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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
九幕 辛党グレーテル
44/50

9-4

「芽依―!」

 私は出て行ってしまった鉄治に慌てた後、芽依の手を掴んだ。

「芽依、はやく追いかけなきゃ!あれ絶対鉄治誤解してるって」

 あんな鉄治の顔始めてみた。鉄治にとって芽依に嫌われるなんて想像を絶する事態だっていうのに。


「誤解なら……それはそれでいい。お兄ちゃんにはもう私にかまってほしくないし」

「そんな贅沢言っている場合か!」

 うわああどうしよう。なんかこれほっといていい話じゃないような気がする。はやく説明した方がいいよ。でも芽依は立ち上がろうとしない。


「とにかく!私があいつをちゃんと連れてくるから、芽依も逃げるんじゃないよ!」

 私はあわあわと部屋を飛び出した。マンションの廊下に出てエレベーターホールに向かう。閉まる直前だったそこに飛び込んだ。

「鉄治!」

「どうしたの、千代子さん。慌てて」

 鉄治はそれでもポーカーフェイスだ。さっきの感情の一瞬のぶれなど見事に隠している。


「いや、あの、さっきの芽依の発言は多分、相互理解不全状態なだけだから」

「そうかな」

「だからさー、早くもどって芽依と話をだな」

「いや、ちょっと買い物して……頭冷やす」

「冷やさなくても戻れば自然と冷えるって」

 千代子さん、と鉄治は薄く笑った。


「千代子さんが気にすることじゃない。それに千代子さんにとって悪い話じゃないだろう」

「なにが」

「芽依が僕を嫌いなら、千代子さんにとってはおいしい展開だ」

 エレベーターは上品な音を立てて一階で止まった。鉄治はまっすぐ出て行くけれど、私は足がうっかり止まってしまう。


 鉄治……おまえなあ。

 なんかもう力抜けたわ。

 お前は今日、私の話の何を聞いていたんだ。

 鉄治が芽依を好きでも、私はそれを含めてちゃんと好きだって言ったじゃねえか。何回言わせるんだよ。


 「嫁子さん、朝ごはんはまだですか」「お義父さん、さっき食べましたよ」に匹敵する面倒くささじゃねーかー!

 ああもう、さっきとは別の意味で泣きたくなってきた。本音を話すたびにこんなしんどい思いをするのは馬鹿馬鹿しい。

 熊井兄妹と関わってろくな目にあってないぞ私。こう見えたって私に合コン斡旋してくれる友達くらいいるんだよ。まったく別の世界で普通の屈折してないナイス彼氏を見つけたほうが早いんじゃなかろうか。

 なにをもって私はこんな苦行を。


 するするとエレベーターの扉が閉まり始める。鉄治は圭之進のジャージとTシャツを借りている。少しあまっているけどその背中はやっぱりかっこいい。

 かっこいいけど、どこか脆い。


「鉄治!」

 私はエレベーターの扉に挟まれつつ無理やりそこから出た。私の声は耳に入ってるはずなのに立ち止まりもしないバカの横に並んで歩く。ホールを抜け外に出ると雨は止んでいた。

「煙草なんて吸いもしないくせに」

「たまにはさ」

「ため息つきたいなら、煙でごまかさずにちゃんとつけばいい」

「千代子さん、うるさい」

「鉄治が傷つくこともあるって私は知ってるんだからね」

 宇宙から来た謎の超硬度の石でできていそうな気もするけど、それでもダイヤだって傷つくことがある。


「芽依も、あんまり僕をためさないで欲しいよね」

 鉄治はぽつりと呟いた。

「自分のことを棚にあげてなに言ってるんだか」

「僕は誰かを試してなんていない」

 夜道は真夏の夜だというのに、涼しかった。ひやりとした空気には雨の匂いがまだ残っていた。


 鉄治は気が付いているのかな。

 無意識なのかな。そしたら指摘しないほうがいいかな。


 私はさっき鉄治が自分の家で呟いたことがひっかかっていた。鉄治はなんの見返りも求めない愛なんて信じられないといい、けれどそれをものすごく必要としていた。

 それって、鉄治がずっとそうしてきたからじゃないのかな。

 鉄治もさ、セリカさんに甘えたかったんじゃないかと思うのさ、私は。

 鉄治がバカな普通の子どもだったらそうできたんだろうけど、ものすごく空気を読む鉄治には、そんなことが出来なかったんじゃないか。


 セリカさんが生活支えて芽依を守ってそれで必死なこともわかっていたんだろう。

 芽依が自分が足手まといになっていると感じていることもわかっていた。


 鉄治が、そこで子どもっぽい真似が出来ていたら、今更こじれなかったろう。ただ熊井さんちで唯一の男の子だった鉄治は、みんなの精一杯をずっとみて、自分が身勝手な真似をすることができなかったのかも。歯に衣着せぬ言い方をすれば、ずばり足手まといな芽依だって、厭うわけにはかなかった。だから彼も頑張って……。

 うん、頑張っていた。

 

 頑張って尽くさなかったら、好きでいてもらえないと思ったのか、鉄治。

 

 鉄治が誰かの愛情をうまく信じられないのは、ずっとそれが欲しかったのに、欲しいともいえなかったからなのかな。


 私は昔のことを思い出した。

 あの日、黄昏の保健室で、芽依に口付けようとしていた鉄治。多分あの瞬間に私は本格的に鉄治が好きになったんだ。

 その光景があんなに綺麗に思えたのは、鉄治の悲しいまでに何かを求めていた気持ちそのものだったからだろう。

 鉄治は自分が頑張らなくても好きになってもらいたかったんだ。彼自身に、頑張ってる自覚があれば、自分が誰かに無条件で好きになってもらいたいと思っていることがわかったのに、鉄治は自覚もなく頑張っていたからわからなくなっちゃったのかなあ。


 鉄治が芽依を好きだったのは、芽依を好きでいなければ、自分の居場所がないという恐怖感もあったんじゃないかと思う。


 私の想像。

 単なる想像だよなあ、根拠ないし。。

 でもいい。その想像で、私はやっぱり鉄治が好きだ。この想像だって、私が鉄治に言うことじゃない。違うかもしれないことを指摘したくない。

 ははは。私も大概バカだ。

 はいはい、鉄治は何回でも私を試せばいいさ。ちゃんと私が追いかけてやろう。鈍感で臆病でサドでAC気味だけど。それでも鉄治は、守りたいもののためには自分のことがよくわからなくなっちゃっても、守りきるいい奴だと思うよ。

 セリカさんと芽依をみてればそう思う。


 無言でコンビニに向かって歩く。でも私はちょっと笑ってしまった。

「なんで、何も言わないで、笑っているんだい?」

 しびれをきらしたのは鉄治の方だった。

「なんつーの?仕掛けがわかってしまった気がするんだよね」

「何?」

 トリックがわかってしまった犯罪は興ざめだけど、ギミックがわかってこそ手品は楽しいみたいな気持ち。

 にやにやしている私をちょっと不気味に思ったらしく鉄治は私の横顔を見ていた。


「……千代子さんは変な人だな」

「鉄治につきあってれば変人にもなるって」

「僕は普通だよ」

「普通の人に謝れ」

 コンビニの明かりが見えた。先日私と圭之進と鉄治で『昼の連続ドラマ第四話:三角関係の修羅場』を見せ付けてしまった店だ。夜と昼の店員が違うことを切に願う。


「落ち着いて話聞く気になった?」

「……僕は芽依に嫌われる覚悟は出来ていたつもりだったけど、やっぱり嫌いって言われると、逆上してしまうものだなあ……」

 ぼんやり言う鉄治に逆上の残滓は見つからない。

「芽依は鉄治を好きだよ。ほんと、大好き」

「兄としてだろ」

「それじゃ不満足?」

「……不満足……のはずなんだけど」

 鉄治はううん、と首をかしげる。


「芽依は鉄治に後ろめたく思っているだけだから」

「僕だって芽依に後ろめたいことばかりだ」

「じゃあ、ちゃんと話してみれば?黙っているから後ろめたいんだ」

「バカじゃないのか千代子さん。『妹じゃなく女として好き』って言えって?間違いなく嫌悪されるだろう」

「嫌悪されるね。でもそうじゃないかもしれない。芽依がどう思ってるかは私にもわからない。だけど芽依はお兄ちゃんのこと大事に思っている。潔癖な常識だけで嫌いにはならないだろうと思うよ。まあ嫌悪されたらその時は私がでしゃばって、ちゃんと芽依にフォローする。それは約束する」

 鉄治は足を止めた。まじまじと、なんか変な生き物を見るみたいに私を眺めている。なにか文句有るなら言ってみろ。


「……本気で芽依に告白しろと言っているのか?」

「うん。それに鉄治だったら芽依を言いくるめられると思うから、そんなに心配もしていない」

「……そんな外道なこと、好きな相手にできるもんか」

 そういう変な誠実さが私は好きだよ。

「千代子さんはもし僕と芽依が本当にうまく言ってしまったら」

「偽装婚してやるから安心しとけ。三人で楽しくやろう」

「……バカ?」

「バカだけど何か問題が?」

 問題あるだろう、と鉄治は立ち止まった私を眺める。


「とりあえず、芽依が混乱しているから、何とかしてやって欲しいのよ、私は」

「なんで混乱しているんだ」

 自分がお荷物だと思っているからだ。でも鉄治はそんなこと思っていないだろうから、あんたがちゃんと二人で話せば一撃で解決だ。

「自分で聞け」

 私はそう言って、コンビニに向かった。

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