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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
七幕 狼さん、あかずきんには気をつけて
34/50

7-4

「バカになんてしてない……!とは確かに言い切れない……かも……」

「いや、そこを素直に認めない」

 だって圭之進ってからかいやすいんだもん。仔猫だったら死んじゃうレベルでかまってかまってかまいたおしたいくらい。

「俺は人と話すのが苦手だし、そういうものは極力避けたい。でもだからと言って鈍感なわけじゃないんですよ?」

 圭之進はなんだか私を説得するみたいだった。


「千代子さん、熊井さんを好きなんでしょう」

 問いかけるのではなく圭之進はただ確認していた。自分の見ているものが間違っていないと彼はわかっているから。

「……好きなんだよ」

 私は圭之進をまっすぐ見られなくてうつむいたまま呟いた。

「鉄治のことは、婚約者とかへったくれなくずっと好き」

 当の鉄治に未だまともに言えない事を私は関係ない圭之進に告げる。

「そうですか……」

 圭之進はぼそっと呟いて、ソファに座った。


「そうですよね」

 圭之進の意味をなさない呟きを最後に部屋には沈黙が落ちた。困った。これは一体どう処理したらいいんだ。圭之進はだって私を……。

「さっきも言いましたけど、俺は千代子さんが好きなんです」

「あ、ありがとうございます」

 それ以外に何を言えと。


「でも千代子さんは、熊井さんを好きなんですよね」

「へえ」

「それならどうして素直にならないんですか?」

 静観していると見えていた圭之進だけど、内心はいろんなこと思っていたんだろうか。鉄治と正面切って向かう彼をみて、私はおろおろしていだけだけど、圭之進はそこに明確な意思を生み出していたとでも。

「素直になったってどうせ無理なんだよね」

「なんでですか」

「鉄治には他に好きな人がいるから」


「だって千代子さんは婚約者なんですよね?それってものすごく不誠実な事されているってことですよね。……ああっもしかして政略結婚なんですか?俺が予想したのとは逆パターンで! 実は熊井さんの家は千代子さんの家に莫大な借金をしていて、それを返すために、熊井さんはいやいや千代子さんと結婚することに、とか!『家や親を守りたいだろうげへへ』とか千代子さん言っちゃったんですか!」

「妄想すんな!しかも私が悪党かよ!」

 お前のなかで私はどんなキャラになってんだ!


「じゃあなんで千代子さんが、そんな自分の望まぬ状態に自分を置いているんですか」

 圭之進は私を見据える。もともと漠然とごっつい顔だなあとは思っていたけれど、そらせなくてまじまじと見た圭之進はものすごく整った顔立ちだった。そうだ、木崎さんも美人だもんな。いままでそのガタイのよさとヒゲだの眼鏡だので気がつかなかったけど。


「千代子さんは、嫌な事をむざむざやらされるような人じゃないでしょう。そんな扱いされていて、嫌にならないんですか。どうして現状を変えないんですか?」

「変えたくても変えられないこともあるっつーの。私は鉄治をいまさら見捨てるのはむり。あっちは私が大人しくしていれば、手放すのは惜しいと思うはずだし」

 多分鉄治がこの間わざわざ迎えに来たのってそれが理由じゃないかと思う。鉄治を好きな私は、鉄治にとって地雷だけど、でも地雷だって使い様。

 私以上に都合のいい奴はいないはず。


「それってものすごく都合のいい女扱いじゃないですか!」

 圭之進が声を荒げた。そこに珍しく憤りが強く滲んでいる。それをぼんやりと見ながら、圭之進が怒るのはいつも他人のことばかりだなと思っていた。


 都合のいい奴、そう思った自分の立場が、実はとっても痛々しく惨めなものだと気がつくまでに時間がかかったのはそのせいだ。都合がいい、それは私にとってはある意味誇らしいことでもあったのだ。だって私の代わりは誰もできない。

 でもそれって、いかに鉄治がいい男でも、誰もやりたくないことだったんだろうか、もしかして。


「あれ?」

 我ながら我ながらマヌケな声。

「千代子さん、わからなくなっているだけなんじゃないですか?自分はろくな目にあってないって気がついていないだけなんですか」

 さっき、木崎さんと話をして、私は鉄治が私をどう思っているのか聞いてからって思ったんだ。そう決意したんだ。

 でもそれがもうぐらぐら揺れている。

 聞くまでもなく、鉄治の本音は都合のいい女で決定しているのか。

 ああ、焦るな自分。だって私は。


「俺じゃなくても、千代子さんだったら、きっと他のいい人を見つけられると思うんです」

「そんなことない」

 私は首を横に振る。

 芽依にも言ってないけど、私だって自分は不毛だなって思うことがあった。だから友達連中に頼んで合コン行ったこともあるし、好意を打ち明けてくれた人と一緒に出かけたこともある。 みんないい人だった。


 なんたって、「俺、実は妹を好きなんだ」って言わないんだもん。

 すごいことだよね?


 普通に映画見たり遊園地行ったり…………それでもやっぱり鉄治が気になってならなかった。

「ちゃんと他の人とデートしたり付き合ってみたことはあるんだよ」

「でも熊井さんなんですか」

「きっともう、私ドSの変態しか受け付けないんだー!」

 よろっと私はソファに突っ伏す。

「そ、そんなことないですよ」

「きっとそんなことある!もう自分を変えるしかない。ものすごいMに成れれば私もちょっとは幸せかも」

「何言ってるんですか千代子さん。千代子さんがMになれるなら、象だって空飛べますよ。なにずうずうしいことを。理解に苦しみます」

 あんたが私をどう思っているかのほうが理解に苦しむが。


「俺は」

 圭之進にまで侮辱されたとばかりに怒りに燃える目を向けた私だが、圭之進の穏やかさに驚いた。彼は向かいのソファから手を伸ばす。とんとおかれたのは私の頭だった。

「俺は千代子さんが、Sの人でも好きですよ」

 手は軽く私の髪を梳きながら滑った。

「……ものすごいハードSかもしれないよ?」

「お手柔らかに。痛いのはちょっと」

「多分私は肉体的じゃなくて精神的に弄るほう」

「あ、あの仕事に差し支えない程度で」

 あ、でも私、寮にでた痴漢をぼっこぼこにしたことあったっけ。精神的だけじゃないのかも……。ていうか問題はそんな瑣末なことじゃなく。


「だいたい私、圭之進じゃなくて、鉄治のほうが好きだって言ってるじゃん」

「まあその意識改革はおいおい。五年間好きだったなら、五年かかってもしかたないです」

「大体私まだ未成年だよ」

「ああ、それならなおさら五年くらいたつとちょうどいいんじゃないですかね」

「木崎さんが怒るよ」

「まあ、姉は姉です」


 まいった。

 ほんとまいったわこれ。

 私は、圭之進の手の温かさに眠くなりそうなほどに安堵していた。

 圭之進は結局、私の稚拙な肯定とは格の違う寛大さで、すべてをいいよと言っているのだ。

 私が鉄治を好きでもいいとさえ言う。

 それはいろいろ限界な私にとって、最後の一滴みたいな優しさだった。表面張力ぎりぎりだった何かが溢れる気がする。


 でも。

 それっていいのか。


 私は鉄治と付き合い始めたころの自分を思い出す。あのころ私は、鉄治がいつか私を振り向いてくれるんじゃないかって思って形だけでもとばかりに付き合い始めた。

 でも振り向いてくれなくて。

 それと同じ気持ちを圭之進に味あわせるのか。

 もちろん私は今だって圭之進のことは好きだ。とりあえず芽依のことはさておきで、好意はもっている。いまさら芽依を気遣って付き合わないなんて、そんなこと考えるだけ不遜じゃないかと思う。鉄治のせいとか芽依のためとか、そう言うものを全部とっぱらったら在るのは好意だ。


 ただ問題は。私が圭之進のことを誰より一番好きになるかってことだけ。

 やっぱり鉄治が一番好きってなったら、圭之進は結局気持ちのやり場がないじゃん。この人は自分の言動には最後まで責任とか持ちそうなのも問題だ。いつまでも愛想尽かさないで、私達のこの混乱に巻き込まれていそうな気がする。

 そんなひどいこと出来ないよな。

 でも。

 もし私が圭之進を好きになれたら。

 どんなに私は楽だろう。

 ちゃんとまともになんのゆがみも混乱もなく、好きな人が私のことも一番に好きになってくれたらそれに勝ることはない。


「千代子さん」

 圭之進の呼ぶ声が胸に痛い。

 圭之進は、きっとバカじゃないからわかっている。自分が宙ぶらりんで、いつか今の私みたいな気持ちになることを見越していると思う。だからこんなに静かなんだ。

 私は一体どうしたらいいんだろう。圭之進に甘えるにしても、奴の覚悟と度胸に、一体どうしたら応えられるよ!

 …………。

 私は顔を上げた。

「よし圭之進。エッチなことしよう!」

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