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「いちゃいちゃですね」
芽依の部屋に行ってみると、それはもう芽依は満面の笑顔で胡散臭い発言だ。
「め、芽依あれは」
「いいえー言い訳は不要ですよう。もういいじゃん、最後までいっちゃえよ!」
なんで可憐な天使みたいな顔で言うことがそうも俗っぽいのだ。
「あのね、私、近々、学校に泊り込んでの合宿あるから、よかったらその日に」
「わー、それは余計なお世話だあ」
「なんでー?」
お前の兄貴はあんたとやりたいからだ!とは言えぬ。
「あ、あのさ。芽依はお兄ちゃんをとられちゃう、とか思うことはないの?」
「あるよー」
芽依は自分の鞄から携帯電話を出しながらこともなげに答えた。
「でも大事だからこそ、いい人と幸せになってほしい。千代子ちゃんがお兄ちゃんを好きなのは、私よくわかっている。それに千代子ちゃんはお兄ちゃんに必要な人だと思う。お兄ちゃんはまだわかっているかどうか怪しいけど」
芽依よ、あんたは何もかもことごとく、きれいさっぱり勘違いしている。
「それにどちらかと言うと、お兄ちゃんに千代子ちゃんを取られちゃう、って気分の方が強い気がする、私」
肝心の鉄治は気が付かない私の演技じゃない恋心を、芽依はまるで見抜いているみたいだった。小さいころから病弱で、周りは大人ばっかりで、だからこそ、いろんなものが見えていたのかな、芽依は。
「千代子ちゃん、お兄ちゃんを見捨てないでね」
芽依はそして携帯電話をみせた。
「ところでそれはともかくなんだけど、やっとバニラから久しぶりに連絡があったんだ!」
あったのか!?
芽依は嬉しそうに報告する。
「あのね、最近ものすごく仕事が忙しくて連絡も取れなくてごめんなさいって。もうすぐ終わりますって」
「え、そうなの?」
てっきり鉄治と一緒のところを見られたショックで連絡してこないんだと思っていたけど。そんな他愛もない理由なのか?
でもあいつ今日、昼日中私服で街中をうろうろしていたではないか。
「また近々お会いしたいのですが、だって!」
芽依はさっくりと続ける。
「えっとね、週末に予定したからよろしく」
「近い!」
なにその行動力!
「え、えっと芽依」
「頑張ってね千代子ちゃん」
「そのことなんだけど、そろそろ芽依、自分で会いに行ったらどうかな」
私は思い切って切り出してみた。
「……え?」
「あのさ、芽依も一緒に行こうよ。理由はどうとでもなるし。だって私が会っているだけじゃ芽依はちっとも彼と仲良くなれないよ」
「SNSでお話ししているもん……」
「でも芽依はバニラと友達になりたいんでしょう?」
芽依は肝心なところで度胸が足りないのだと思う。自分が付いていた嘘を、実際に会ったとき圭之進が受け入れてくれるかどうかの不安。
その弱さを私はけして笑える立場ではない、けれど、芽依には一歩踏み出して欲しいんだ。そしてそれはきっと上手くいくだろうということを確信する程度には、圭之進を信用しているし、芽依を尊敬している。
ほんと不遜な考えかもしれないが、多分圭之進は私を好きになりつつある。
もちろんサツキである芽依の言葉があってこそのその感情だけど、でも圭之進のとってリアルのサツキが私である以上、ウェブ上のサツキから千代子に好意がシフトしてしていっても不思議ではないんだ。
うかうかしていると、私がサツキに本当に成り代わってしまう。
でも芽依には、圭之進は私を好きっぽいよ、とは言えないし。
「圭之進だって、私をサツキと思い込まされているのはかわいそうだよ」
そんな当たり障りない事しか言えないが、芽依は押し黙った。
「……でも……」
押し問答を繰り返し、でもようやく芽依は決意した。
「い、一緒に行く!」
って言ったじゃねーかー!
当日、芽依はさくっと熱を出した。知恵熱に間違いありません。なんであんな大病にはガッツとファイトで戦っていたくせに、VS人になるとそうもプレッシャーに弱いのだ。
ぐらぐらしながら私は一人で待ち合わせ場所にいた。
もちろん中止しようと思ったのだが、芽依がそれを許さなかった。鉄治には暑さあたりしたみたいと言って、ベッドにもぐりこんで出てきやしない。そのくせ私には「行って会って私に報告してくれなかったらのーろーうー」とか言うんだよ。クララにそういわれて知ったことかといえる人間なんているのか?
私はとりあえず、自己流でなんとか化粧をすませて家を出た。
鉄治が付いてこないかどうか心配したが、よくよく考えれば、鉄治が発熱している芽依を置いて家を出るなどありえない。
途中までは警戒してむやみに迂回してみたりしたが、途中でそれに気が付いた。
で、待ち合わせ場所に付いたとたん、芽依から連絡が入ったのだった。
>>>バニラから、今日体調悪くていけませんって書き込みがあったから、千代子ちゃんもかえってきていいよ。
すごい無駄足だ。
待ち合わせのカフェで私はため息をついた。よっこらしょと立ち上がる。仕方ない、書店と服屋にでもよって。
そんな別の予定を立てながら立ち上がった私だが。それでも圭之進の具合は気になった。あのマンションを思い出す。
あのサイズは家族向けだと思うのだが、ちゃんと面倒見てくれる人とかいるんだろうか、。いや、いたらあんな粗末な身なりはしていない気がする。
待ち合わせ場所はあのマンションからそう離れていない駅だった。私はカフェをでて、切符を買うべく踏み出した。
行ったところでどうにかなるということじゃない。かえって迷惑かもしれないとは思う。でもなんか圭之進って放置できないんだよなあ。いや、放置されればされたで圭之進は好き勝手やるタイプなんだろうけど、気が付いたら死んでそうな不安がある。このまま死亡して気が付かれず、あの高級そうなマンションに人型のシミとか残ったらまずいんじゃなかろうか。
マンション周辺のコンビニでなんとなくゼリーとか買って私はそのマンションまで来た。しかしセキュリティ厳しそうだ。とても部屋を教えてもらえる雰囲気ではない。
マンションの前で私はこの間と同じでうろうろしてしまった。なんとなく来てしまったけど、うーん、なんとかならないっぽいな。
仕方ない、帰ろうと決めたときだった。
エントランスのソファに座っていた女性がなぜか私をじっと見ていることに気が付いた。
「……あの……?」
「あなた、サツキさん?」
見知らぬ女性に曰くのある名前をいきなり呼ばれて私はぎょっとしてしまった。しかしとっさに否定も出来ず、ただああっけにとられる。
三十代半ばくらい。きりっとした服を着て、知的な眼鏡をかけている。しかし、独特な雰囲気がある。美人だけど近寄り難い感じ。
『ボウヤはおよびじゃないのよ』というランクAの香りとでも申しましょうか。
「あの?」
「やっぱりサツキさんなのね」
ソファから立ち上がって、私のところにやってくると彼女はいきなり男前に手を差し出した。ぼんやりしている私の手をとって振り回すように固く握る。
「始めまして、私、木崎と申します。サツキさんの話は、姫宮からかねがね」
かねがねって……一体なにを話すことあるんだろう。あれか、中華料理フルコースの後にラーメン追加!のことだろうか。
「もしかしたらと思っていたんだけど、声をかけてよかった」
はきはきと言って、木崎さんはあっという間にエントランスを抜けた。暗証番号は慣れたもの、警備員は顔パスだ。いや、それはいいんだけど、どうして私の腕を離さないのですか。
「あ、あの木崎さん?」
「姫宮があなたと待ち合わせをしているって言ってうるさくて。おめー締め切りも守らずにそんな贅沢ぶっこいている場合かっていう話なんだけどね。一段落付いたみたいだし、会えたのも縁だから連れて行ってあげる」
バン、と乱暴に木崎さんはエレベーターの最上階を押した。どこもかしこも猛烈に強引な人だ。
「あ、あの私!」
「なんか思ったより若そうだけど、美人じゃない。姫宮には正直もったいないわ」
「すみません、事態がまったくわからないのですが、一体どういうことですか?」
多分人は、話せばわかる!
「姫宮に陣中見舞い」
……やっぱりわけがわからない!
「あの……」
「ああ、申し遅れましたが、私は姫宮の担当です。今も、姫宮の仕上がりを待っていたところなの。あいつと同じ部屋にいるとむさくるしくて」
「担当って……」
「ご心配なく、本当に仕事の付き合いしかないし、私結婚して旦那と三人の子持ちだから。姫宮はフリーよ。あいつとは付き合い長いけどあいつ絶対年齢が恋人いない暦だし」
いくら付き合い長くても、それはそっと黙っていて欲しいと……。
「しかし、待てば待った甲斐があるものなのかしらねえ。姫宮にはもったいないわ」
わははと能天気に笑って木崎さんは開いたエレベーターを降りた。木崎さんこそ、その一見してがさつとわかる動作が惜しい。
「姫宮―」
廊下の一番奥の部屋で、木崎さんは激しいピンポンダッシュを始めた。壊れる、インターホンが壊れる!
「いくら、このフロアはうちだけとは言っても、にぎやかすぎます」
がちゃりと扉が開いて圭之進が顔を出した。
「もうちょっと自重して……」
「土産」
私を見て言葉をきる圭之進。得意げに私を指差す木崎さん。そして呆然と圭之進を見つめる私。
圭之進は目の下に大量のくまをつくっていて、そしてこの間よりもさらにひどい服装だった。
つまりパンいち。
 




