちょっとちがうなーって見てました」

 普通の相手だったら、私は全力で否定しておくところだけど、なんとなく圭之進にはそういったことをする気分にはなれなかった。


「圭之進がそう思うなら、そうかもね」

 圭之進は言いふらしたりそれを常識的な潔癖さで否定するようには見えない。案の定、少々しかぼかしてない私の言葉にも圭之進はことさら騒ぎ立てることもなかった。それどころか思いもよらぬほうに話は流れる。

「でもそうなると、千代子さんにはちょっと切ない状況だなあって。千代子さん、ずっとそんな中にいたのかとか考えてました」

「ええ、そっち?」

 私のことは、優先順位的にはかなり下だと思うが。

「千代子さん、前に熊井さんは別の人が好きなんだって言っていたことを思い出したから。千代子さんの好きな熊井さんは、千代子さんの友人を好きなわけでしょう?それはつらいなあって」

「いや、なんかもう慣れっこというか」

「……どんだけひどい扱いうけてるんですか」

 圭之進はアイスを食べる手を止めた。


「二人は今、なに話しているんですかね」

「ああ、さっき鉄治に『もういっそ芽依に告れ』と言った。結果が良かろうが悪かろうが私がフォローするって言ったんだ」

「……はあ?」

「まあうまくいかないより、うまくいくほうがいいけどね」

「いいんですか!?」

「五年分のこのぐだぐだの始末をつけるのはそれしかないかなあって。鉄治が芽依を好きなことは、私もよくわかっているし」

 唖然としているのは圭之進だった。

「お、俺」

 なにやらもたもたと立ち上がる。

「それはひどいです、千代子さんが気の毒すぎます。俺、ちょっと行ってきます」

「余計なことをしたら殺す」

 私は圭之進をにらみつけた。気迫に押されて圭之進はよろけるようにまた腰を下ろした。


「だって」

「いいんだよ」

「よくないと思いますけど。俺だったら泣きます」

「そーだねー。泣いちゃおうかな」

 でも言葉に反して私はひひひと笑って見せた。どん詰まりなると、なんとなく笑えて来るよね。

「笑ってないで下さい」

 圭之進こそが泣きそうな顔だ。その顔見ていたら、私までつきんと胸が痛んでじわっと広がって消えた。


「よし、じゃあ圭之進の胸を借りて泣いてみるか」

「どうぞ」

 ぽんと胸を叩いて圭之進は真顔だ。なんだかなあ、どこまで冗談なんだかわからなくなってくる。

「嘘だよ、そんなことするわけないじゃん」

「なんでですか。悲しいなら泣いたほうがいいです。俺はなにもできませんがそれでも」

「圭之進は優しいなー」

「冗談じゃなくて」

 そうだよ、冗談じゃないからだ。


「圭之進の前では泣けないよ。だって圭之進は優しいんだもん。泣かせてもらったら私も圭之進に惚れちゃうね」

「……それならそれでいいのに」

「圭之進に惚れても、私は鉄治も好きなんだよ。これ以上事態を悪化させてどうする」

「いいですよ、千代子さん二股かければいいじゃないですか」

「嫌だ。私は私の意地として、奴らと付き合い続けることにするんだ。グダグダなままならもうそれはそれで十年二十年でもかまわない」

「かまうでしょうが」

「まあ、鉄治と芽依がどうするのかだけどね」

 私は空いたアイスのカップを置いた。そして話をそらしがてら、やっぱり聞いてみることにする。


「圭之進、それよりあんたなんで何も言わないの」

「何がですか」

「『サツキ』のこと」

 圭之進は私をまじまじと見た。それから気まずそうに目をそらす。

「あんたが悪いんじゃないんだからさ」

「……正直なところ」

 ぼそぼそと圭之進は語る。


「初めて会ったとき、千代子さんは芽依さんに絡んでいた男の人を蹴飛ばしたでしょう。あの時に、どう考えても千代子さんは『サツキ』さんではないなと思いました」

 芽依がサツキではななかろうかと思わせる事態満載の今夜。でも圭之進は一度も疑問を口にしたことがなくて、私はとても不思議だったのだ。

 やっぱりなあ、圭之進、見た目より全然鋭いしな。


「……最初っからバレバレだったのか……でもじゃあなんで」

「『サツキ』さんを好きでした。多分、恋として好きでした。でも、あのナンパ男に蹴りを食らわした瞬間に、俺は千代子さんを好きになったんですよね、きっと。一目惚れなんてちょっと恥ずかしいですけど」

「恥ずかしいのはこっちじゃ」

「なんか俺も気が多くてすみません」

 だからね、と圭之進は恥ずかしそうに言葉を付け足した。

「俺が千代子さんに向かって言った『好きだ』という言葉は、全て千代子さんに向けてのものです。サツキさんと混同したことは一度もないです」

「……もっと早く言ってくれれば」

 私の気苦労ももうちょっと少なく……はならなかったな、うん。今以上に混沌としていたこと間違いなしだ。


「だって言ったら千代子さんは俺に対して後ろめたいことが何一つなくなってしまうでしょう?そしたら俺の目の前から消えてしまうって知ってました」

「……皆、嘘ばっかり」

「まあ、本当のことを言えばいいというものでもないですから」

「そんなものかなあ……」

 圭之進はくるりと椅子をまたパソコンに向けた。

「じゃあ俺はもう少し仕事します。木崎に怒られそうですよ」

「あのさ、なにか手伝えることがあれば……」

「……そうですね……じゃあ枠線でも引いてもらおうかな」

 私にもできそうな基本の作業を教えてもらって、私は圭之進の手伝いを始めた。こんなもので今日のお礼になるわけじゃないけどそれでもなにかできればなーって。


「圭之進」

 なれない作業で手先から目をそらさずに私は言った。

「いろいろありがとう」

「どういたしまして」


 結局圭之進の手伝いは明け方までおよんだ。白々してきた空を見ながら私は仕事場の椅子で寝てしまい。おきたのは木崎さんが結局はかどらなかった圭之進を折檻している物音のせいだった。ドメスティック姉弟。

 鉄治と芽依は明け方に帰って行ったらしく、私ばかりがとりのこされてしまった。

 声をかけてくれれば私は起きたけど、彼らは声をかけなかったのだ。

 そこにどんな意味があるのかを考えて、私は結局実家に戻った。

 それ以来音沙汰がなくなって。

 夏休みは八月も後半になっていた。

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