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貧乏くじの姫と嘘つきな王子の寓話  作者: 蒼治
一幕 北風と太陽、ところにより暴風雨
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1-2

<プラタナス>俺はテディの写真はモノクロの方が味があって好きだよ。また時間がある時に感想を書くよ。ちょっと今日忙しくて、ごめん。テディも今日は彼女とデートなんだよね、じゃあまた。


 相手のメッセージボードにそう書き込んで、私は携帯電話を閉じる。そして校内のベンチから立ち上がった。

 六月も末、夏の制服になったとはいえ、日差しはすでに日向ぼっこといえる域をはるかに超えていた。日差しの下、見つめていた液晶のせいで、なんだかその光に目がなれるまで時間がかかる。

 私が携帯からログインしていたのは、SNS…ソーシャルネットワークサービスの超大手サイトだ。

 メインは日記と画像をあげられるブログ。そして多くのコミュニティ。会員数も多くシェア世界一。


 そこでの私の名はプラタナス。

 十九歳の浪人生、ということになっている。しかも性別は男子だ。

 大嘘だけど。


「ごきげんよう」

 さざめくような声が満ちる校内で私はあちこちから声をかけられていた。相手は後輩だ。二年生かな、一年生かな。ええと確かバスケ部の子だ。しかし見渡す限り、女ばかりだな。もうまるまる二年も通っていれば見慣れるものだが。

 夏全開の空がじりじりと日差しをたたきつけているのは、カトリック系(笑)の女子高校(笑)でお嬢様(笑)ばかりの我が学び舎。

 なにがそんなにおかしいって、私がここに通っていることが一番爆笑ものだ。おもしろくないことがおもしろい。まあ神様もスベり加減な笑いを求めることがあるのだろう。


「皆さんごきげんよう、良い週末を」

 微笑んで後輩に声をかける私が一番おかしい。私に声をかけられた少女達がきゃあきゃあ言って嬉しそうにしているのを見ると、いたいけな少女を騙す性悪ホストにでもなったような気がして胸が痛む。

「ごきげんよう、山本先輩」

 私…山本千代子は、聖モニカ高校三年生。自分で言うのもなんだけど、後輩からの人気も高く、教師からの信頼厚い元寮長である。多少背は高い方で、髪も短く、かなり痩せている。だから身なりによっては後姿で男の子に間違えられることがいまだにあるけれど、正真正銘女子高校生だ。


 プラタナスの設定はそんなわけで大嘘なのだけど、それにはどうしてもそうしなければならないわけがあった。

 私がそのSNSに入ったのも、もともと目的があったためだ。私はどうしても知り合って仲良くなりたかった人間がいたのだ。彼がそのSNSに入っていると聞いて、そこに入会することにしたのは、去年の今頃だ。

 しかし中身が私であるとバレてしまっては目的が果たせないので、それなりに設定に苦労した。同級生のお兄ちゃんの知り合いの人から、予備校の話を聞いたり、男子が好きそうなマンガ読んだりスポーツ勉強したり。リアリティは細部に宿るよ!

 そして、その知り合いになりたい相手のページに書き込みして、徐々に仲良くなって。


 やっと一年がかりで、こんなふうに気さくに話せるようになったのだ。プラタナスとしてオフであったことは一度もないけれど。

 それが、先ほどまで私が書き込んでいたページのマスター、『テディ』だ。


 本物のストーカーと言うのはこういうものではないだろうか。粘着的にメールを百通だ千通だと送ったり、家の前であからさまに待ち伏せしたりするのは、三流のストーカーなのだと思う。私のようにストーカーの資質に満ち溢れ、また努力を惜しまない超一流は、相手にストーキングされていると気がつかれないくらいのものなのだ。

 そう、一流の剣士に斬られた人間が、自分の死に気が付かないように!


 私はベンチから立ち上がり、校門に向かって歩き始めた。聖モニカ女子高校は金に糸目をつけない感じで作られた校舎が数多く校内に優美な姿を見せている。

 後輩から「ごきげんよう」と声をかけられまくる。はいはい機嫌は大変よろしゅうございますよ。


 最近彼とは悩み事についてのやりとりを始めた。

 SNSにはメンバーにオープンなボードと、書き込んだ当人とそのページのマスターにしか読めないクローズのボードがある。

 プラタナスとテディが最近よく使うのは、もっぱらクローズのボードの方だ。

 最初、自分のリアルの生活について口にしたのはどちらが先だったのかはちょっとわからない。

 プラタナスの悩みは、進路だ。

 親が望む方向と、自分の目指す方向の不一致と言うバナナの叩き売り並にありきたりな悩み。でもそれは確かに私にとっては全て嘘でもない話だ。


 わりと山本家は裕福だ。曽祖父が裸一貫で作り上げた会社は今でもそこそこ順調だから。会社自体は本家が律儀に経営しているが、うちの父親ももちろんその一端にかんでいる。

 父親は、小さいころから私を家に縛り付けようと躍起になっていた。このご時世だというにに、婚約者を押し付けられそうになって猛烈に反発した。大体どこからあんな判で押したような血統がよくて、自分カリカリじゃなく猫缶しか食べられませんから的な野郎ばっかり見つけてくるのかわからない。ブリーダーでもいるのだろうか。

 大体うちの曽祖父は、もともと海賊も同然だったのだ。巻き上げた荷物でそもそも財を築いたようなやさぐれ先祖だというのに。何が家柄なんだか。


 しかし、曽祖父の結構な資産はそのすみっこの山本家にも身分不相応な箔をもたらしている。そのため、私と会いたいという連中がいないこともなく、お付き合いしてのかまわないという悪趣味な奴もなかにはいて、そしてあわよくばと思う奇特な連中もいることはいるのだ。

 またそいつらに関しては両親はわりと好意的でな…。


 おちおち実家でぼんやりしても居られず、私は寮のある聖モニカに自分から逃げ出したのだった。

 父や母のお眼鏡にかなった野郎に夜這いをかけられるよりは、寮に忍び込んだ下着泥棒を叩きのめしているほうが安眠できる。心おきなく殴れるし。

 聖モニカには物干し場はない、乾燥機付き洗濯室が寮の内部にあるだけだ。だからこそ、奴ら変態どもの何を燃え上がらせるのか、たまに内部に侵入したりする連中もいるのだ。

 もちろんまず九割九部守衛に見つかって、ドアに手をふれることもなく警察送りだが。

 そう言うなかなか愉快な場所で寮長を出来たことはいい思い出だ。先日二年生に申し送って無事引退した。

 私の前任の寮長は、侵入を許してしまったらしいが、私の間はそういった不名誉なこともなく、大変よい一年だった。そして結果的に去年の寮長ということで、私は顔が売れている。


 皆に挨拶をしながら門を出て、学校近くの公園までゆっくりと歩いていった。夕刻だというのに日差しが強い。

 今日は寮には戻らない。さすがに月に一度くらいは実家に帰らないと、親がキレる。

 そこには見慣れつつある一台の車が止まっていた。仕方なくその車に近づいた。新車だ。しかもお高い。どう考えても春休み免許取立ての若葉マーク野郎が乗っていい車ではない。

 その運転手は親の使いではない。

 ええと、彼氏だ。


 そう、今更だが、私には一応彼氏がいる。

 中学のころから付き合い始めたので、かれこれ四年になる。一足先に高校を卒業して大学生になった一つ歳上の男だが、そうだな…喩えて言うなら、食品サンプルみたいな男だ。

 見た目は最高、でも喰えない。

 …けっこう上手いこと言っている場合ではない。


 車の前で思案していた私の前で、窓が開いた。

「まちくたびれたよ」

 中に乗っていた見慣れた男が言う。

 空気中にきらきらラメでも飛び散っているように花のある端正な顔をしている。かつて文句の付けられない美少年だった彼は、褒め称えるところしか見つからない美青年になってしまいムカつくことこの上ない。今も通りすがりのうちの生徒が車の窓越しに見た彼についてはしゃぎながら噂している。

 みんなー、先輩は、男は顔じゃないと思うんだ!


「私も乗る車は選びたいの」

 いちおう口調は丁寧だ。地のままで喋ると被っている猫の毛皮が脱げちゃう。

「どれにしたって僕が運転するという事実は変わらないよ」

「私は貴様が運転する車には乗りたくないと物申しているのだけど」

「え、じゃあ歩くの?うちまでは遠いよ?でも千代子さんがそういうなら僕も付き合うよ」

「乗る」

 二人でてくてく歩いていくなど苦行だ。四国行かずしてお遍路さん並に何かを極めるだろう。


「芽依は待たなくていいの?」

 私は運転席のちょっと普通じゃないくらいの美形に話しかける。芽依は、私の大切な友人だ。

「ああ、芽依はどうせ今日は部活だろう?後でもう一度迎えにくるからいいよ」

 穏やかに彼は答えた。外道とは思えぬこの端正な顔。美人は三日見れば飽きるというが、顔に飽きる前に、彼の性格に呆れ果てた。なんとか絶縁したいと思っているが、双方のやむを得ない事情につきいまひとつ縁が切れない。縁切り神社のお守りはすでに二十を超えた。コレクターの域かもしれない。


 優しくて見た目も良くて、頭もきれる。でも最悪の男だ。


 私は車の助手席に乗り込んだ。助手席においてあった彼の携帯を差し出す。なんとなくぬくもりが残ってるのは日差しじゃなくて彼の体温だ。おそらく先ほどまで携帯をいじっていたんだろう。

 私の彼氏の名は、熊井鉄治。炭鉱オヤジみたいな名前の超絶美青年。

 彼のもう一つの名こそ、テディ。

 私は彼がテディだと知っている。彼は私がプラタナスだと知らない。


 私がプラタナスとなってまで知りたいのは彼の本心なんだ。

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