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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
六幕 突入!眠れる城
29/50

6-4

 そんなこんなで三日が過ぎた。

 私が出奔できている一番の理由は、芽依が寮に戻っているからだ。八月の頭の今、お盆ともなればさすがにがらんとするが、地方から進学しているお嬢さんたちの中には、ぎりぎりまで寮にいる子も結構いる。そういう子達と芽依は楽しくやっているらしい、よいことだ。


 いろいろな意味でな。


 やっぱり芽依と鉄治を一緒のうちに二人だけで放り込んでおくのは、私も人道的にどうかと思ってはいるのだ。

 芽依が帰ったら、私だってどうするか真剣に考えないといけないし。ああああ、いや待て、私はやつら兄妹には今後一切関わらぬと決めてだな!

「千代子さーん、アイスコーヒー飲みますか」

「飲むとも」

 圭之進がキッチンから呼んだので、とりあえず思考停止。




「しかし、暑いね」

「そうですねー」

 真夏の昼下がり、私はリビングでごろんごろんしながら圭之進の持つおびただしい漫画を読みふけっていた。あ、いや、一応受験生だから勉強もしてるよ?毎日補講も行ってるよ?(誰に対してこんなオカンに対する言い訳めいたことを言っているのか)

 ごろごろしていると、圭之進がふらーっと仕事部屋から出てきて、何か飲み物入れてくれる。

 ただの極楽じゃん。


「どうなの、プロットというのは進んでいるの?」

「それがなかなか」

 圭之進はつるんとした顔で行った。ヒゲ仕様はどうやら仕事に煮詰まってきたときにのみ現れるらしい。

「そろそろ真面目に考えないといけないんですけどね」

「まああれだ」

 私は午前中、学校の図書館で借りてきた本をちらりと見せながら言った。

「夕飯のことは心配しないでよろしい。私が手料理をふるまってやろう」

「え」

 圭之進の表情が曇った。


「いえ、外に食べに行きましょうよ……」

「いやだって言うの?」

 私も、少々反省したのだ。やはり女子たるものちっとくらい料理が出来ないのはまずいのではなかろうかと。そんなわけで「サルでも作れる料理本」というのを図書室で借りてきた。

「えっと」

「大丈夫。私も無謀な事はしないから」

 私はひらりとその一ページを開いた。そうめん冷やし中華風、と書いてある。


「これなら、火も使わないし、なんとなく野菜も取れるし、よいのではないかと。ハムとかきるだけだしねー。ちょっと難易度高いのは金糸卵だけど、まあスクランブルエッグになっても見た目がちょっと違うだけだ」

「そ、そうですね、これなら」

 私はうなずく。料理なんて面倒だなと思っていたけれど、しかし誰かが喜ぶのはなんとなく嬉しい。


「あとはこのレシピにオリジナリティをざっと加えてだな、隠し味のカレー粉を……」

「千代子さん!レシピに忠実にお願いします!」

「いや物事には創意工夫が必要かなって……」

 ざあーと圭之進の血の気が引いたとき、玄関のほうからチャイムとドアが開く音と「圭之進!」という声がほぼ同時に聞こえた。……どれか一つでいいんじゃないかな……。

 廊下をどすどす音をさせてやってきたのは、仕事やるぜ俺はやるぜオーラを満開にした木崎さんだった。


「あ、木崎さんこんにちわー」

「そろそろネームどうなってんのか話を聞かせてもらおうじゃない」

 私をさっくりスルーして、木崎さんは圭之進に掴みかかった。いや、イメージだけどそのくらいの勢い。

「あっあの!今鋭意努力中です」

「茶をしばきながら言うことか!」

「はい!」

 圭之進はとびあがるようにソファから立つと、仕事部屋に吹っ飛んで行った。すごいな。この暑いのにきちんとストッキング装備の木崎さんは立ったまま私を見下ろす。


「コーヒーの一つも出してちょうだい」

「あ、はい!」

 やっべえやっべえ。

 私は丁稚奉公よろしく、キッチンからアイスコーヒーとグラスを持ってきて木崎さんの前で注いだ。それを鷲づかみした木崎さんは豪快に一気飲みして空にした。すごい飲みっぷりの良さだ。

「で、あんたら付き合ってんの?」

「はあ?」

 木崎さんはそのタイトスカートに包まれた細い足を見せ付けるようにソファに座って足を組んだ。どうしよう、靴はいてないけど、靴を舐めた方がいいような雰囲気だ。もしかしたら私は基本マゾなのか?


「つ、付き合ってませんよ!」

 私は必死の形相で否定した。

「あらそうなの?」

「そうですよ、圭之進から話聞いてないんですか。私のせいで圭之進が手に怪我をしてしまったから悪いと思って面倒見ているだけです、あとすみません、こちらの事情により致し方ない普通の家出です」

「家出かあ」

 木崎さんは少しだけ次の言葉までの間をおいた。


「あのさー、私と圭之進は親もいないし、親戚付き合いも薄いし、まあアウトローな家庭なんだけど、おたく様は結構いいうちっぽいじゃない。モニカなんでしょう?」

「はあ」

「で、別に圭之進となにかあるとかないとか、その事実についてはどうでもいいわけよ」

「いいんですか?」

「事実なんて当人だけが知ってりゃよろしいわい。私は人の恋愛事情に首つっこむほど暇じゃあないのよ。そんなものより大問題があるでしょうが」

「へ?」

「世間体」

 木崎さんは瞬きしたら風が起きそうなぐりぐりのまつ毛をしばたかせた。


「まあ圭之進は自業自得にしても」

「あ、あの、ご心配頂かなくても私は」

「あんたの心配なぞしとらん。大事なのは私の夫と子どもじゃ。圭之進が未成年相手に淫行とかでつかまったらうちの名誉に関わる」

 すげえ発言だ。姉弟愛ってなんですか!?

「てことで、気を付けてね。ばれないようにすんのよ、いろいろ」

 しかもばれなきゃいいのか。


「ほんとは今すぐ首根っこ掴んで追い出したいところだけど、まあそれも圭之進がちと気の毒だしね。どうもあいつ、あんたを相当気に入っているみたいだから。あーあ、面白がってあわせなければ良かった。くっそー、高校生だとわかっていたらそんなことしなかったものを」

「気に入ってるといわれても……」

「大体圭之進が誰かをうちにあげるのだってアシさん以外は殆どありえないのに、泊めるなんてほんとに驚いたわ」

 木崎さんはかすかに目を細めて私を見る。私を嫌っている感じではないけど、でもとにかく圭之進が心配でならないみたいだ。この人も言うことと思っていることが別っぽいなあ。


「泊めるって、アシスタントさんたちは?」

「ほとんど泊めないわよー。意地でも仕事をなんとかするっていうか。多分、人と関わるのが相変わらず苦手なんでしょうよ。だから、誰かを泊めるなんて信じられなかったわ。それでもそれは、私は良い兆候だと思っている。なので、おねーさんはあんたを放り出すのも勿体ないなあと思っているわけよ」

「なんで勿体なんですか」

「圭之進が次に誰かを好きになる予定が見えない。いくら顔立ち綺麗でも高校生じゃなあとは思うのよ。でもいまさら一年後に出会いなおすことも無理。半年間息を潜めていれば高校卒業するなら、まあそれでいくかなあと思っているところ」


「圭之進だって、私じゃなくても別の誰かを好きになりますよ」

「それが難しそうだから悩んでいるんじゃない」

 木崎さんはため息をついた。

「仕事はなんとかやっているけど、ほんとに圭之進ときたら、人と接するのが嫌いなの。慢性人見知りって感じよ。だからさ」

 ものすごく大事な事を予感させる眼差しだった。木崎さんの一言一言で、私はすこしずつのっぴきならないところに追い込まれる気がした。


「あんた、圭之進にとっては特別なんだからね。それだけわかっていてほしいのよ」

 まさに真綿で締め付けられる感じだ、しかもその真綿、鋼鉄製(綿じゃない)。もがいてもなんか取れない。

 特別言われたって、私が圭之進の特別になることなんて、現実感があまりない。あの童話のクマみたいなの相手に、私が鉄治に対して思っているような、ぐだぐだな感情を抱くことなんてあるのだろうか。

 えー想像できん。


 ミッフィーかわええ!!とぎゅっとぬいぐるみに抱きつくことはあっても、ミッフィーに愛してもらいたいとは思わん。

 大体。

 大体、圭之進が好きになるべきサツキはそもそも誰だったんだ。

 そもそもその前提条件がさ……。

 私は予想できたはずなのにしなかったことで、後悔する。これって勢いあまって転がり込んできたけど、芽依をも裏切っているのだ。

 私はまたため息をついた。

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