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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
八幕 蛙の王子様の血の色
36/50

8-1

 とはいえ。

 その足で熊井家に向かって鉄治の胸倉掴んで「私と別れるか惚れるか二択だ!」といえるような人間ならば、五年も膠着していない。

 結局数日間はそれを放り出して、私は圭之進の家でぐずぐずしていた。このマンガ読み終わったらなんとかしようって思って……こち亀と美味しんぼとゴルゴ13をコンプリートしてしまった……。


 とりあえず今日は補講のため私は学校に向かっていた。めずらしく天気が悪い。

 部活だの補講だので結構校内には人がいる。私は芽依の姿を探していた。吹奏楽部の部活をのぞいて見るも、まだ練習時間ではないらしく、誰の姿もない。

 寮に行ってみようかなと、気乗りしない事を思いながら補講を受け、日も翳ってきた頃に私は校門をでた。

 圭之進のところにとっとと戻ってガラスの仮面の続き読みたいと思う自分を何とか言いくるめる。


 このままでいいはずないって。


 帰り際にもう一度吹奏楽部に顔を出したけど、今度は部活はもう終了していた。補講をうけながら聞いていた吹奏楽の練習の音の中に、芽依の音はあったのだろうか。

 と、スマホが軽やかに短いメロディを奏でた。メールだ。

 何も考えずに液晶を開いた私は、それが誰からのものであるかを確認してざっと血の気が引いた。

 あれから音沙汰なくてそれはそれで不気味だった鉄治からだ。メール開いたら携帯が爆発するんじゃないだろうかと怯えながら私はおそるおそるそれを拝読させていただく(平身低頭)。


>>芽依が今日帰ってくる。

 それだけだった。それだけ。


 彼自身の心情も、私に求める何かもまったく触れられていない。

 それがむしろ……ムカつくわ!まだ、『困る』とか『助けて欲しい』とか、可愛げのある言葉があれば、私だって、よしオイラに任してくんねえ!とばかりな気分になれるのに。全部丸投げか。

 頭ひとつくらい下げてみろバカ。

 あーもー、しらんしらん、私は今は紅天女の四つの課題が気になってならんのじゃ。


 大体、芽依は部活に今は夢中なんだから、それを考えれば本当に今日うちに戻っているのかどうか疑問だ。

 ほったらかしておいたら私が帰らないとみた鉄治の策略なんじゃないかという思いが浮かぶ。っていうか、かなりそれ色濃くないか?

 五年間も関わって、彼のある意味最大の弱点である妹への恋心を知っている私をほったらかしておくのは、彼なりに懸念事項なんだろうな。

 もういまさら、「もしかして私を好きな事に気がついた……!??」なんて乙女チックな妄想を抱くほど、


 私もさすがにおめでたくないんじゃ、ばーかばーか!鉄治なんて知るか!


 あー、あやうくトラップにひっかかるところだった。これでのこのこ帰ったら鉄治にまたなんやかや言いくるめられそうだ。

 ふんと鼻を一つ鳴らして私は歩き始めた。と、そこでクラスメートに出会った。吹奏楽部でよく芽依とも一緒にいる子だ。


「今日も補講?」

 彼女もにこりと笑って話しかけてくる。

「そう」

「よく頑張るねえ。山本さんなら付属は間違いなく上がれるのに。外部受験するの?」

「うーん。迷ってる」

「山本さんは品行もいいし、先生達期待しているんだよ」

 自慢の猫の毛皮ですからね、皆さんお目が高い。

 校門の前で彼女と世間話をしているうちに天候が怪しくなってきた。それをきっかけに話を止める。

 じゃあねと手を振って、別れようとしてそれでも私はふと聞いてみた。


「そういえば、今寮に行けば芽依に会えるかな」

 え、と言う顔をした。

「……熊井さん、寮には居ないけど……実家に帰ったんじゃないの?」


 ぽつん、と顔に雨が当たった。

 クラスメートは短い挨拶を残して慌てて駆けていく。その後ろ姿を見ながら私は跳ね上がった自分の心臓に気がついた。

 本当に、芽依は家に帰ったのか……。


 関係ないって思う。それは鉄治と芽依の問題だ。なにかあっても知るもんかって思っていた。でも私は芽依が寮にいるからという安心感があったから突き放していられたんだと知る。実際に今日、家で二人きりになった彼らを思うと不安でならない。

 鉄治は芽依を好きで、もし芽依が鉄治を受け入れたなら仕方ないじゃないかと思う。芽依が鉄治を受け入れなかったら仕方ない。


 でも。

 でもそれで終わりだ。


 鉄治が今日なにかやらかせば、あいつが一生懸命苦悩してきたこれまでも全部パー。芽依が拒絶すればなおさら。鉄治が強引なことに及べば、修復不可能。

 雨が切れ目なく降り始める。遠くでは雷の音がしていた。傘を持たない私に雨がかかった。

 圭之進のうちに近い駅まで行って電話入れれば、絶対迎えに来てくれるんだろうな。そんでお風呂入って、まずいそうめん食べて涼しい部屋でだらだらして。

 ……だめだ、絶対だらだらできない。あいつら二人が気になってどうしようもない。

 私は携帯電話を取り出した。かけたのは圭之進の番号。コール音がするかしないかのうちに、相手がでる。


『あ、千代子さん?雨降ってきましたね。駅まで迎えに行きますか?』

 私が頼むまでもなく圭之進はそんなことを申し出てきた。

「ううん、圭之進、私、ちょっと行くところあるから。今日は適当に御飯食べてて」

『え?急な話ですね……熊井さんちですか』

「あーまーその辺は気にしないで。じゃあね」

 言うだけ言って私は電話を切ると、駅に向かって走り始めた。




 駅で傘は買ったものの、すでに暴風雨となってきたその勢いで、私は結構ぬれねずみになっていた。でもその暗がりに身を潜めるようにして、熊井の家に近づく。

 リビングにはすでに明かりが灯っていた。レースのカーテンは閉ざされているけれど、室内の様子はぼんやりと浮かび上がっていた。


 ソファに座っているのは、長い髪をした影だった……芽依か。

 ああー、やっぱり戻ってきているんだ。けどなあ、自宅に戻るのは止められないよなあ。しんと静まり返った家で彼女は本でも読んでいるみたいだ。でも……あれ、鉄治の気配がない。二階には明かりは一つもなく、リビングには彼女だけだ。

 鉄治は家にいないのか?

 そりゃそうか。なるべく帰りたくないと思うものだし。もしかしたら今日は友達の家とかに避難しているのかもしれない。私も何も返信しなかったし……。


 それなら。

 私は玄関先で傘を畳んだ。そろりとノブを回すと鍵がかかっておらずドアは静かに開いた。無用心だなあ、もう。鉄治が知ったら怒られるぞ。

「芽依?」

 私は濡れた靴を脱いだ。靴下もびっしょりだったので、それも脱ぐ。呼びかけたけど返事がないのは声が小さかったからかも。私が気が付かなかっただけで、もし二階に鉄治がいたら気まずい。なるべくならまず芽依と一緒になって、鉄治と二人だけというのは避けよう、うん。

 人のうちでちょっと行儀が悪いけど、私は裸足で廊下を進んだ。家の中がしんとしている。私は明かりのついていたリビングに顔をだした。


「芽依?」

 ドアを開けてその中を覗きこむ。

 片付いた部屋、ソファの前のローテーブルには本が一冊置かれていた。そしてまだ湯気の上がっているブラックコーヒー。

 ……ブラック?

 それはすぐに違和感としてひっかった。


「しまった!」

 私はすぐさまきびすを返して撤収しようとした。が、動き出す直前、背後の廊下の闇から腕が一本伸びてきた。腰に回って腕ごと拘束される。

「察しがいいなあ千代子さん。あと少し遅かったら逃げられていたね」

 首筋に息がかかるような近さで鉄治は私に囁いた。

「芽依はブラックコーヒーなんて飲めないもの。牛乳ダバダバ入れている」

「芽依検定、千代子さんもきっといい成績いくよ」

 知るか。


「……芽依が戻ってくるっていう話は嘘ね?」

「そういえば千代子さんは心配して帰ってくると思ったんだ。放置しておいたら戻ってこない気だったろ」

「嘘吐き」

 ああああ、やっぱりそうだったのか!またしても頭に血が上りそうになる。

「とりあえず、放してくれる?」

「逃げそうだなあ」

 あったりまえだ。

「逃げないわ」

 そっちが嘘吐きならこちらもだけどね。


 一瞬腕が緩んだ。肘鉄食らわせてとんずらぶっこきます。

 が、あっというまに今度は体の前で両手を拘束される。むきーと思ったときに、私の手首で。かちん、というささやかな金属の音が。

「……は?」

 私は自分の両手を見た。きらきら光る金属が両手首にはまっているが、これはブレスレットなどではなく。


「……鉄治、こんなものどこで」

「おもちゃだよ。だから別に普通に手にはいる」

 私から身を離してその代わりみたいに肩を抱いて鉄治は無理やり私を部屋に押し入れた。

「普通、嘘とは言え彼女に手錠なんてかける?!」

「千代子さんを信頼しているけど信用してないんだ、僕は」

 飄々として鉄治は私の視界に入ってきた。綺麗な横顔が目にはいる……が

「鉄治その姿は!」

 私の視界に入ったのは、ふわりとした長い髪の鉄治。


「……それカツラ?」

「そう」

 私は目を見開いた。さっきリビングで見た人影は鉄治か。

 鉄治は邪魔そうにそれを外す。ぽいとテーブルの上に放り出した。そうだよな、芽依がいることを確信したから、私はこの家に入ってきたわけだし。やあ一本とられたね!って。

 嘘に手錠にかつら!おまえはどこまで手段を選ばないんだ……!

 私は両手をぶんぶん振り回しながら怒った。その私を異常に優しげな瞳でみて鉄治は言う。その穏やかさがものすごーく怖い。


「君が逃げないためにね」

「私は芽依じゃないわよ!」

「知ってるよ」

 そして鉄治は言う。

「話がしたいんだ。まあ座って」

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