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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
六幕 突入!眠れる城
28/50

6-3

 たとえばだ。

 年末はやっぱり部屋の整理をしないといけないよね?年の暮れだもん。そんなわけで、一生懸命掃除をする。窓を拭いて壁のほこりをはらって、本棚を整理して。いらないテストも処分。

 しかし世の中はかしこにトラップがある。

 机の中から発見した今年の未整理のアルバム。借りっぱなしで読んでなかった本、もらった手紙。

 気が付けば座り込んでそれらを見ているわけだ。当然大掃除はさっぱりはかどらない。国民の大多数がそれは実感こもった過去体験であろう。


 かのように!

 整理整頓には多数の障害が立ちはだかるわけです。

 それが気持ちの整理と来た日には!(前フリの長さに驚きだ)




 夕食後、二人でキッチンを片付けてから、圭之進はジェントリーに言った。

「俺はリビングのソファで寝ますので、千代子さんは寝室使ってください」

 そんなわけにはいきません。

「いいえ、この家の主を差し置いてそれはできません」

「お客様は神様です」

「それは今使うべき格言ではなかろうよ」

 修羅場ともなれば、この家にもアシスタントさんとかが訪れるだろうに、このだだっ広い家には客用寝室も無いのか!


「とにかく私はソファに」

「俺をこの家の主人と言うのなら、言うこと聞いてください」

 以下、校長の朝礼もびっくりなほど長きに渡る押し問答の末、結局私は寝室に追いやられた。風呂借りたうえ、服まで借りている。すごいなあこのTシャツ、前面のプリントが萌え眼鏡っ子か。一体どこで買って来るんだこういうの。

 私は人様の寝室をぶんどって大変心苦しいままに、思う存分ごろごろしていた。


 と、バッグの中で携帯電話がちらちら光っていることに気が付いた。SNSからのレスの案内のメールが来ているらしい。手にしたそれは画面を開くまでしばらくの心の準備を必要としたら。

 テディだったら嬉しいのか、そうじゃなかったら嬉しくないのか。良くわからないままに私はようやく画面を開いた。


>>久しぶり>>

 そんな文面で久しぶりにSNSへの書き込みはあった。


>>しばらく忙しくてなかなか書き込めなかった>>

 テディ…鉄治の文はまるでいつもと一緒だ。彼の中で世界はまるで動きも無く、つらいことやうんざりする出来事など、何一つ存在していないようだった。

>>今もちょっとごたついているんだ>>

 彼のメールに少し心臓がどきっとした。テディがプラタナスに対してこんなこと言うなんてとても珍しい。

>>とても親しい女の子がいるのだけど、その子とケンカしてしまったんだ。とても温厚な人だから彼女が怒るということは僕はよほどのことを言ってしまったようだ。これからどうしたものか、考えあぐねている>>


 プラタナスとして鉄治と仲良くなるために、さして興味も無い写真とかちょっと勉強し、少し仲良くなったところで、受験とか親とか、なんとなく悩みをでっち上げて、相談に乗ってもらった。だからテディにも<<テディもなにか悩みとかあったら言ってくださいね。何も言えることは無いけれど、聞くくらいできます>>なんて言って。


 もともと鉄治は誰かに悩みを相談すること自体、あまりない。

 だから、これは、とても珍しいことで。

 私は一つ一つ間違えないように、丁寧に文章をうった。

>>テディって、そんな失言をするようには思えなかったけど、そんなこともあるんだね。なんて言ってしまったんだ?>>

 言葉はすぐに帰ってきた。私も不在で芽依もいない、あのうちで今一人だからだ。

>>彼女が秘密にしていることを、うっかり指摘してしまった。きっと言われたくなかっただろうと思う。>>

 あたりまえじゃ。でも、私は今は何も知らないプラタナスだから、私が責めるべきはテディではない。


>>なんでそんなことを?>>

>>ちょっと頭に血が上ってしまった。こんなことあまりないんだけどな>>

>>でも、それはそもそも、秘密をもっている彼女に責任があるんじゃないかな?テディが気にすることなのか?>>

 私はプラタナス、というよく知らない若造から、自分に対して言葉を投げつけられたような気になった。プラタナスとして考えることで、私も私の身勝手さがちょっと見える。


 どうして私は、普通に鉄治に「好きだよ」といえなかったのだろう。彼には別に好きな人がいるからか。

 それでも特攻かけて告白する猛者は、世の乙女のなかにいくらでもいるだろうに。好きなものは好きなんじゃ、というあの威勢のよさで。

 鉄治が好きなのが、妹だろうが私の親友だろうが合衆国大統領であろうが、それは『好きな人が他にいる相手』というものすごく単純な話でしかなかったのに。


 なんでかな。

 告白してしまったら、今の能天気な関係が崩れてしまうのが怖かったからか。届かないまでも離れない。そんな距離感は、確かに楽は楽だもんね。

 だったら、私、鉄治を責められないんじゃないのかな、だってそれを選んできたのは私だもん。それを指摘した鉄治は無神経だが、指摘しないままだったら、鉄治は本当に根性悪だ。


>>でもこちらが無神経だった>>

 おっ、鉄治が珍しく無神経なんて認めた。

>>言い訳だけど、ずっと彼女が黙っていたから、僕もだんだん耐えられなくなっていたのかもしれない>>

 私はその言葉になんて返そうか、迷った。

 なんで、鉄治は耐え切れなくなったんだろう。

 自分のことを好きな女の子を利用しているのが、良心にとがめたからか?


 …いいえ、そんな熊井鉄治などという知り合いはおりません。あいつは親友だって自分のためにはばっちり利用して後悔しない奴だ。大体良心の呵責なんて高尚な感情、味わったことがあるのかどうかも怪しいわい。


 じゃあなんでだろう。

 そして私は。

 ……とても自分に都合のいいことを考えしまう。


 もし鉄治が、私のことを好きだとすれば。


 鉄治の性格からして、「実は僕は気が付いたら千代子さんのことが好きだったんだよね!」なんて爽やかかつ素直に言うとは思えない。こちらから言わせて優位を確立とか、その辺りを考えそうだ。

 でも私が黙っているから、だんだんいらいらしてきて。

 もしそうだったら。

 私は液晶をじっと見た。


 テディはその子を好きなのか?


 それを聞いてみたかった。

 その言葉に鉄治が答えてくれたなら、私、はもう別にプラタナスにはならなくてすむ。答えが私の望んでいるものではないかもしれないが、それでも決着はつくんだ。

 鉄治は私をどう思っているわけ?

 千代子、ではいつだって私も本気ではなく、返す鉄治も本気ではない言葉のやり取りしか出来なくて、今まで置き去りにしてきた答えだ。

 プラタナスだけが、真摯にそれを聞ける。


>>テディは

 言葉を打ち始めた私の指はすぐ止まった。

 鉄治は一生懸命隠していた私の気持ちだって知っていた。

 プラタナスが千代子であると知っている可能性だってあるんじゃないのかと思い当たったからだ。

 知っていて、彼がプラタナスにカマをかけている、その可能性だってある。

 背筋がぞうっとするほどの嫌悪感が湧いた。自分に対してか鉄治に対してか、何もかもにうんざりするくらいの、嫌悪。


 鉄治が、プラタナスの正体を知っていたら、と思うとどうしても指が止まってしまう。私に通じる言葉は何も書き込みたくない。それを見て鉄治がなにを考えるのかと想像するのも嫌だ。

 プラタナスを設定したとき、鉄治が素直に心情を打ち明けてくれたらいいなあ、でもなあ、ありえねえだろうなあ、とか思っていた。

 でも実際その場になって思うことは、自分がバカだってことくらいだ。


 なんで、目の前にいる相手に、自分で勇気を持って気持ちを聞くことが出来ないよ、私。こんな小細工ばっかりしてさ。その小細工が相手にばれてるんじゃ、と思った瞬間に、その細工からも逃げたくなるなんて、どこまで意気地なしか。

 聞いてみたい、そう願っていたことをプラタナスとして尋ねることは出来なかった。私はゆっくりと言葉を決めていく。


>>テディが彼女をどう思っているのか、そういうこともあるだろうから、僕にはなんとも言えない。でも、テディはその相手に対して、自分の出来る限りで誠意をもって付き合っているんだろうと僕は思う。誰だって、カッとなって言ってしまうことは有るよ。だから大丈夫だと思うんだ>>


 当たり障りの無い、言葉だ。

 でも実際、会ったこともない相手に伝えられる言葉なんて言うのは、これくらいなのかもしれないな。

 ただ話をしたいだけなら、どこかの掲示板にでも書き込めばいいだけの話だ。それで満足とせずに、ちゃんと話を聞いて欲しいから私達は、自分を理解してくれる相手を望むのだろう。人は結局目の前に誰かがいることを望む。


>>そうかな、じゃあ謝ってみようかな>>

 テディの短い返事。まるで何かに失望したみたいな。

 謝るべきは、鉄治じゃない。

 どっちかっていうと私のほうだ。

 私は短くため息をついて液晶を閉じた。結局鉄治の気持ちを聞くことはできない。鉄治がプラタナスが私であると知っていた場合の恥ずかしさを想像して、私は枕に自分の頭をつっこんでうめいた。

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