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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
七幕 狼さん、あかずきんには気をつけて
35/50

7-5

 エアコンの音がしている。

 もちろん圭之進のところのエアコンは上質なものだから音なんてわずかだ。それが耳にまとわり付くみたいな重い沈黙。


「何?」

 圭之進は手を止めて私を見る。はっと言い直した。


「あ、えっとなんでもないです。お茶でも飲みま」

「なかったことにするなー!」

 立ち上がりかけた圭之進の手を私は掴んで引き戻した。

「女の私が誘ったのに、なんで聞こえなかったフリをする!」

「ま、まってください。千代子さんは今、混乱しているんでしょう。すみません、すみません、俺がうかつなこと言ったから。ね、なかったことにしましょう。日本人らしく平和解決」

「圭之進の発言ごときで血迷う私じゃないわ!」

「それはともかくやっぱり動転してます」

「うるさい」


 私はともすれば立ち上がってキッチンに逃げようとする圭之進の腕をがっちりとホールドした。

 だって、これくらいしか手っ取り早く判断できる手段がない。なんていうか、一線越えれば圭之進のこと特別に思いそうだし、思わなければもう脈がないってことだ。早く結論でれば圭之進を巻き込む時間は短くて済む。

 ごめんなさい、木崎さん。大事な弟さんですが、ちょっと荒療治に付き合わせます。荒療治ですが多分圭之進はあまり痛くないと思うので許してください。


「だめですって。千代子さん。エッチな事はリトマス試験紙じゃないんだー」

 おっと、私の考えていることもばれているのか。

「大丈夫だって圭之進!」

「何一つ大丈夫じゃありません!」

 圭之進は私の腕をふり払った。そのまま立ち上がる。

「逃げるな!」

 私は立ち上がって背後から圭之進の腰にしがみついた。わあとか言って圭之進が倒れる。それをいいことにのしかかった。とりあえずマウントポジションをとったほうが有利なんだからね。


「千代子さん、冷静になって!エロイムエッサイム~!」

「悪霊に乗り移られたわけじゃないから!」

 床の上でわあわあやっていたら圭之進がローテーブルの足に思い切りむこうずねを撃ちつけた。やっぱりガタイが良くても弁慶の泣き所と足の小指は誰もが撃沈ポイントなんだな。うぐっといって目を白黒させた隙に奴の腰の上に私は乗りかかった。

「千代子さんが怖い!」

「ドSでもいいって言ったくせに」

「別問題です」

 私は圭之進の肩に手を置いた。


「とにかく、一回ちょっとトライしてみよう、何事も挑戦だ!圭之進だって頑張れば出来る!」

「なに持ち上げてるんですか!」

「褒めて伸ばす。木崎さんとは別のキャラで責めてみよっかな」

「その強引さは同じですよ。魂の双子ですかあんたら」

 それは少し嫌だ。

 私はとりあえず圭之進にキスしてみることにした。ああ、嫌がっていてた一週間前がまるで嘘みたいだ。

「や、やめー」

 圭之進は私の肩に手を置いてぐいぐいと拒絶の意図でもって押してくる。


「この間はしてきたじゃない」

「無理やりは嫌です!」

「そっちは無理やりだったじゃん」

「あの時は状況がわからなくて」

 圭之進の力は私よりはるかに強いけど、それでも上にいる私のほうが絶対有利。


「大人しくしろ!」

「ひぃー、ご無体なー」

「優しくするから!」

「千代子さん、どこからどう見ても乱暴そうですよ?」

「無理やりさらわれたけど、山賊のボスが優しいってよくある、定番!王道!」

「よくあっても嫌です!だいたい今すぐなんてのもおかしい!」

「いいじゃん、どこだって同じ」

「普通乙女なら、素敵なホテルとか旅行とか、いろいろオプションを求めたりするもんじゃないですか?」

「質実剛健」

「その熟語はおかしい」

 ああいえばこういうで……何が気に入らないのじゃ。


「あのさー」

「な、なんでしょう」

「なんで嫌がるの!好きに思っている子が押し倒してくれてるんだよ?」

「むちゃくちゃいいますね、千代子さん……」

 圭之進はため息をついた。そして、

「あれ?」

 目の前が急に反転した。


 圭之進が腹筋使って起き上がったのだった。本気を出してみれば、私の体重なんて問題じゃなく、なんなく圭之進は身を起した。ころんと腰から落っこちそうになった私は、圭之進の左手に支えられて背中をソファに押し付けられた。

「……ひどい、男の力で抵抗するなんて!」

「普通、女の子はそもそも襲ってきません!」

 圭之進はそんな容赦ない指摘をしつつも、なぜか私を抱きすくめた。圭之進とソファに挟まれて胸が苦しいー。


「押し倒してくれて、嬉しくないわけはないんです」

 圭之進は耳元で言った。手が背中に回るけど、そういう色っぽい雰囲気はまったくなくて、ただ親愛の優しさだけが湧き上がるみたいだった。

「嬉しかったらそれでいいじゃん。私が提案したんだから私のせいだし」

「なにかあっても責任取れない子どもの癖に」

 圭之進はちょっと笑った。


「まあ俺はその責任取れるくらいの大人ではありますし、取る意志もあるけど、でも今は困ります」

「なんで」

「千代子さんが俺を好きかどうかわからないから。そんないいかげんな相手と何かするのはごめんです」

 いいかげん、とか言われて私は手の先が冷たくなるような恥ずかしさを覚えた。そうか、いいかげん。なのかな。


「千代子さんが自分の気持ちをわからないのは仕方ないと思います。それはそれでいいんです。俺は千代子さんの気持ちの整理が付くまで待つって言いましたよね、前」

「でも」

「待つことも含めて好きだからいいんです」

「今だっていいのに」

「だから俺が嫌なんです」

 圭之進の手は私の背中をぱたぱたと静かに一定のリズムで軽く叩いていた。ああなんだか眠くなりそうだ。


「しかるべきときが来たら、俺が責任を持って自主的に千代子さんを押し倒します」

 なんか言葉に違和感が……。

「だから、千代子さんは目の前の問題をちゃんと片付けてください」

「私、帰ったほうがいい?」

「……いいえ」

「今なんか間があった」

「ないです!」

「あった!」

 圭之進はいいにくそうに相変わらず顔を上げないで呟くようにいう。耳元にある圭之進の声がくすぐったい。


「そりゃ、なんていうか、こんなことがあればもちろんそういう対象としてバリバリ意識してしまいますから。よかった、仕事がこれから修羅場で……」

「意識するんだ」

 こんなムカつくほど紳士でもねえ、へえ。

「じゃあ、圭之進のベッドでパンツ一丁で寝ててみようかな。圭之進は我慢強いと私は思うんだけどー」

「……なんですかそのめんどうくさい嫌がらせ……」

 嫌がらせ扱いか……!


「圭之進」

 私は顔を上げた圭之進に告げた。

「それでも私、修羅場のあいだはここを出るから」

「どこに行くんです?」

「実家か寮か。それか熊井の家」

「……はい」

「私、五年間、本当に大事な事は考えてこなかった気がする。そのせいで今、ものすごく一気に考えなくちゃいけなくて大変だけど。なるべく早いうちに決着付けたい」

「はい」


 私はこの恋に関わる人々を思う。

 木崎さんのように自分の考えていることをすべて把握して、目標をまっすぐ見据えて生きることは出来ない。それでも誰かのせいにするのも飽きたし、振り回されるのにも疲れたし、なにより自分の意気地のなさにうんざりだ。


 でも


 ……小細工なしで頑張れるだろうか。

 ちょっと無理?とかいきなりくじけそうになったことは圭之進には秘密だ。

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